パリパラリンピック開幕まで1年 アスリート取り巻く環境に変化

パリパラリンピックの開幕まで1年となるなか、東京パラリンピックでパラスポーツの認知度が向上したのをきっかけに普及や強化の動きが加速するなど、アスリートを取り巻く環境に変化が見られています。

パラスポーツの認知度向上きっかけ パリに向け普及や強化

おととし開催された東京パラリンピックは、新型コロナウイルスの影響で原則、無観客となりましたが、選手たちが活躍する姿からパラスポーツの認知度が向上したのをきっかけに、来年のパリ大会に向けて普及や強化が加速する動きが見られます。

このうち、東京 千代田区で障害者アスリートの就職支援を行う会社では、ことし採用が決まった選手は今月までで44人と、2012年の設立以降、最多のペースとなっています。

この会社では、新型コロナウイルスの影響で、去年までの3年間に採用が決まった選手の数は、東京大会への機運が高まった2018年のピーク時に比べて4割ほど落ちましたが、ことしから企業の採用意欲が回復しはじめ、問い合わせも増えているといいます。

障害者アスリートの就職支援を行う「つなひろワールド」の竹内圭代表は、「東京パラリンピックをきっかけに障害者スポーツの認知が広がって起爆剤となり、採用する企業が増えてきた。企業側は障害者の雇用率の達成やアスリートの活躍で企業の価値を高め、アスリートは企業の支援で競技に専念できる環境が整い、活躍できる。こうしたケースが増えている」と話しています。

パラアスリートの雇用きっかけ 新たに大会開催の企業も

パラアスリートの雇用をきっかけに、新たに陸上の大会を立ち上げ、開催した企業もあります。

東京 千代田区に本社がある専門商社の「長瀬産業」は、5年前に「アスリート社員」として、視覚障害のランナー、和田伸也選手を初めて採用しました。

当時の和田選手は、それまで市民ランナーとしてロンドンパラリンピックに初出場し、男子5000メートルで銅メダルを獲得しましたが、続くリオ大会でのメダル獲得はなりませんでした。

アスリート社員として企業に所属し、競技に専念できる環境が整ったことなどから、おととしの東京パラリンピックでは陸上男子1500メートルで銀メダル、5000メートルで銅メダルを獲得できたといいます。

会社は和田選手の活躍を受けて、パラスポーツの理解を広げたいと、去年、パラ陸上の大会を立ち上げ、都内で初めて開催しました。

大会には国内のトップアスリートが出場し、世界記録を更新した選手に20万円の賞金が贈られたほか、健常者とパラアスリートが参加する種目も設けられ、一緒にレースを競うなど、国内の大会では珍しい取り組みも行われました。

来月、2回目の大会が国立競技場で開催される予定で、世界的に著名な写真家、レスリー・キーさんにポスターの撮影をしてもらい、その様子をインスタグラムに投稿するなど、準備が進められています。

また、インフルエンサーでランニングコーチの三津家貴也さんを招いたイベントを開いて、集まった人たちにPRするなど、会場に足を運んでもらうための工夫も行われました。

専門商社の大会運営メンバー、清水万由美さんは「和田選手が東京大会で活躍してすごく感動したし、元気をもらえました。また、同じ会社で働くことで、目が見えないからこう過ごしているんだなど、気付くきっかけもありました。選手と関わることで、社員の一体感の醸成にもつながると思っています。気付きや新しい価値観との出会いを社会に広げたい」と話していました。

資金調達に悩む競技団体が連携

一方、パラスポーツの競技団体の中には、東京大会のあともスポンサーの獲得がままならず、資金調達の悩みを抱えるところもあります。

このうち、日本障がい者乗馬協会は、スポンサーは1社のみで、東京大会後も新たなスポンサーを獲得できないまま財政面の不安を抱えていて、競技人口の増加や普及活動が進まない現状もあるといいます。

こうした状況を改善しようと、資金調達に悩む競泳や射撃など合わせて9つの競技団体が連携して、スポンサー集めなどの財政強化や競技力の向上などに取り組むプロジェクトが発足し、今月、都内で会見を開きました。

今後は、パラスポーツの体験会を開いたり、アスリートどうしの交流を進めたりして、新たなスポンサーの獲得や競技の普及に取り組みたいとしています。

日本パラ射撃連盟の常務理事で、プロジェクトの田中辰美代表は、「競技自体の存在感や活動規模は、決して大きくない競技団体の集まりだが、9団体が集まることでこれまでにないスポンサーメリットを生み出せる。組織基盤の強化を実現したい」と話していました。

パラ競泳 鈴木孝幸「活躍し 見てもらえる機会を増やしたい」

東京パラリンピック金メダリストの競泳、鈴木孝幸選手が取材に応じ、東京大会後のアスリートを取り巻く環境について「サポートしてくれる企業がいて不安なくトレーニングできる選手が増えている一方、スポンサーが減少している競技団体もあり、残念に思う。パラスポーツの発展のためにも選手として活躍し、見てもらえる機会を増やしたい」と話しました。

パリパラリンピックの開幕まで1年となるのを前に27日、都内でパラスポーツの魅力を知ってもらおうと、競泳の金メダリストで、パラリンピック5大会連続出場の36歳、鈴木選手を招いたイベントが開かれました。

イベントでははじめにプールで鈴木選手が平泳ぎと自由形の泳ぎを披露し、金メダリストの力強い泳ぎに、参加した人たちから大きな拍手が送られました。

そして、子どもたちから「どんなポイントで泳いでいますか」と質問されると、鈴木選手は「体幹やおなか周りも意識することが大切です」とアドバイスしていました。

このあと、鈴木選手が講演を行い、「パラリンピックを応援する方法はいくつもありますが、共生社会について考えて応援してもらうことも大切です」とメッセージを送りました。

参加した小学2年生の男の子は「泳ぎを見てすごいと思いました。来年のパリパラリンピックも見たいです」と話していました。

イベントのあと、取材に応じた鈴木選手は「きょうは障害のある人の参加が多いのかと思っていましたが、健常者の人が多く、パラ競技に興味をもつ人が増えたという印象を持ちました」と話しました。

そして、東京大会後のアスリートを取り巻く環境について、「東京大会はパラスポーツや障害者への見方や考え方、理解を促進するためには、インパクトのある大会でした。私を含めてサポートしてくれる企業がいて、不安なくトレーニングできる選手が増えている一方、スポンサーが減少している競技団体もあり、残念に思う」と述べたうえで、来年のパリ大会に向けて「これからまだまだパラスポーツは発展しないといけない分野で、選手として活躍するしかないと思っています。そして、皆さんに見てもらえる機会を増やしていかないといけない」と話しました。

専門家「障害のあるアスリート スポーツが仕事になってきた」

視覚障害者柔道で北京パラリンピックに出場した経験を持ち、障害者アスリートの雇用に詳しい、初瀬勇輔さんは、「障害のあるアスリートがスポーツでお金をもらえるようになってきた、スポーツが仕事になってきた時代となり、企業は選手たちをどう活躍させるか、アスリート自身は引退後の人生を含めてどうしたいのかを、今後は考えていかなくてはならない」と話しています。

そして、パラアスリートを取り巻く環境の変化について、「多様性やダイバーシティ、インクルージョンというのは、障害のある人も含めて活躍できるというのを大事にしていて、それは大きな流れだ」としたうえで、来年のパリパラリンピックに向けて「東京大会で活躍した選手の記憶はまだ新しく、あのとき見た選手がまたパリで躍動する姿を見て、採用を検討する企業がさらに増えるのではないか」と期待を寄せました。

パラアスリートを招いて 共生社会について学ぶ

教育現場では、東京パラリンピックをきっかけに、パラアスリートを講師に招いて共生社会について学ぶ取り組みも進んでいます。

中高一貫のさいたま市立大宮国際中等教育学校では、5年生を対象に、ことし5月からおよそ2か月間、車いすバスケットボールや聴覚に障害がある選手がプレーする、デフフットサルなどのトップ選手と交流しながら学ぶ授業が行われました。

先月行われた授業では、生徒たちが競技用の車いすに乗って車いすバスケットボールの試合をしたり、耳に栓をして身振り手ぶりでキーワードを伝える伝言ゲームをしたりして、実際に体験しながら、パラスポーツやアスリートへの理解を深めていました。

このあと、これまでの学びを発表する場も設けられ、「パラスポーツを通して、障害のある人たちが何に困っているのかだけでなく、どうすごいのかということを理解できた」といった意見や、「障害はその人のひとつの特徴で、健常者の自分たちはよけいな配慮をせず、対等な立場で接することが大事だ」などといった意見も出ていました。

講師を務めた、車いすバスケットボールの元日本代表、森紀之選手は「車いすバスケはよくないパスが来たときに『愛がないパス』と言いますが、そこには相手を思いやることが大事という思いが込められています。それは障害のあるなし関係なく、何をするにも大事なことで、生徒たちがそのことばを使ってくれるようになったのを見て、共生社会に向かうひとつのきっかけになったと思う」と話していました。