日銀は7月28日、金利を低い水準に抑えてきたYCCの運用を見直し、これまで0.5%程度としてきた長期金利の上昇のキャップ(上限)を事実上1%まで容認することを決めました。
金利上昇圧力が高まる中で、一定水準までは市場に委ねることにしたものです。
植田総裁はこの日の会見で、「長期金利が1%まで上昇することは想定していないが、念のための上限、キャップとして1%とした」と述べた一方、「根拠のない投機的な債券売りがあまり広がらないようにコントロールする」とも発言。
投機的な国債売りには、機動的に対処する姿勢を示しました。
長期金利急上昇 どこまで上がるの?【経済コラム】
じりじりと上昇を続ける日本の長期金利。いったいどこまで上昇するのか。7月下旬に、日銀がYCC(イールドカーブ・コントロール)=長短金利操作の運用を柔軟化してから、これまで抑え込まれていた長期金利が新たな水準に向けて動きだしました。8月23日には9年7か月ぶりに0.675%をつけています。住宅ローン金利や企業向け融資の金利にも影響を及ぼす長期金利。この先、日銀が描くシナリオとは。
(経済部記者 真方健太朗)
日銀が許容する金利の水準とスピードは?
これに関連して日銀の内田副総裁は、8月2日の会見で、「0.5%を超えて動くということはあるわけだが、その場合には長期金利の水準や変化のスピードに応じて、各種オペを機動的に対応していく」と述べています。
それでは日銀は金利の上昇をどこまで容認するのか。
許容できる「水準とスピード」はどこまでなのか。
まずはこの1か月間、日銀がどのように動いたのかを見てみましょう。
日銀がYCCの運用見直しを決定した3日後の7月31日、長期金利が0.6%を超える水準まで上昇したことから、日銀はおよそ5か月ぶりに臨時の国債買い入れオペ(公開市場操作)を実施。
そして8月3日に長期金利は0.655%に達し、日銀はここでも臨時オペを行いました。
急ピッチな金利の上昇をけん制した形です。
長期金利はその後、8月23日に9年7か月ぶりに0.675%まで上昇しました。
市場が意識する次の節目は0.7%。
この水準に近づく局面で臨時オペが入るのではないかという見方も出ています。
三菱UFJモルガン・スタンレー証券 六車治美 チーフ債券ストラテジスト
「金利の上昇のスピードを調整するため、日銀がさらに臨時オペを行う可能性はある。臨時オペは、長期金利が0.6%を突破した段階、そして0.65%に達した際に実施された。このため市場では、次のタイミングとして0.7%という水準が意識され、やや神経質な取り引きが続いている」
日銀は為替の動向を意識
植田総裁は、今回のYCCの運用見直しのねらいを「市場の見方がもう少し反映される余地を広げようという措置だ」とし、「経済物価情勢が上振れた場合に、それを反映する形で長期金利が上がっていくことについては0.5%と1%の間でそれを認める」と述べています。
ただ、日銀が長期金利をコントロールする上で意識するのは景気と物価の上振れだけではありません。
もう1つ重要な要素が為替市場の動向です。
内田副総裁が8月2日の会見で「今回の措置で為替市場を含めた金融市場のボラティリティー(変動)というのは重要な要素だった」と説明したように、7月に日銀が金融緩和策の柔軟化を決めた背景には、過度な為替の変動を防ぐ目的がありました。
日銀は7月の会合以前は、0.5%を下回る水準となるよう長期金利を厳格に抑え込む対応をとってきました。
しかし、これが日米の金利差の拡大をもたらし、急激な円安につながったとも指摘されています。
今回、長期金利の上昇を一定水準まで容認するようにしたことで、これ以上の円安をけん制するねらいがあった、市場はそう受け止めています。
ただ、これまでのパターンとは異なり、長期金利が上昇しても為替は円高ではなく、円安の方向に動いています。
こうした中で日銀が国債買い入れオペで金利を抑え込もうとすると、日米の金利差が拡大し、さらに円安が進む可能性もあります。
8月になって円相場は、去年9月に政府・日銀が市場介入を行った1ドル=145円台後半を超える1ドル=146円台まで値下がりしました。
円安が進めば、輸入物価が再び上昇して食料品やガソリンなどの価格がさらに値上がりし、人々の生活を直撃するおそれもあります。
これは政府・日銀としてはどうしても避けたいシナリオです。
このため市場関係者の間では、日銀が円安阻止という観点から、長期金利の一段の上昇を容認せざるを得ないのではないかという見方もあります。
みずほ証券 丹治倫敦 チーフ債券ストラテジスト
「日銀は今の為替相場の動向を強く意識していると考えられるが、足元で円安傾向が続いているため、無理に長期金利を抑え込もうとはせず、中期的にはオペで買い入れる国債の量を減らすということも考えられる。その場合は、日銀はある程度の金利の上昇を容認せざるを得ないだろう」
気になるアメリカの長期金利の上昇
日銀は長期金利の上昇をどこまで容認するのか。
その判断材料として、景気や物価、そして為替の動向が鍵となりますが、もう1つアメリカの長期金利の動きにも注意する必要があります。
アメリカの長期金利は、8月に入ってから4%を突破し、21日には4.35%と2007年11月以来、15年9か月ぶりの高い水準をつけました。
こうした中で日本の長期金利は、アメリカの長期金利に連動する形で上昇しています。
なぜなのか。
アメリカの長期金利上昇の背景には、景気が堅調だという見方があります。
この結果、アメリカと経済的な結びつきが強い日本の景気もよくなると見て、日本の長期金利も上昇する。
これはオーソドックスな考え方です。
また、機関投資家は、保有する各国の国債のバランスを考慮してポートフォリオ(資産構成)を組んでいます。
このためアメリカの国債を売る場合、日本の国債を売るケースもみられます。
従って日米の長期金利は連動しやすい関係にあるという見方もあります。
YCCのもとで日本の長期金利は低く抑えられていましたが、日銀が許容する変動幅が拡大したことで、7月28日以降、日米の長期金利が連動しやすくなったとも考えられます。
次の節目で日銀はどう動くか
こうした国内外の金利上昇圧力を吸収しながら、これ以上円安が進まないよう配慮するには一定水準の金利上昇を容認せざるを得ない。
一方で、ねばり強く金融緩和を続けるには急激な金利上昇は望ましくない。
こうした考えのもと、日銀は、これらの条件を満たす長期金利の水準を0.5%から1%の間で調整していくことになります。
現時点で日銀は、緩やかな金利上昇を容認し、そのペースを調節しているようにも見えますが、「1%まで上昇することは想定していない」(植田総裁)、「1%の基準は、少なくとも今の状況ではかなり高いところに設定している」(内田副総裁)という発言にあるように、長期金利が短期間で1%に達するというシナリオは描いていません。
このため0.7%、0.75%という次の節目に達した場合に日銀が市場とどう対じし、どのような対応をとるのかが今後の政策を見る上でのポイントとなります。
来週の予定
来週最も注目されているのが、8月31日に発表されるアメリカの「PCE・個人消費支出」です。
アメリカの中央銀行にあたるFRBが、インフレの動向を見極めようと重要視している指標です。
また、同じ日には中国で製造業と非製造業の「PMI=購買担当者景況感指数」が発表されます。中国の景気減速が懸念される中、その結果に多くの投資家の関心が集まっています。