高校野球 八戸学院光星が文星芸大付に勝利 ベスト8に進出

夏の全国高校野球、大会10日目の第3試合は、青森の八戸学院光星高校が栃木の文星芸大付属高校に6対3で勝って、ベスト8進出を決めました。

八戸学院光星は、1回に1点を先制されましたがそのウラ、3つのフォアボールなどで満塁のチャンスを作ると、5番、藤原天斗選手のタイムリーヒットに相手のミスも絡んで3点を返すなど、この回一挙4点を奪ってすぐに逆転します。

八戸学院光星は中盤にさらに得点を重ね、対する文星芸大付属は5点を追う8回、1アウトランナー二塁、三塁の場面で4番、小林優太選手がタイムリーヒットで2点を返し、3点差に迫りました。

しかし、文星芸大付属はその後、8回途中から登板した八戸学院光星の2年生エース、洗平比呂投手に反撃を断ち切られ、八戸学院光星が6対3で勝って、ベスト8進出を決めました。

八戸学院光星は、2019年以来となる4年ぶりのベスト8進出です。

八戸学院光星は、先発した2年生の岡本琉奨投手が2回以降に調子を上げ、ボールを低めに集める丁寧なピッチングで8回途中まで3失点に抑え、洗平投手につなぎました。

《両チーム談話》

八戸学院光星 岡本琉奨投手「何とか失点抑えることができた」

八戸学院光星高校の岡本琉奨投手は「先発を発表された時はあまり緊張しませんでしたが、やはりマウンドに立つととても緊張しました。自分らしいピッチングをしようという思いで投げていました」と話しました。2回以降のピッチングについて「最初は雰囲気にのまれそうになったが徐々に自分のピッチングができるようになったと思います。8回は疲れが出てきましたが、仲間に声をかけてもらい何とか失点を抑えることができました」と話していました。

また、今後の試合については「アルプスにたくさんの保護者や友人が駆けつけてくれました。みんなの思いを胸に一つ一つ勝ち上がっていきたい」と力強く話しました。

八戸学院光星 藤原天斗選手「4年ぶりにベスト8うれしい」

八戸学院光星高校の5番、藤原天斗選手は「まっすぐの球を待っていてそれがきたので思い切ってスイングしました。4年ぶりにベスト8に進出することができてうれしいです」と話しました。自身の調子について「青森大会の決勝戦では全く打つことができませんでしたが、何とか調整して自分のスイングができるようになってきていると思います」と話していました。

次の試合に向けては「きょうの試合では多くの選手がボール球を振っていたので、次の試合までにきちんと修正して、優勝目指して進んでいきたいです」と意気込みを語りました。

文星芸大付 小林優太選手「つなぐバッティングができた」

文星芸大付属高校の4番、小林優太選手は、8回に八戸学院光星高校の岡本琉奨投手からタイムリーヒットを打って2点を返した場面について「変化球を粘ってまっすぐを打つつもりでいました。負けている中でみんなが自分につなげてくれたので『自分もつなげなくては』という気持ちで打つことができました」と話していました。

また「自分の持ち味を十分に生かしきれなかったことが多かったですが、最後までチームとしてつなぐバッティングができてよかったです」と話しました。

文星芸大付 黒崎翔太選手「大歓声の中で野球ができ最高でした」

文星芸大付属高校のキャッチャー、黒崎翔太選手は6点を奪われた八戸学院光星高校の打線について「他のチームは『このバッターは抑えられる』というバッターがいますが、八戸学院光星はどのバッターも打ってくるので怖かったです。きわどい球は見極めて、少しでも甘いと打たれるすごいバッターたちでした」と話しました。また、1回に4点を奪われた場面について「粘りきれなかったという中で、渋谷投手と『もう一度、立ち上げよう』と話し、2回を0点に抑えることができて切り替えはよかったと思います」と振り返りました。

最後に、甲子園の舞台に立ったことについて「球場いっぱいに観客がいて、大歓声の中で野球ができて最高でした」と話しました。

切磋琢磨しライバルと高みへ

4年ぶりのベスト8進出がかかる、八戸学院光星の先発を任されたのは「背番号10」の2年生左腕、岡本琉奨投手です。八戸学院光星が誇る左の“ダブルエース”の1人で、もう1人は同級生の2年生エース、洗平比呂投手です。

実は、青森大会では「背番号1」を背負っていた岡本投手。ところが、夏の甲子園で、洗平投手がエースナンバーを付けるようになりました。

背番号を変えたのは、岡本投手の「ハートに火を付けるため」と仲井宗基監督。

その洗平投手が初戦で9回をヒット4本に抑える完封勝利を挙げ「自分も絶対に負けていられない」と16日、マウンドに上がった岡本投手。しかし1回「緊張した」と制球が乱れます。

2人目のバッターにヒットを打たれると、デッドボールとフォアボールが続いて、いきなり満塁のピンチを背負いました。それでもこのピンチを1失点で切り抜けます。

その直後、1回ウラの攻撃で味方が一気に4点を奪い逆転。これで「楽に投げられた」と、2回以降は気持ちを切り替えてマウンドに上がることができました。

その後は毎回のようにランナーを出しながらも、最速143キロのストレートと、低めにコントロールされた変化球を丁寧に投げ込み、7回まで追加点を許しませんでした。

8回に入って「少し疲れが出ていた」と、2点の追加点を許しましたが、8回途中まで3失点と力投し、その後は洗平投手につないでチームを勝利に導きました。

試合後「1人で投げ抜きたい気持ちもありましたが8回の場面で打たれるのは、まだメンタルの部分が弱い」と悔しそうな表情で、反省の弁を述べました。

洗平投手が「背番号1」を背負っていることについて尋ねられると…

岡本琉奨投手
「背番号は関係なくて、ピッチャーだったらマウンドに上がったやつが、エース。背番号はちょっとは意識しますが、マウンドでは自分がエースだという気持ちでいつも投げています」

さらに「洗平投手に負けたくない気持ちはありますが、お互い協力して、悪いときはカバーし合って、勝ちにつなげていきたい」と競争心を隠さなかった岡本投手。

同級生ライバルが切磋琢磨しながらチームをさらなる高みへ引き上げます。

元プロ野球投手の父親が声援~八戸学院光星 洗平比呂投手

八戸学院光星のエース、洗平比呂投手の父親でプロ野球・中日の元投手の竜也さんが甲子園を訪れ、アルプス席から息子に声援を送りました。

洗平竜也さん
「息子は兄の影響で野球を始めました。普段は天真らんまんな性格ですがマウンドに立つと頼もしく感じます。2回戦が終わったあとは疲れが出ていないかなどメールで確認しましたが、大丈夫だと聞いて安心しました」

1994年に八戸学院光星高校の野球部に入り、エースとして活躍していた、竜也さん。3年連続で青森大会の決勝の壁に阻まれ、夏の甲子園への出場はかないませんでした。

洗平竜也さん
「私自身3年間、青森大会で優勝することができず夏の甲子園に出場したことがなかったので、甲子園で息子が投げる姿を見ると羨ましいという気持ちもあります。1つの1つの試合に勝って上に進んでほしいと思います」