平日なのに学校に行かなくてもいい!?

平日なのに学校に行かなくてもいい!?
長いと思っていた学校の夏休みもまもなく終わり。

「もう少し休みたい」と思っている子どもたちもいると思いますが、愛知県では新学期から、平日、学校に行かなくても欠席にならない日が設けられます。

その名も「ラーケーションの日」。

土日、保護者が仕事で休めないという家庭で、平日に子どもと一緒に過ごせるようにと設けられました。

全国で初めてとなるこの取り組みで、いったい何が変わるのでしょうか?
(名古屋放送局記者 佐々木萌)

「ラーケーション」って何?

「家族の休みに合わせて、子どもが校外学習を行える仕組みとして『ラーケーションの日』を新たに設けます」
3月、愛知県の大村知事の記者会見で、聞き慣れない言葉が飛び出しました。

「ラーケーション」とは、「学習」を意味するLearningと「休暇」を意味するVacationを組み合わせた造語。

子どもが休暇中の保護者とともに、学校以外の場でさまざまな学習活動を楽しんでもらうという意味が込められています。
「ラーケーションの日」は、県内の公立の小中学校や高校、特別支援学校に通う児童や生徒が、保護者の休みにあわせて、年間3日まで取得できます。1日ずつ取ることも3日連続で取ることも可能です(※2023年度は年度途中からの導入となるため、自治体により取得可能日数は2日か1日)。

取得するには、家族でいつ、どこで、どのような活動をするのか話し合って計画を立て、事前に保護者が学校に届け出ることで取得できます。
基本的に、内容の審査などはありません。

愛知県は「旅行に行って何か体験してもいいし、家で活動してもいい。主旨を理解したうえで、その日を家族で自由に計画して使ってもらえればいいんです」と説明しています。

「ラーケーションの日」は、インフルエンザや身内の不幸などで学校を休んだときと同様、欠席にはなりません。県は、受けられなかった授業の内容は、家庭での自習で補ってもらうとしています。

子どもと休みが合わない!

愛知県が「ラーケーションの日」を導入する背景には、親子で休みが合わないという実態があります。
総務省の令和3年の社会生活基本調査によると、仕事に就いている人のうち、▽土曜日に働いている人は45.5%、▽日曜日に働いている人は30.4%。
2人から3人に1人が、土日に働いていることになるため、子どもたちの学校の休みと保護者の仕事の休みが合わない場合も少なくありません。

愛知県は、ラーケーションを導入することで、子どもたちが保護者の休暇に合わせて、一緒に過ごせる機会を増やすとともに、保護者が有給休暇を取得するきっかけにしたいとしています。

家庭ではラーケーションどう活用?

土日に休めない仕事は、医療・介護の関係者や飲食店、運輸業など、さまざま。

観光業もそのひとつです。
観光や漁業がさかんな愛知県南知多町の日間賀島に住む鈴木さん一家を訪ねました。
島にある民宿と土産物店で働く鈴木由美さんにとって、土日はもちろん、長期の連休はかき入れ時。

そのため、特に繁忙期となると平日しか休めません。
夫の勝司さんも漁業を営みながら、釣り船を出しています。

決まった休みはなく、釣り船の予約が入れば、平日か土日かを問わず、仕事に出る生活です。

高校1年の長女と中学1年の長男、そして、小学4年の次男の3人の子どもがいますが、週末にたまに、島の外へ買い物に行く程度で、家族そろって遠出することはなかなかできないと言います。
それでも、子どもたちに思い出をつくってほしいと、子どもが小さいうちは、市場が休みになる1月に数日間、平日に学校を休ませて旅行へ行くなどしてきた鈴木さん一家。
「ラーケーションの日」の導入を前に、早くも行きたい場所を考え始めるなど、期待感が高まっている様子でした。

動物が大好きで飼育員になりたいという夢を持つ長男の梨煌(りお)さんは、なかなか行けなかった水族館や動物園に行きたいと話していました。
長男・梨煌さん
「水族館とか動物園に行って飼育員になったときの勉強とかしたいです。飼育員なってから覚えるよりも、どうやって、この動物を飼育するのかというのを見てみたいです」
長女の萌姫(めい)さんと次男の聖渚(せな)さんも、それぞれに家族で行きたいと思っていた場所があるようです。
長女・萌姫さん
「ディズニーランドとか遊園地に行きたいです。でも、3日連続で取得するのは休んだ分の勉強が追いつけないかもしれない不安があるので、1日ずつかな」
次男・聖渚さん
「船が好きだから、名古屋港水族館の近くにある南極観測船ふじを見にいきたい」
由美さんも、子どもたちと一緒にゆっくり話すことができる機会になると期待しています。
鈴木由美さん
「最近、子どももだんだん大きくなってきて、話す機会も少なくなってきたのでさみしいと感じていました。いつまで一緒に行ってくれるかわかりませんが、子どもたちが行きたいところがあるなら、制度を使って行ってみたいなと思います。そして、私たちが行くのと同じで、土日働いている家族が、日間賀島に来てくれると嬉しい。そうしたら、日間賀島も潤うし、愛知県も潤うかなと思います」

働き方改革ならぬ「休み方改革」

実は、愛知県では、「ラーケーションの日」だけでなく、「休み方改革」として、さまざまな事業を進めています。

「休み方改革」とは、プライベートの時間を充実させることで仕事の効率を上げ、経済の活性化につなげようというもので、2023年度から本格的にスタートしました。
そのひとつが、有給休暇の取得促進。県は、有給休暇の取得に積極的に取り組む中小企業を認定し、公共工事の入札参加資格の審査で加点したり、融資制度の利用時に優遇措置などを講じたりすることにしています。

さらに、取得した休みを快適に過ごしてもらおうと、週末や長期の連休に集中していた旅行需要を平準化することも目指しています。
「あいちスキ旅キャンペーン」と銘打ち、旅行事業者に、平日や閑散期に訪れた旅行客を対象に、料金の割引や景品などの特典を提供してもらい、繁忙期と閑散期の需要をならすことで、観光関連の事業者の労働生産性も向上させる狙いです。
大村知事は、全国知事会の中でも「休み方改革プロジェクトチーム」の発起人として、労働組合や経済界、関係省庁に取り組みへの協力を要請するなど、全国に取り組みを展開しようとしています。

社会全体への広がりも?

全国で初めてとなる「ラーケーションの日」について、人材活用や企業のワーク・ライフ・バランスの推進に詳しい専門家は、社会全体への波及効果も期待できると評価しています。
東京大学 佐藤博樹名誉教授
「働く人への有給休暇の取得推進効果は大きいし、親と子どもが対話する機会につながるという点で非常にいい試みだと思います。同時に、休みが分散化するのはすごく大事で、土日や夏休みではないときに、有給を取って、子どもといろんな社会活動をすることは、休み方、働き方を変えることにもなるし、いろいろなサービス業への波及効果も大きいと考えます」

課題は?

一方、初めての取り組みだからこその懸念や課題もあります。

ラーケーションを導入するかどうかは、県立学校以外は市町村単位で決定することになりますが、名古屋市は現時点での導入を見合わせています。
名古屋市教育委員会は、休み方改革の趣旨は理解しているとする一方、ラーケーションの日を取得できる家庭とできない家庭という差ができると不公平感が高まること、そして、登校しなかった日の授業を家庭だけで補いきれないのではないかという2つの懸念があるとしています。
名古屋市教育委員会 担当者
「もし仮にラーケーションの日を取れる子と取れない子が教室にいて、会話の中で話題になったときに、事情があって取れない子のことを考えると、公平性に欠ける。もうひとつは、体育でいうと跳び箱とか、学級でのイベントとか、家でもなかなかできない授業もあります。学習の保障として、家任せにしていいのだろうかという懸念です」
名古屋市教育委員会は、子どもの目線に立ち、懸念が払拭されるような状況になったら導入を考えていきたいとしています。

“休みながら課題解決を“

こうした懸念や課題を克服し、「ラーケーションの日」は定着するのでしょうか。

専門家は、制度があることを前提に授業を進めることや、どうしても休みを取りにくい家庭をフォローする仕組みづくりが鍵を握ると指摘します。
東京大学 佐藤博樹名誉教授
「生徒が常にいるという状況で授業を進めるのではなく、時々休むことがあるという前提で授業を進めることが大事になってくる。それと、ひとり親の方とか、やっぱり休みにくいという方については、親御さんじゃなくても、地域の人が、何人か子どもをどこかに連れて行くということをあわせてやっていく必要がある。課題はありますが、休みながらいろいろな課題を解決していくのが大事だと思います」

ものづくり県は休み方の先進県

「ラーケーションの日」導入を控えた愛知県。こうした構想が生まれた背景には、愛知県が、自動車産業を中心とした製造業が盛んな、全国屈指のものづくり県であるという事情もあります。
愛知県では、企業独自の取り組みとして、祝日に工場を稼働させる代わりに、お盆や年末年始の休暇を、通常よりも長く設定するなど、柔軟に休日を設ける工夫が行われてきました。

県幹部は「必ずしもカレンダー通りではなく、休日を柔軟に考える文化があるからこそ、『休み方改革』が根付く土壌はある」と、広がりに自信をのぞかせます。

愛知県が全国に率先して定着を目指す「ラーケーションの日」をはじめとした休み方改革。さまざまな業種・職種で、柔軟な休暇取得が進むきっかけとなるのか。そして、全国に広がっていくのか。

休日が生活を豊かにする時間になっていくことを願いつつ、取材を続けていきたいと思います。
名古屋放送局記者
佐々木萌

2019年入局。
愛知県警担当を経て、愛知県政を担当。
趣味は柔道で、休日は道場で子どもたちに指導もしている。