不安から一歩を踏み出して 自分を知り見えてきた道

「自分は向いてないんじゃないか」
「どう頑張っても あの人みたいにはなれない」

部活動、勉強、仕事。

日々生きていく中で、このように思ったことがある人は多いのではないでしょうか。自分が選んだ道は合っていたのか、もっと自分に合った道があったんじゃないか。その道を極めたアスリートでさえ、日々競争の中で悩みながら挑戦を続けています。

プロ野球・ロッテの西村天裕投手も、その1人です。日本ハムから移籍した今シーズン、開幕から21試合連続無失点の球団記録を更新するなど、新たな環境で大きく花開いています。“自分を知る”ことで、見えてきた新しい景色がありました。
(スポーツニュース部 記者 本間 祥生)

立ちはだかり続けた“プレッシャー”という壁

「このままじゃいけない」

プロ5年目となる昨シーズン終了後、西村投手が感じていたのは言いようのない焦りでした。

150キロを超える速球に同じ軌道から鋭く落ちるスプリットを武器に、今シーズン圧倒的な成績を残している西村投手。

39試合に登板して防御率0.94。
開幕から21試合連続無失点の球団記録を更新するなど、新たな環境で大きく花開いています。(※データは8月29日時点)

マウンド上ではピンチでも冷静沈着に次々とバッターを抑える姿が印象的ですが、昨シーズン終了後には大きな岐路に立たされていました。

日本ハム時代の西村投手

和歌山県生まれの西村投手は県立和歌山商業から帝京大学、NTT東日本と進み、2017年のドラフトで2位指名を受け日本ハムに入団。

1年目から1軍登板を果たしましたが、5シーズンで通算防御率は4.01と、期待されたほどの活躍はできていませんでした。

日本ハム時代の西村投手(去年3月)

マウンドに上がっても「抑えないといけない」という気持ちがプレッシャーになり、ピンチでコントロールを乱すことが多くなっていたと言います。

西村天裕 投手
「ランナーが出ると肩ではあはあ息をして、あたふたしている自分がいました。『抑えないと2軍に落とされる』という話も(耳に)入ってきたりして、余計に『抑えなきゃ抑えなきゃ』と自分にプレッシャーをかけていましたね」

大学の同期は阪神の青柳投手やヤクルトの塩見選手。

かつてのチームメートが球界で名を上げていくのを素直にうれしく思う一方、同級生の結婚式などで集まったとき、2人がまわりから写真撮影を求められる中で自分には声がかからないこともあり「自分はまだまだ」と悔しく思うこともあったと言います。

「結果を出さないと、ことしで終わる」と臨んだ昨シーズンは1年目以来の開幕1軍を勝ち取りますが、終わってみれば18試合の登板で防御率4.98。

なんとか今シーズンの契約に至ったものの、開幕直前、待っていたのは思いも寄らないロッテへのトレードでした。

ロッテ入団会見(3月)

西村天裕 投手
「ことしもプレーするチャンスをいただいた、それで結果を出さないのは男じゃないなと思いました。今までと同じじゃだめだと、やったことないことをやらないといけないと」

一歩進むため まず“自分を知る”

「壁を壊すためには今までのやり方を変えないといけない」

西村投手の転機となったのは、アスリートのサポート事業などを行う友人からの「まずは自分を知ることから始めてはどうか」という勧めでした。

はじめに試したのが、筑波大学の研究所が監修する脳の思考パターン診断。80の質問に答え自分がどんなタイプなのかを分類するものでした。

▼論理的にものごとを考える「左脳」タイプか
▼情緒や感性でものごとを捉える「右脳」タイプなのか。

▽自分を中心に全体を俯瞰するのが得意な「3次元脳」なのか
▽相手を中心とした詳細な情報処理が得意な「2次元脳」なのか

西村投手の分析結果

分析の結果、西村投手は右脳・左脳ともに「2次元脳」が優位に働いており
▽コミュニケーション能力に長け、1つのことをコツコツと続けることができる一方で
▽まわりからの意見や期待によって影響を受けやすいと診断されました。

この脳タイプがピンチに弱い投球につながっていて「期待に応えよう」とするあまり、脳が過度の興奮状態に陥り、動きのバランスが崩れてしまっていたというのです。

これは自分を中心に目の前の結果のみに集中することができるトップアスリートに多い脳のタイプとは対照的だといいます。

カウンセリングを受ける西村投手

西村天裕 投手
「思い当たるところは正直多かったですね。これまで『やれるやろ』と思って(自分がどういうタイプか)考えないようにしていましたが、まわりからの意見をすべて受け入れてしまったり、気にしすぎてしまうところがありました。一流選手に多い考え方とは逆の脳のタイプだと知って『それでどうすれば活躍できるんだろう』と思いました」

“一流とは違っても”見つけた新たな道

明らかになった自分の弱点。

それを補い、強みを生かすためにはどうしたらいいのか。

ここから、西村投手の新たな挑戦が始まります。

投球のルーティーンづくり

まず取り組んだのが、投球前のルーティーンの確立です。

胸を軽く2回叩いたあと、弓をひくように両手を大きく広げ、上半身を大きく前に倒してキャッチャーのサインを見る。

西村投手の「1つのことをコツコツ続けられる」という脳タイプを生かし、毎回同じ動きをすることで脳に安心感を与えることがねらいです。

「呼吸」のトレーニングも

さらに取り入れたのが「呼吸」のトレーニングです。

投球に影響を与えていたマウンド上での興奮状態を緩和するため「5秒吸って5秒吐く」の深呼吸を常に維持するようにしました。

これによって、脳をリラックス状態に戻し、本来のピッチングをいつでも引き出せるようにしようと考えました。

月に2度ほど行っている「呼吸」のトレーニングでは、体にセンサーを取り付け、呼吸のリズムと深度、心拍数、発汗量などを計測しながら深呼吸を繰り返します。

マウンドでのルーティーンをしたり、自分がピンチを背負ったときの映像を見たりしながら、常に一定の呼吸でリラックス状態を作れるように訓練を重ねています。

西村天裕 投手
「呼吸によって、まわりを冷静に見られるというか。今までは肩で息しながらどうしようどうしようとあたふたしていたのが、今は『大丈夫、このバッターをしっかり抑えたらいける』と冷静に自分の考え方をまとめてバッターに向かっていけるようになりました。自分を大きく成長させてくれた、なくてはならないものだと思います」

努力が実を結び 花開いた今季

そうして迎えた今シーズン。

ロッテのマウンドにはゆっくりと呼吸をし、どんな場面でも冷静にボールを投げ込む西村投手の姿がありました。

ピンチを背負っても落ち着いてルーティーンを繰り返し自分の力を発揮できるようになった西村投手は、4月2日の初登板を無失点で終えると、開幕から21試合連続無失点の球団記録を樹立。

当初はリードされた場面が多かった登板は、徐々に同点の場面や僅差でリードした重要な局面に変わっていきました。

西村天裕 投手
「今までの感じからいうと想像できなかった数字にもなってますし、自分のなかでも手応えが今までにない感じではありますね」

シーズン開幕前、大きな不安と焦りの中にいた西村投手。

変化を恐れず、勇気を持って一歩を踏み出したからこそ、今、想像もしていなかった未来にたどりつきました。

自分を知り、受け入れることで道は大きく広がっていくことを、西村投手の姿が教えてくれています。

西村天裕 投手

西村天裕 投手
「『誰々に憧れてるからあの人みたいになりたい』。いいと思います。ただやっぱり持ってるものも違いますし、考え方も違うと思います。それでも、ちょっと違った角度からやってみることによってまた新しい視界、視野が広がってくることを知りました。充実した日々を送られているのは、今までのマンネリしたものを全部変えたから。変えることは恐いことじゃないと伝えたいです」