処理水の海洋放出 方法は?影響は?【Q&Aで詳しく】8/24版

東京電力は福島第一原子力発電所にたまる処理水について、政府の方針に基づき、24日午後1時ごろに放出を始めると発表しました。

処理水とは?どうやって海に放出するの?人や環境への影響は大丈夫?風評被害への対策は?気になる点をまとめました。(8/24更新版)

処理水ってそもそもどんな水?

A.「汚染水」を文字通り“処理”した水のことです。

2011年の事故で「メルトダウン」を起こした福島第一原発1号機、2号機、3号機では、溶け落ちた核燃料を冷やすために今も水を入れ続けていて、これに加えて地下水や雨水が原子炉建屋内に流れ込んでいるため、1日およそ90トンのペースで「汚染水」が発生しています。

汚染水に含まれている放射性物質の大半はALPS(多核種除去設備)と呼ばれる専用の設備で除去されますが、取り除くことが難しい「トリチウム」など一部の放射性物質を含んでいる水を「処理水」と呼んできました。

処理水は6月29日現在でおよそ134万トンあり、敷地内に設置されている約1000基のタンクで保管されています。

タンクの容量は約137万トンで、今は保管できる容量の98%まで使っていて、東京電力は今のペースで汚染水が発生し続けると来年(2024年)の2月から6月ごろに満杯になるとしています。

東京電力は福島第一原発の敷地内には森林などを伐採すればスペースがあり、処理水を保管するタンクを増やすことは不可能ではないとしていますが、こうしたスペースについては、今後、取り出しを予定している核燃料デブリや廃炉作業で出る放射性廃棄物を保管することに使う方針を示していて、限られた敷地のなかで廃炉作業を進めていくためにも、タンクを増やし続けるわけにはいかないとしています。

ほかにも処理水に含まれるトリチウムを水から分離できないかなどの選択肢も専門家会議で検討されましたが、技術的な実績があり監視もしやすいといった点から海への放出が現実的とされました。

※政府は放出方針決定後の2021年4月に、タンクの水を再び処理してトリチウム以外の放射性物質はすべて基準以下にした状態の水を「ALPS処理水」と呼ぶとしました。

トリチウムって何?

A. 処理水に含まれるトリチウムという放射性物質は、日本語では「三重水素」と呼ばれる水素の仲間です。

水の一部として存在しているため、ろ過したり、吸着させたりして水から取り除くことが難しいのが特徴です。

トリチウムは通常の原子力施設でも発生し、日本を含む世界各地で現地の基準を満たすようにして、海や大気に放出されています。

自然界にも広く存在し、雨水や海水、それに水道水や私たちの体内にも微量のトリチウムが含まれています。

トリチウムはほとんどが水の状態になっていて、人や魚介類などの生物に取り込まれたとしても、水と一緒に比較的速やかに排出され、蓄積しないとされています。

ただ、生物の体内では一部のトリチウムがたんぱく質などの有機物と結合していて、この場合は、体の外への排出が遅くなることが知られています。

体への影響を考える上でのもうひとつのポイントが、トリチウムが出す放射線のエネルギーの弱さです。

空気中ではおよそ5ミリ、水中では最大でも0.006ミリしか進むことができません。

世界の放射線の専門家で作る「ICRP=国際放射線防護委員会」が公表している放射性物質の種類ごとの影響度合いの比較では、原発事故で主な汚染源となったセシウム137と比べて、水の一部となっている場合はおよそ700分の1、たんぱく質などと結合している場合はおよそ300分の1と低くなっています。※いずれも成人の場合

放射線による生物への影響に詳しい茨城大学の田内広教授は、低い濃度を適切に管理できていればリスクは低いと指摘しています。

「トリチウムが体内に取り込まれてDNAを傷つけるメカニズムは確かにあるが、DNAには修復する機能があり紫外線やストレスでも壊れては修復しているのが日常。一番大事なことは濃度を低く保つことで、今回のように1リットルあたり1500ベクレルという低い基準よりもさらに薄まるのであれば、生物に対する影響は考えられず極めてリスクは低い」。

処理水はどうやって海に放出する?

A. 放出は、処理する、測る、薄める、流すという手順で行われます。

現在、福島第一原発の敷地内のタンクに保管されている処理水のうち、およそ7割は、トリチウム以外の放射性物質を除去しきれておらず、放出するための基準を満たしていません。

このため、放出する前にはトリチウム以外の放射性物質の濃度が国の基準を下回る濃度になるまで処理を続けます(二次処理)。

二次処理した水はタンクに入れてかき混ぜ、均質にした上で、基準を満たしているか実際に測定して確認します。

この作業には1回あたり2か月程度かかることから、作業は3つのタンク群に分けて行われ、連続して放出できるようにするとしています。

基準を満たしていることが確認できた水は、残るトリチウムの濃度が放出の条件としている国の規制基準の40分の1を下回るように、処理水の100倍以上の量の海水と混ぜ合わせて薄めます。

この水は、福島第一原発の岸壁付近に作られた「放水立て坑」と呼ばれる設備にためられ、一定の量を超えると海底トンネルに流れだし、沖合1キロ先にある放出口から海に放出されます。

東京電力は、大量の海水で薄めることで、確実に放出の条件とする濃度を下回るとしていますが、念のためしばらくは、立て坑にためた水に含まれるトリチウムの濃度をあらためて測定してから放出することにしています。

放出されるトリチウムの総量は?

A. 処理水の海洋放出によって1年間に放出されるトリチウムの量について、東京電力は、事故の前、福島第一原発が通常の運転をしていた時の目安だった22兆ベクレルを下回る水準にする方針です。

この値について、経済産業省は、国内外の多くの原子力施設からの年間の放出量と比べても低い水準だとしています。トリチウムの放出量は、原発のタイプや施設の種類によって違いがあり、経済産業省は2008年から2010年の国内の各原発の平均値を算出し、最小値と最大値を公表しています。

それによりますと、福島第一原発と同じ沸騰水型と呼ばれるタイプの原発では、およそ316億から1.9兆ベクレル、加圧水型と呼ばれるタイプの原発では、およそ18兆から83兆ベクレルとなっています。

一方、海外の原発についても経済産業省がまとめていて、2021年に韓国の古里原子力発電所で49兆ベクレル、中国の陽江原子力発電所で112兆ベクレル、カナダのダーリントン原子力発電所で190兆ベクレルが、液体として放出されたということです。

また、使用済み核燃料の再処理施設ではさらに放出量が多く、フランスのラ・アーグ再処理施設で2021年に1京ベクレル、イギリスのセラフィールド再処理施設で2020年に186兆ベクレルが液体として放出されています。

人や環境への影響は大丈夫?

A. 福島第一原発の処理水を政府の方針どおりに海に放出した場合の、放射線による人や環境への影響について、東京電力は国際的なガイドラインに沿って評価してもいずれも極めて軽微だと説明し、原子力規制委員会やIAEA=国際原子力機関もこの評価を妥当だとしています。

東京電力は処理水を海に放出した場合にどのように拡散するか、2019年の気象データを使ってシミュレーションし、最も影響を受けるケースとして原発周辺で漁業に携わる人が船の上で作業をしたり、海産物を食べたりすることなどによってどの程度被ばくするか評価しました。その結果、一般の人の被ばく限度が年間1ミリシーベルトなのに対し、処理水の放出による影響は、海産物を食べる量などに応じて1ミリシーベルトのおよそ50万分の1から3万分の1になったということです。

加えて、魚や藻類といった動植物への影響も評価しました。

指標としたのは、「ICRP=国際放射線防護委員会」が示している、「何らかの悪影響が生じる可能性がいくらかでもありそうと思われる値」で、処理水の放出による影響は、この値のおよそ300万分の1から100万分の1になったとしています。これらの評価はトリチウムのほか、処理水に含まれる29種類の放射性物質による影響を足し合わせたものになっていて、結果として、トリチウム以外の影響が大きくなっているということです。具体的には、放射性物質の単位である1ベクレルあたりの被ばく影響が比較的大きいヨウ素129と、除去の対象となっていない炭素14でおよそ8割の寄与度を占めているということです。

また、海水中のトリチウムの濃度が現在よりも高い1リットルあたり1ベクレル以上になる範囲は、原発周辺の2キロから3キロの範囲にとどまるということです。

ただ、その範囲内でもWHO=世界保健機関が示す飲料水の基準である、1リットルあたり1万ベクレルを超えることはなく、大きく下回るとしています。

安全性は確保できるの?

A. 安全性の確保は、東京電力が原子力規制委員会の認可を受けた計画通りに放出を実施することが前提となっています。

このなかで東京電力は、放出設備などに異常が生じた場合、処理水の海への放出を即座に止める方針を示しています。

処理水が通る配管の2か所には「緊急遮断弁」と呼ばれる装置が設けられていて、海水の流量が少なくて十分に薄められない場合や異常な放射線が検出された場合には、自動的に水の流れが止まる仕組みになっています。

また、震度5弱以上の地震、津波注意報、高潮警報などが出された際には運転員が手動で放出を止めることにしていて、現在、緊急時を想定した訓練も行われています。

加えて、安全性の確認には処理水が放出されたあとに周辺の海で行うモニタリング、放射性物質の濃度の測定も重要です。

国や福島県、それに東京電力は放出前後で濃度の比較ができるよう、2022年度からモニタリングを強化していて、放出口から10キロ圏内を中心にあわせて130地点程度で海水中のトリチウムを測定しています。

さらに放出開始直後は、国が行う測定の頻度を増やすなど集中的なモニタリングを行う方針です。

この中では通常の詳しい分析も行いますが、これには1回で2か月程度かかることから、検出できる濃度の下限の値を引き上げてより迅速に結果が出せる分析方法も新たに採用しています。国や東京電力はこうしたモニタリングの結果をホームページで公開し、風評被害の抑制につなげたい考えです。

風評被害への対策は?

A. 政府は風評被害などの漁業者への影響を最小限に抑えようと、あわせて800億円に上る2つの基金を設けています。このうち、おととし12月に設けられた300億円の基金は処理水の放出に伴う風評被害などへの対策が主な目的です。

放出の影響で卸売市場などでの水産物の取り引き価格が原則、7%以上下落した場合
▽漁業者の団体などが一時的に買い取って冷凍保管するための費用を上限なしで補助、
▽企業の社員食堂に水産物を提供する際にかかる費用などを最大1億円支援、
▽ネット販売など販路拡大の取り組みに対し、最大5000万円を補助するなどとしています。

一方、去年11月に設けられた500億円の基金は漁業者の事業継続を支援するのが主な目的です。

放出の影響で売り上げが3%以上減少した場合などは
▽新たな漁場の開拓などを支援するため、人件費や漁具の購入費用などに最大3000万円を補助、
▽省エネ性能にすぐれた漁船のエンジンなどの導入費用に最大2000万円を補助するなどとしています。

基金の活用について、西村経済産業大臣は、「宮城県などですでに水産物の価格が下落しているという話があり、具体的な調整を行っている」と述べ、すでに具体的な検討を始めていることを明らかにしています。

このほか政府は、福島県産の水産物などの需要拡大を後押ししたい考えで、西村大臣が、スーパーなどの業界団体の代表と面会し、働きかけを行っています。

一方、東京電力も期間や地域、業種は限定せず、
▽風評被害による水産物や農産物の価格下落で売り上げが減少した場合や
▽外国からの禁輸措置を受けた場合などに賠償を行うとしています。

事業者ごとに影響を確認した上で、損害額を算定する方針で、ことし10月から、賠償請求の受け付けを始めることにしています。

また水産庁は風評被害を防ぐため、福島第一原発周辺の水産物の検査を強化することにしています。

現在、福島県沖では福島第一原発の10キロ圏内を除いて漁が行われています。水揚げされた魚は毎週県が検査を行い、基準を超える放射性物質が検出された場合は同じ種類の魚について国が出荷制限を指示することになっています。現在は去年1月の検査で基準を超える放射性物質が検出された「クロソイ」という魚のみ出荷が制限されています。

このほか地元の漁協も水揚げのあった日は毎日、出荷するすべての種類の魚について放射性物質に関する検査を行い、自主的に定めた値を上回った場合は出荷を自粛します。

さらに水産庁も去年6月から、北海道から千葉県までの東日本の太平洋側でさまざまな種類の魚を対象にトリチウムの検査を実施しています。これに加え処理水の放出開始後は当面、土日も含めて毎日、福島第一原発の10キロ圏内で捕れた魚について水産庁がトリチウムの検査を行い、翌日か翌々日には結果を公表することにしています。

水産庁は「処理水を放出する場所のすぐそばで実施した検査の結果を連日公表することで、消費者の不安を払しょくし安心して福島のおいしい水産物を楽しんでもらえるようにしたい」としています。