コップ半分、いや1滴でも

コップ半分、いや1滴でも
多くの食品の値上げが続く中、牛乳やヨーグルトなどの乳製品が8月に再び値上げされました。

全国でも有数の酪農県、栃木県の生産者を訪ねると、「コップ半分、いや1滴でもいいから牛乳を飲んでほしい」という切実な声が聞こえてきました。

(宇都宮放送局記者 村松美紗・梶原明奈)

相次ぐ値上げ “牛乳離れ”を懸念

「自社努力が限界を迎え、値上げせざるを得なかった」と話すのは、宇都宮市にある老舗の乳業メーカーの社長です。

ここでは8月1日に、1リットル入りの紙パックの牛乳を、以前より20円高い290円とするなど、約20の製品の値上げに踏み切りました。
主な要因は、酪農家の団体から出荷される生乳の価格が、引き上げられたことです。

さらにメーカーとしても、冷蔵庫で牛乳を冷やすための電気代が高騰していることなどが負担になり、販売価格に転嫁せざるを得なかったと言います。

製品の値上げは去年11月に続いて、この1年間で2回目。

メーカーの社長は、消費者の“牛乳離れ”が進むのではないかと心配しています。
乳業メーカー 針谷享社長
「去年11月の値上げのあと、消費が毎月5%前後落ちていました。今回の値上げで、さらに消費量が減ってしまうことを懸念しています。酪農家と乳業メーカーの熱意によって作られている商品なので、値上げをしておいておかしな話かもしれないが、少しでも牛乳を飲んでもらいたい」

酪農家の生産コストは“高止まり”

実際に乳牛を育てている酪農家も、厳しい状況が続いていました。
訪ねたのは、栃木県那須塩原市で50年以上続いてきた牧場。

栃木県は、牛乳のもととなる生乳の生産量が、北海道に次いで全国2位の酪農県です。
牧場の3代目、和泉正行さんは、「生産コストが急激に高まっていて、どこの牧場でも、経営が苦しくなっている」と、危機感を募らせていました。
和泉正行さん
「この1年以上にわたって、生産コストを吸収することができなくなっています。コストが経営を圧迫している状況です」
この夏、和泉さんが、特に気にしていたのが電気代です。

牧場では75頭の乳牛を飼育していますが、牛は暑さに弱いため、牛舎の温度管理が欠かせません。

30台の扇風機をフル稼働させるのは、例年なら7月になってからでしたが、ことしは厳しい暑さが連日続いたため、1か月以上早めざるを得ませんでした。
さらに、およそ半分を輸入している牛のエサ代も高止まりが続いたまま。

2年前と比べて、約7割も値上がりしています。

牧場全体の生産コストは、年間約8000万円から1億円近くに膨れ上がり、去年、収支が赤字になりました。
和泉正行さん
「牛の健康を損ねると、調子を戻すのに1、2年かかってしまいますので、餌のグレードを落としたり、扇風機を弱くしたりするなど、生産コストを下げようとする考えには、なかなか至ることができません」

追い打ちをかける“生産抑制”

この状況に追い打ちをかけているのが“生産抑制”です。
新型コロナの影響によって外食需要が低迷したことにより、牛乳や乳製品の消費は全国的に落ち込んでいます。

このため酪農家で作る生産者団体は、ことし初めて「3%」という具体的な数値を決めて、それぞれの酪農家に減産を求めたのです。
和泉さんの牧場では、年間25トン減らす計算になります。

今は、出産を控えたメスの牛から搾乳しない期間を、従来よりも長く延ばすことで対応していますが、これは牛が病気になるリスクをはらんでいると言います。

“生産抑制”がこのまま続くと、大切な牛を食肉用にまわして、数そのものを減らす事態にもなりかねないと、心配が尽きません。
和泉正行さん
「元気な牛を淘汰(とうた)するのは、酪農家として非常に抵抗があります。コスト高と生産抑制とで、酪農家たちは、非常に苦しい経営状況が続いています。」
こうした中で、酪農を離れる人も相次いでいます。

「関東生乳販連」によりますと、栃木県内の約600軒の酪農家のうち、去年だけで40軒が離農したということです。

酪農家みずから消費をPR

深刻な状況を少しでも打開しようと、生産者たちも新しい試みを始めています。
7月にお披露目されたのは、生産者団体として初めて購入したキッチンカー。

県内各地のイベントに駆けつけて、牛乳を使ったドリンクを販売します。
これまで商品のPRは主に乳業メーカーに任せていましたが、生産者としても、消費者に直接働きかけていくことが大切だと考えました。

このほかにも乳搾り体験や料理教室なども企画し、牛乳の消費量アップに少しでもつなげたいと模索を続けています。
栃木県酪農協会 臼井勉会長
「私も酪農を50年やっていますが、こうした状況は初めてです。とにかく牛乳が値上がりすることで、消費量が下がってしまうことが心配です。コップ半分でも、1滴でも多く、牛乳を飲んでもらいたいです。」

取材を終えて

生産者団体によりますと、短期間に2回の値上げが行われてもなお、酪農家の生産コストは、出荷価格(=乳価)を1リットルあたり3円ほど上回っているということです。

こうした事態に酪農家も乳業メーカーも、「このままでは牛を育てようとする人が少なくなり、酪農業全体が地盤沈下してしまう」と、危機感を抱いていました。

私たち消費者からすると、商品の値上げには複雑な気持ちを抱いてしまいますが、目先のことだけではなく、「国内の産業を守る」といった大きな視点で、今の値上げを考えていく必要もあると感じました。
宇都宮放送局記者
村松美紗
宮城県のテレビ局に勤務後2021年入局
牛乳が大好きで1日3食で牛乳を飲みます
宇都宮放送局記者
梶原明奈
2019年入局
今は県政を担当
牛乳プリンが大好きです