私に性行為を強要した先生が塾講師に…

私に性行為を強要した先生が塾講師に…
「身近な大人の巧妙な手口を見抜くのは、子供には無理」

中学生の時に教員から性被害を受けた女性の言葉です。
子供たちを身近な大人による性犯罪から守るためにどうすればいいのか。

今、子供に関わる仕事などに就く際に、性犯罪歴がないことなどを確認する新たな仕組み「日本版DBS」の導入に向けた議論が大詰めを迎えています。

被害にあった人たちの声に耳を傾けました。

(社会部 記者 小林さやか 杉本志織)

「私を理解してくれる」と思っていたのに…

中学3年の時に、同じ学校の教員から性被害を受けたという30代の女性です。

加害者は生徒会の顧問だった教員。
家族や学校での人間関係に悩んでいた女性に、いたわる言葉をかけて優しく接し、徐々に体を触ってくるようになったといいます。
性的な触れ方におかしいと感じたものの「私を理解して話を聞いてくれる大人は先生しかいない。こんなに気にかけてくれるのだから仕方がない」と思うようになっていた女性。

ついには教員に性行為を強要されました。

教師は逮捕されたけど…

卒業後、その教員が別の生徒にみだらな行為をしたとして、青少年健全育成条例違反の疑いで現行犯逮捕されました。

女性のほかにも複数の生徒に対して、同様の行為を繰り返していたことが発覚したのです。
「常習性や依存性がある加害者だったんだと思います。手なずけ方が巧妙で、入り込める子をねらっていたのだと思いますが、当時は気付くことができなかった。見抜くことは子供には無理だと思います」
中学生だった女性は、被害を知った周囲の大人たちの対応にさらに傷ついたと言います。

「非行をした」と責められ、誰も守ってくれなかったと感じていました。

女性は「拒めなかった自分が悪かったんだ」と自分を責め、大人になってもずっと心の不調を抱えてきました。
逮捕された教員は、罰金50万円の略式命令となり、懲戒免職処分となりました。

しかし、ほどなくして地元の近くで塾を開業し、今も続いているといいます。
その後、どのような生活を送っているかはわかりません。

しかし、女性は、自分と同じような被害に遭う子供がもう二度と出ないよう、子供に接する職業に就かせないようにしてほしいと望んでいます。
「時間は巻き戻らないし、返してもらうこともできない。今も、どうしようもない気持ちを背負って生きていかなくてはいけないという悲しさと諦めが、ないまぜになっている。誰一人として同じ思いをしてほしくない。大人や社会が、子供への性被害に厳しく臨む姿勢を示すことを願います」

縦割りだった子供を守る対策

これまでは、同じ子供に接する職種でも、教員や保育士では所管する省庁が違うため、それぞれが対策を進めてきました。

教員については2021年、新たな法律が成立。

採用の際、児童・生徒へのわいせつ行為による懲戒免職や教員免許の失効などの経歴を確認することが義務化され、今年4月からデータベースの運用がスタートしました。

また、保育士については2022年、児童福祉法が改正され、子供へのわいせつ行為などを理由に保育士登録を取り消された場合、再登録ができないなど厳格化されたほか、経歴のデータベースも近く運用予定です。

しかし、所管ごとに進める対策では不十分だという指摘がたびたびあがってきました。

部活動の指導員や保育を補助するスタッフ、ボランティアなど、教員や保育士といった資格がない人に対しては、対応するすべがないからです。

2020年には、保育のマッチングサイトを利用していたベビーシッターが相次いで逮捕されたことなどから、子供に関わる仕事に就く人については犯罪に関する経歴を確認する仕組みの必要だと訴える声が高まりましたが、省庁の縦割りのはざまでこれまで議論がなかなか前進しませんでした。

イギリスでは犯罪歴チェック制度を導入

一方、イギリスでは、先進国でもいち早く犯罪歴のチェックを進めています。

2012年に犯罪歴照会にあたる「DBS制度(Disclosure and Barring Service)(前歴開示・前歴者就業制限機構)」を確立させました。
イギリスでは、子供に関わる職業や活動を行う使用者側が、子供に対する性的虐待などの犯罪歴がある者を雇うことは犯罪にあたると定められ、犯罪歴の照会が義務化されています。

使用者は、求職希望者本人の承諾を得て、DBSに犯罪歴のチェックを依頼。

DBSは▽裁判所による有罪判決、▽有罪にならなかった事案でも警察官が載せるべきと判断した情報、▽DBSへの通報などをもとに、独自に作成した子供と接する仕事に就けない者のリストと照会します。

そして、DBSは証明書を求職希望者本人に郵送。
同時に犯歴などがなかった場合は、使用者にその旨を通知します。

こうしたチェックを受ける対象は、ボランティアも含め、子供の教育や指導、世話をする人、子供のための車の運転をする人なども含め、一定の期間以上、子供と接する人たちと広範囲に及びます。

犯罪歴照会について現場では…

イギリスで3歳から11歳までの子供およそ80人を放課後に預かる学童保育を運営しているシャープ千穂さんに話を聞きました。

イギリスで今のDBS制度ができる前は、子供に対する性犯罪で有罪となった人だけをリスト化し、教育現場の仕事に就けないようにしていました。

しかし、2002年に起きた、未成年へのわいせつ行為で何度も通報されていた小学校の管理人が、2人の小学生を殺害した事件をきっかけに、制度の厳格化を求める声が高まりました。

逮捕された管理人が過去に起訴されずに有罪となっていなかったために学校で働けたことが問題視され、有罪判決だけではなく、通報歴なども含めて幅広く照会する今の制度になったといいます。

シャープさんによると、照会する情報の範囲が広いことから、申請から完了まで時間がかかり、シャープさんが新しいスタッフを雇用した際も、長い場合だと3か月かかりました。

その間の給与が出ないため、求職者にとっては収入が不安定になるなどの課題はありますが、子供たちの安全を確保するためには必要な手続きだとシャープさんはいいます。
「イギリスは時間をかけて制度を進化させています。今も、例えば性転換をして名前を変えた人や、こうした制度がない国から来た人の情報を確認できないなどの漏れはありますが、制度ができたことをきっかけに犯罪を阻止しようという社会の意識が高まりました。申請には費用も手間もかかりますが、子供を守るためには必要なことだと皆、納得しています」

「日本版DBS」議論の論点は

日本でも、こども家庭庁が、日本版の同様の制度を作ることを基本方針として掲げ、6月に有識者会議を設置して議論を進めています。

主な論点をまとめました。
〈1 対象となる事業や職種の範囲〉
・学校、保育、放課後児童クラブや学習塾、習い事、ベビーシッターなど、どこまでを対象にするか。
・義務化か、希望する事業者だけが参加する手上げ制にするか。
〈2 対象とする性犯罪の前科などの範囲〉
・裁判で有罪となったケースのみを対象にするのか。
・刑法犯だけにするのか、自治体によって異なる条例違反も対象にするのか。
・「示談」などで不起訴処分になったケースを対象に含めるのか。
・逮捕はされていなくても、懲戒免職になったケースは対象にするのか。
〈3 個人情報保護などとの兼ね合い〉
・性犯罪歴などの確認を申請するのは使用者側なのか、求職者本人なのか。
・確認した情報の安全管理はどのように行うのか。
・職業選択の自由との兼ね合いはどうするか。

専門家「人権制限は必要な限度で」「手上げ制導入を」

こうした論点についてこれまでの有識者会議では、様々な立場から意見が出されました。
〈東京大学・宍戸常寿教授/憲法学〉「人権の制限は必要な限度で」
▽自由や人権を制限するからには、子供への性犯罪を抑止するという目的の達成に必要な限度でなければならず、対象となる範囲をきっちり議論する必要がある。

▽性犯罪を行ったという事実の認定は正確にしなければならないため、起訴猶予などを含めることは現時点では難しいのではないか。

▽日本では、個人情報保護法で、本人に自分の犯罪歴があるかを開示請求することを認めていない。認めると、あらゆる仕事で雇用の際に、開示を求められてしまうおそれがあるからだ。このため、事業者が、対象者本人の同意を得た上で確認することが適切ではないか。

▽取得した情報が流出しないよう情報管理は遺漏なきよう制度設計をしていくことが大事だ。
〈磯谷文明さん/弁護士〉「広く網張るため『手上げ制』導入を」。
▽学校や保育のように、届け出や許可が必要ない塾なども制度の対象に。
採用時にDBSを使って確認することに加え、研修や防犯対策などを行っている事業者に「マル適マーク」を付与してはどうか。

▽性犯罪は、示談をすることによって、不起訴になるケースも相当数ある。
起訴猶予にする際に、データベースに乗せることの同意を取るのはどうか。

使用者側の受け止めは…

使用者の側からも意見が出されました。
〈保育園や幼稚園の団体〉
▽採用時に使用者側が性犯罪歴を聞くのは現在は難しく、新しいシステムに期待したい。
▽人手不足で採用が困難な中、手続きが煩雑になることで求職者が減少しないようにしてほしい。
〈自治体〉
▽既存の教員のデータベースなどとDBSを別々に運用するのではなく、一元化してほしい。

娘が性被害受けた母親「有罪は氷山の一角」

議論の行く末を見守る人がいます。
娘が3年生の時に、担任から性被害を受けた母親です。

5年前、当時小学3年だった娘のクラスでは、男子も女子も多くの児童が、日常的に教員から下着に手を入れられるなどの被害を受けていたといいます。

教員は懲戒免職処分となりましたが、その後の刑事手続きでは「子供たちの証言以外に客観的な証拠がない」などとしてすべて不起訴処分となりました。
幼い子供たちは、繰り返された性加害に対し、自分自身が性被害にあっているかどうかも理解できず、具体的な被害や日時の特定が困難だったことが原因の一つだったのではないかと母親は感じています。

教員は懲戒免職となった後、障害のある子供たちの支援施設に再就職していたといいます。

子供の性被害が刑事裁判で有罪となるケースは氷山の一角だとして、DBSでは対象を限定的にせずに広く網をかけるべきだと訴えています。
「被害にあっても、なかなか子供たちが身近な大人に話せなかったり、親が被害を公にしたくなかったり、被害届を出しても証拠が不十分とされてしまったり…。いくつものハードルがあって、有罪となるのは氷山の一角だと感じます。抜け穴がなく、どこででも安心して生活できる、そういう社会になってほしいです」

日本版DBS 今後の見通しは…

有識者会議は来月にも、意見をまとめる方針です。
これを受け、こども家庭庁は内閣法制局との調整の下、法案を策定。
次の国会への提出を視野に入れているということで、早ければ秋の臨時国会にも提出される見通しです。

子供を性犯罪から守るため、社会としてどのような制度を求めるのか。

制度化への議論が深まる日本版DBSについて、ご自身の体験など情報をお寄せください。
社会部 記者
小林さやか
平成19年入局 北九州局、福岡局を経て現所属
医療・介護、子供と女性の権利擁護などについて取材
社会部 記者
杉本志織
平成25年入局 鹿児島局、大阪局を経て現所属
こども家庭庁の取材を担当