アルツハイマー病新薬 “使用を認める” 厚労省専門家部会

日本とアメリカの製薬会社が共同で開発したアルツハイマー病の新薬について厚生労働省の専門家部会は、使用を認めることを了承しました。
アルツハイマー病の原因物質に直接働きかけ取り除くための薬が了承されるのは初めてで、今後、厚生労働省による承認を経て、国内で製造・販売できるようになります。

原因物質を取り除くための薬 初めて国内で製造・販売可能に

使用が了承されたのは、日本の製薬大手「エーザイ」がアメリカの「バイオジェン」と共同で開発した、認知症の原因の1つであるアルツハイマー病の新しい治療薬「レカネマブ」です。

アルツハイマー病の患者の脳にたまる「アミロイドβ」という異常なたんぱく質を取り除くことができ、症状の進行を抑えることが期待されています。

ことし1月、エーザイが厚生労働省に承認申請を行い、その後優先的に審査する品目として指定を受けていました。

21日開かれた厚生労働省の専門家部会では、有効性が確認でき、安全性にも重大な懸念はないとして、使用を認めることを了承しました。

アルツハイマー病の原因物質に直接働きかけ取り除くための薬が了承されるのは初めてで、今後、厚生労働省による承認を経て、国内で製造・販売できるようになります。

病気の進行そのものを遅らせる効果に期待

「レカネマブ」は、製薬大手の「エーザイ」がアメリカの製薬会社「バイオジェン」と共同で開発したアルツハイマー病の治療薬です。

アルツハイマー病になった患者の脳では、「アミロイドβ」と呼ばれる異常なたんぱく質がたまっていて、これによって神経細胞が壊れると考えられています。

「レカネマブ」は、「アミロイドβ」が繊維状の固まりになる前の「プロトフィブリル」と呼ばれる段階で、人工的に作った抗体を結合させて取り除こうというもので、神経細胞が壊れるのを防ぎ、病気の進行そのものを遅らせる効果が期待されています。

治験では、この薬を2週間に1度、点滴で投与されたグループは、脳にたまった「アミロイドβ」の量が大幅に減少し、「プラセボ」と呼ばれる有効成分が入っていない薬を投与されたグループと比べて、1年半後の認知機能の低下がおよそ27%抑えられていたことが分かりました。

製薬会社などの研究グループによりますと、この治験の結果から早期の患者がより重い症状のステージに進行するのを平均で2年から3年遅らせることができると推定されるということです。

ただ、壊れてしまった神経細胞を再生させることはできないため、薬の投与は認知症を発症する前の「軽度認知障害」の段階や発症後の早い段階で行うことが重要だとされています。

一方で、副作用については、薬を投与された患者の17.3%で脳の出血が、12.6%で脳の腫れが報告されました。

ほとんどが比較的軽い副作用だったということですが、研究グループは今後も長期的な安全性の確認を行っていくとしています。

専門クリニックでは期待の声

「レカネマブ」について、都内にある認知症の専門クリニックでは患者や医師から承認を期待する声が聞かれました。

クリニックに通う79歳の女性は、認知症の前段階とされる「MCI=軽度認知障害」と診断されているため「認知症になったら娘が介護などで大変なので、進行が抑えられるのならば高くても使いたいです」と話していました。

物忘れの症状に悩む81歳の男性は「直近のことを忘れてしまうことが多く、自分に自信が持てないので、薬には期待をしています」と話していました。

また、この男性の妻(78)は「夫が施設に行かないで、このまま在宅で過ごせることを願っています。薬のことを知って少し安心しています」と話していました。

40年以上にわたって、認知症の診断や研究を行ってきた「アルツクリニック東京」の新井平伊 院長は、「これまで使われてきたのは対症療法的な薬だったが、進行を遅らせることができるようになる意義は大きく、アルツハイマー病の治療の歴史で非常に大きな1歩だ。しかし、効果について患者さんや家族に過度な期待を持たれないよう、理解してもらうことが大事だ。リスクをきちんと評価して、安全性を確保しながら使わなくてはいけないと思っている」と述べました。

アルツハイマー病新薬 世界での開発状況は

120年ほど前にアルツハイマー病の症例が初めて報告されて以降、世界中で原因と治療法の研究が進められてきました。

これまでに国内で承認されたアルツハイマー病の薬は4種類で、残った脳の神経細胞の働きを高めるなどして一時的に症状を緩和しますが、脳の神経細胞が壊れていくことを止めることはできませんでした。

このため、世界中の研究機関や製薬会社がアルツハイマー病の進行自体を抑えることができる治療薬の開発に取り組んできましたが、ここ最近はアルツハイマー病の原因の1つと考えられる「アミロイドβ」を取り除く治療薬の開発が相次いでいます。

今回の「レカネマブ」に先立って、製薬大手の「エーザイ」とアメリカの製薬会社「バイオジェン」が開発した治療薬「アデュカヌマブ」は、おととし2021年、深刻な病気の患者に早期に治療を提供するために設けられた「迅速承認」という制度を利用して、アメリカFDA=食品医薬品局に条件付きで承認されました。

ただ、「アデュカヌマブ」は治験で「アミロイドβ」を減らす効果が示された一方で、認知機能の低下を抑える十分なデータが示されなかったことなどから、ヨーロッパや日本では、承認されていません。

このほか、ことしになってからも、アメリカの製薬大手「イーライリリー」が、同じように「アミロイドβ」を取り除く治療薬「ドナネマブ」について、治験でこの薬を投与されたグループは、「プラセボ」と呼ばれる有効成分が入っていない薬を投与されたグループと比べて、1年半後の認知機能の低下がおよそ35%抑えられたとする結果を公表しています。

この薬はFDAに承認申請が行われていて、日本でも年内に承認申請がされる見通しです。

これらの薬以外にもアルツハイマー病の治療薬の開発は世界的に活発になっていて、アメリカのアルツハイマー協会によりますと、2023年1月時点、141種類の治療薬の治験が世界で行われているということです。

新薬 承認後の課題は

「レカネマブ」が国内で承認されても、アルツハイマー病の患者すべてが使えるようになるわけではありません。

治験の結果でこの薬の効果が期待できるとされるのは、症状が比較的軽く、脳に「アミロイドβ」がたまっていることが確認できた早期のアルツハイマー病の患者です。

アルツハイマー病以外の原因で認知症となっている人や、アルツハイマー病の症状が中等度以上に進行した患者などは薬の対象にならない見通しです。

このため、効果が期待される早期のアルツハイマー病の患者を正確に見つけ出すことが課題となります。

現在、アルツハイマー病の患者を探すためには、脳の中に「アミロイドβ」がどのくらいたまっているかを画像にして写し出すPET(ペット)と呼ばれる装置が使われていますが、装置そのものが大がかりで高価なほか、設置されている医療機関は都市部に集中しています。

また、脳脊髄液による検査で「アミロイドβ」が脳にたまっているかを調べる方法もありますが、腰に針を刺して検体を採取するため、患者の体への負担が大きいという課題があります。

現在はいずれの検査もアルツハイマー病の診断には公的な保険が適用されないため、費用が高額になります。

より簡単で患者に負担が少ない診断技術として、わずかな血液から脳に「アミロイドβ」がどのくらいたまっているかを推定する技術が国内の複数の企業で開発されていますが、診断を確定させる技術としては実用化に至っていません。

また、薬自体の価格も課題です。日本での価格はまだ決まっていませんが、すでに承認されているアメリカでは、この薬は1人あたり平均で年間2万6500ドル、日本円にしておよそ385万円に設定されています。

日本では、薬を開発した「エーザイ」が近く公的医療保険の適用を求める申請を行う見通しで、承認から原則60日以内、遅くとも90日以内に、中医協=中央社会保険医療協議会で、保険適用と価格について結論が出されることになります。

保険適用された場合、対象となる患者の数によっては保険財政のひっ迫につながるとする懸念がある一方、介護負担の軽減につながるという見方もあり、今後の議論が注目されます。

当事者の団体 “治る道が開けた”

アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」について厚生労働省の専門家の部会で使用を認めることが了承されたことについて、認知症の当事者やその家族などでつくる「認知症の人と家族の会」の鎌田松代代表理事は「治らない病気から、治る方向に道が開け、スタートラインに立てたような気持ちです。この薬ができた意味はとても大きく、喜ばしいです。ただ治療の対象者は非常に限られていて、自分は薬の対象ではないとわかって落胆する当事者やその家族もいます。医学の進歩だけでなく、認知症への理解がある社会づくりと、両輪で進んでいけばと思っています」とコメントしています。

専門家 “治療の新たなステージ迎えた”

アルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ」について、日本認知症学会の理事で、新潟大学脳研究所の池内 健 教授は、「脳の中の『アミロイドβ』を除去することが、認知機能の悪化の抑制につながることを示した意味で、アルツハイマー病の治療の重要なターゲットの1つになることが証明されたと思う。認知症の治療が新たなステージを迎えたことを示している」と科学的な意義を指摘しました。

また、「今までの治療法は、対症療法という位置づけだったが、『レカネマブ』は原因に直接働きかける治療法となり、認知症の治療に対する考え方が変わっていく可能性がある。症状を軽く抑え、自立した生活ができる状態を延長できることは、認知症の人たちを社会で支えるコストを軽減する効果も期待できる」と社会的な意義について評価しました。

一方で、普及に向けた課題は多いと指摘したうえで、この薬が対象とする患者について、「効果が期待できるのは早期の患者で、中等度以上に進行した患者は効果が限定的だろうと考えられている。症状のステージによっては、薬を希望してもすべての人がこの薬を使えるわけではないことに注意が必要だ」と述べました。

また、薬の対象となる患者を診断する体制について、「早期の症状の人の脳の中に『アミロイドβ』が存在することを確認する検査が必要になるが、設備がある施設が限られていたり、熟練した医師が行う必要があったりして、手軽に行える検査ではないという課題がある。『レカネマブ』の実用化に並行して、検査の体制を整備していかなければならない」という考えを示しました。

さらに、薬の価格について、「日本での価格はこれから決定されていくことになるが、いずれにしても安い価格にはならず、保険財政に影響を及ぼす可能性がある。症状の進行を抑える医学的な効果だけにとどまらず、家族の介護負担の軽減などさまざまな角度から薬の値段に見合った効果が本当にあるのかを今後検証していく必要がある」と述べました。