世界に野球を!甲子園は目的ではなく手段

異色の経歴を持つ監督が率いるチームによる創部初のベスト8進出。

その戦いは、野球の魅力を世界に広めるという壮大な目標を実現するためのものでした。

世界をまたにかける異色の監督

青年海外協力隊員としてジンバブエへ

おかやま山陽高校を率いる堤尚彦監督はジンバブエの代表監督として東京オリンピック予選を戦った経験を持つなど異色の経歴の持ち主です。

選手として結果を残せず、野球の楽しさを見失いかけていた大学時代、ふとテレビで見た野球普及のために海外で奮闘する人に心を奪われ、「大好きな野球に恩返しをするため、野球の魅力を世界に伝えたい」と、大学卒業後の1995年12月、青年海外協力隊員としてアフリカ南部・ジンバブエに渡りました。

ジンバブエではおよそ2年間、各地の学校を回って子どもたちに野球を教えるなどの活動に取り組み、さらにガーナやインドネシアでも、国の代表チームのコーチを務めたり、タイで野球教室を開いたりするなど、野球の普及を目的に活動を続けてきました。

およそ10年間にわたる活動を通して、野球の魅力は必ず伝わると自信を深めた一方で、現地で活動に携わる人材や道具が足りないといった課題も多く感じたといいます。

堤尚彦監督
「世界を見ると野球はサッカーなどと比べてまだまだマイナースポーツだという現状を思い知らされ、ボランティアだけで普及することの限界も痛感した」

高校野球の監督に

活動を通じて、後進の育成が必要だと感じた堤監督。

そんな中、野球部での不祥事をきっかけに後任の監督を探していた、おかやま山陽高校から声がかかりました。

堤監督は「人格形成の途中である高校生と、日常的に関わることができる高校野球の指導者になることで、野球普及の人材育成にもつなげることができるのではないか」と考え、17年前の2006年、就任を決めました。

地域から愛され、さらには世界にも大好きな野球を広げて、いろいろな人から応援される野球部を目指してチーム作りを進めてきました。

しかし、思うように試合に勝てず、選手の生活態度もなかなか改まりませんでした。

自分の思いが生徒にうまく伝わるためにはどうすればよいかと悩んだ結果、野球部の指針を作ろうと、66か条の部訓にまとめました。

例えば、部訓の第14条には「甲子園を愛しているのではなく、野球を愛している」と記されています。

試合に勝つ、甲子園に行くという欲から距離を置いて、大好きな野球を全力で楽しむという原点を再確認できた結果、チームの方針が徐々に選手たちに浸透し、おのずと結果もついてきたと言います。

この部訓は、新型コロナで甲子園が中止になったときも、折れそうになった選手たちの心を支えた大切な道しるべとなっています。

野球道具を集めて発展途上国へ送る

さらに、チームでは使われなくなったグラブやバットなどの野球道具を集めてアフリカなど発展途上国へ送る活動に10年以上取り組んできました。

しかし、こうした活動も1チームで行うには限界があるのが事実。

活動の輪を広げるためには多くの人たちの関心が集まる甲子園に出場して普及活動を知ってもらうことが近道だと感じたといいます。

堤監督
「甲子園に出場することは目的ではなく、あくまで世界に野球を広めるための一つの手段として捉え、選手たちとともに甲子園を目指してきた」。

つかんだ“手段”としての甲子園

そして、6年前の2017年、就任12年目にしてつかんだ初の甲子園出場。

勝利こそなりませんでしたが、メディアを通しておかやま山陽の普及活動を知り、県内外の高校や野球チームが道具を寄付してくれたりと活動の輪が少しずつ広まっていったといいます。

ことしのチーム

そして、ことしのチーム。

去年夏の新チーム結成時に、少しでも長く甲子園でプレーすることが世界に野球を広げることにつながると、「甲子園で3勝」の目標を掲げて戦ってきました。

この夏、2回目の出場を果たし、1回戦から3試合を勝ち上がって準々決勝に進出し、目標を達成しました。

右上が渡邊颯人選手

キャプテンの渡邊颯人選手
「日本を含め世界で野球人口が減っているのは確かですし、多くの人に普及活動に協力してもらうために自分たちは少しでも多く甲子園で勝ち進んでいかないといけなかった。後輩たちには自分たちよりも長く甲子園で試合をしてほしい」

世界に届けた甲子園3勝

現地の友人とのLINEのやりとり

おかやま山陽のこの夏の活躍は、海外でも注目を集めていました。

インターネットを通じて選手たちのプレーを見た、ジンバブエやタイなど、かつて堤監督が指導した10か国以上の現地の教え子たちから祝福のメッセージが届いたといいます。

堤監督
「甲子園での戦いを動画で見て、一つ一つのプレーにすごく大きな歓声が上がって、野球ってこんなにおもしろいスポーツなんだと認識してもらえたと思う。現地ではまだまだ野球が根づいたと言うには程遠い状況なので、もっともっと野球の魅力や感動を伝え、普及に貢献したい」

ジンバブエに野球場を作るという大きな夢も動き出しているという堤監督。

チームの次なる目標は日本一ですが、それはあくまでも手段。

おかやま山陽野球部は「大好きな野球の魅力を世界に広める」という大義を胸に歩み続けます。