防衛産業 装備移転の協議に注目

防衛産業 装備移転の協議に注目
防衛装備品の輸出ルールの見直しをめぐる自民・公明両党の実務者協議が8月23日、再開された。

防衛装備品とは、自衛隊が使用する戦闘機や艦船、レーダーなどのことで、これらを海外に輸出したり、提供したりすることを「装備移転」と言う。

実務者協議の最大の焦点は「殺傷能力のある装備品」の移転をどこまで認めるのか。

そして、防衛装備品を生産する“防衛産業”もこの協議に注目している。

(経済部記者 當眞大気、政治部記者 立石顕)

戦闘機エンジンの製造企業

大手重工業メーカー、IHI。

航空機やロケット、それに橋からプラントまで、幅広い事業を手がける創業170年の企業だ。
得意とする分野が回転機械。

羽を回して風を起こしたり、発電したりする装置だがその中核となる技術は、ジェットエンジンやガスタービン、ポンプなどに共通している。

7月下旬、私(當眞)は横浜市にあるガスタービンの開発現場を取材した。

そこではアンモニアだけを燃料とするガスタービンの研究が進められていた。

温室効果ガスの排出を大幅に削減できるということで、会社ではいま、こうした環境に関連した分野に力を入れている。

IHIはこれら回転機械の製造ノウハウを生かし、およそ60年前から、戦闘機向けエンジンを生産している。

全国に200機が配備されている航空自衛隊の主力戦闘機、F15。
開発したアメリカの企業から許可を受けて(ライセンス生産)、この機種のエンジンの製造を続けてきた。

しかし、F15は今後およそ10年で半数の99機が退役し、新たな戦闘機に切り替えられる計画となっている。

自民・公明両党の協議では、この機体のエンジンの海外への移転が可能かどうかも焦点になっている。

企業が期待するのは

戦闘機エンジンは、殺傷能力がある装備品の一部を構成する部品だ。

しかし今の制度、防衛装備品移転三原則では、これを海外に移転できるかどうかについて解釈があいまいだった。

8月23日の協議では、政府側から、戦闘機のエンジンや翼といった部品については殺傷能力のある武器には含まれないという見解が示された。

エンジン移転の実現につながるのか。

IHIは、期待しながらその行方を見守っている。
今後、装備移転が可能になると期待されるのが収益面の効果だ。

会社では、エンジン製造以外に、交換部品の製造やメンテナンスも担っている。

日本で退役する戦闘機のエンジンを海外に移転して、引き続き使われることになれば、メンテナンスの需要も出てくる。

この結果、収益源を維持することができる。

会社では、与党協議が始まる1年ほど前から、国に対して装備移転の実現を求めてきたという。
また会社は、サプライチェーン=供給網を維持する観点からも移転の必要性を訴える。

メンテナンスに必要な交換部品の製造には、多くの下請け企業も関わっているが、エンジン関連の発注がなくなったり、頻度が減ったりすれば、生産設備や必要な技術を維持するだけでもコストがかかる。

設備などを含めた生産プロセスをいったん閉じてしまうと、再び立ち上げるのは新規事業を始めるほどの労力がかかり、ハードルが高いという。
航空・宇宙・防衛事業領域の佐藤篤執行役員は、「部品の製造やエンジンの整備をいったん止めると、その間に技量や設備を維持することは現実的に難しく、効率的ではない。経営基盤の維持という観点でも大きな問題だ」と指摘する。

企業の防衛事業部門を取材

会社では、移転が可能になることを見据えて、日々、議論を重ねている。

取材が許されたこの日の会議では、防衛装備庁の動きや具体的な移転先についても意見を交わしていた。
移転先候補として「東南アジアの海外同志国」を念頭に置いた発言もあった。

会社は、防衛装備品の海外移転が進み、技術力を高めることができれば、その技術を民間機のエンジンや発電用のガスタービンなど、民間事業にも生かせると考えている。
佐藤篤 執行役員
「ジェットエンジンは、もともとは軍事技術だが、人や物を運ぶ民間の飛行機にもジェットエンジンが搭載されている。防衛事業を担う役割としては安全保障への貢献ということもあるが、防衛技術と民生技術の境目がなくなってきていることを踏まえると、技術をいかに社会に生かしていくかということもあわせて考えることがわれわれの責務だと思っている」

撤退相次ぐ防衛関連企業

国内の防衛産業をとりまく環境は厳しい。

顧客が基本的に防衛省に限られ、注文頻度が数年に1度と少ないことが主な理由だ。

業界では「お久しぶり生産」とも言われ、設備の維持にも多額のコストがかかる。

こうした防衛産業ならではの構造的な問題を背景に、企業側が相次いで防衛関連事業から撤退する事態が起きている。

取材に応じたのは、救難飛行艇を製造する航空機メーカー「新明和工業」。
下請け企業は1500社にのぼるが、最近は毎年のように5社から10社ほどが関連事業から撤退しているという。

会社の工場に設置されている、ひときわ大きな装置。
飛行艇の主翼部分の組み立てには欠かせないもので、もともと下請け企業が担っていた。

しかし、下請け企業が関連事業から撤退したため、やむなく、装置ごと引き継ぐことになった。

場所や人員を新たに割かなければならず、負担になっているという。

田中克夫常務執行役員は「装備品の生産には特殊な技術も必要な上、最近の原材料高や、円安などもあって、ますます事業の継続が厳しくなっている」と訴える。

政府は、国内の防衛産業が衰退して海外からの輸入に頼ることが増えれば、有事に備えて自衛隊の装備品を安定的に調達したり整備したりできなくなるのではという危機感を持っている。

このため、海外への輸出拡大を進めて市場を広げることによって、防衛産業の衰退を防ぎたい考えだ。

根強い反対意見も

一方、こうした輸出ルールの見直しに対しては、さまざまな意見がある。

ことし7月のNHKの世論調査でも殺傷能力のある武器の輸出を認めるかどうかについて賛否を聞いたところ、「賛成」が24%「反対」が63%と反対が過半数を占めた。
野党からは「戦後積み上げてきた“平和国家”としての歩みを覆すものだ」「歯止めをなくせば日本が“武器商人”になってしまう」などと反対する声も上がっているほか、与党の公明党も、輸出を自制してきた歴史を踏まえなければならないとして大幅な見直しには慎重な立場だ。

今後の与党協議の行方によっては日本の安全保障政策を大きく変えるものとなる可能性もあり、防衛産業への影響も含めて引き続き取材を進めていきたい。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局 山口局を経て現所属
政治部記者
立石 顕
2014年入局
甲府局 福島局を経て現所属