全国制覇の強豪校も悩む “夏の部活” データから見えた危険

この夏は暑い、暑すぎる。

連日の猛暑で熱中症やその疑いで救急搬送されるケースが全国で相次いでいます。

こうした暑さの中でも各地の学校では運動部の練習や大会などが行われています。7月には山形県米沢市で部活動を終えた女子中学生が熱中症とみられる症状で搬送され、その後、死亡しました。

過去に学校の管理下で熱中症で死亡した事故を独自に分析すると、「暑さ指数」の目安を超えた中で起きていたことがみえてきました。

どうすれば子どもたちを熱中症から守ることができるのか。データの詳細な分析と模索を続ける現場の声から考えます。

全国制覇した剣道部 大会直前に練習を3日取りやめ

「そろそろやめよう!」

練習開始からわずか20分。

掛け声とともに竹刀を素振りする部員たちに、茨城県立守谷高校女子剣道部の安田拓朗監督(38)が呼びかけました。

面をとる部員たちはわれさきにと2リットルのペットボトルを傾け、水分を補給します。

顔からは大粒の汗をしたたらせ、頭に巻きつけた手拭いまでびしょぬれになっていました。

練習を中止したのは、下級生が練習する体育館の気温が上昇したため。

2台の大型扇風機を使っていましたが、記者の手元の温度計は37度をさしていました。

手元の温度計は37度に

安田監督は気温などによって練習を中止したり短くしたりする対応をとってきました。

隣の体育館ではレギュラーの上級生たちが10月の国民体育大会に備えて滋賀県の高校と合同練習を行っていました。

大型のクーラーと扇風機が4台ずつ。

クーラーは「室温19度」の設定ですが、それでも温度計は30度を示しています。

今月、北海道で行われた全国高校総体(インターハイ)で日本一に輝く直前の6月末から7月にかけて、安田監督は「部員を熱中症から守る」ためとして計3日間、練習を当日に取りやめました。

気温や湿度、暑さ指数が高まったことに加え、部員たちが学校行事で疲れていることなどから、熱中症のリスクが高いと判断したといいます。

茨城県立守谷高校 剣道部 安田拓朗監督
「大会が迫る期間は指導者であれば“最後の詰め”の練習時間を確保したいものですが、インターハイの直前にも練習を取りやめる日がありました。熱中症を防ぐための判断なので、迷いはありませんでした」

20年前 熱中症で“最後の夏”を失った監督の後悔

実は安田監督は20年前、剣道部主将だった高校3年の夏の練習中に倒れ、重度の熱中症で救急搬送された経験があるそうです。

茨城県立守谷高校 剣道部 安田拓朗監督
「最初はのどが渇いただけかと思っていましたが、みるみるうちに体が重くなり意識がなくなって倒れました。1週間後に大会を控えていたのですぐに練習に復帰しても体のだるさは抜けないまま、思うような結果を残せませんでした。最後の夏を失ってしまったことに後悔があります」

熱中症の危険性を身を持って知るからこそ、監督になってからは「部員を危険な目に遭わせるわけにはいかない」と、猛暑が予想される日や湿度が高いときは練習無しの日を増やしたり、3時間程度だった練習時間を夏は2時間、日によっては1時間半に減らしたりする改革をしてきました。

生徒の安全を確保しながら練習の質を重視した指導で守谷高校女子剣道部は見事、全国高校選抜大会に続く優勝で春夏連覇を達成しました。

学校現場に委ねられる判断 部員の命守る立場は「重圧」

山形県で部活動帰りの女子中学生が亡くなったことを受けて、7月末、文部科学省は熱中症対策を徹底するよう全国の教育委員会などに通知し、部活動などを実施するかどうかの判断に熱中症警戒アラートや暑さ指数を用いることを呼びかけました。

一般的に、部活動の実施や中止の判断は学校現場に委ねられています。

熱中症から部員の命を守る立場として暑さの厳しい夏に部活動を行うことをどう受け止めているか尋ねると「とても重いです。正直、重圧を感じています」と話してくれました。

茨城県立守谷高校 剣道部 安田拓朗監督
「剣道は、面を付けて一生懸命10分やればのどが渇き、汗が大量に出ます。とにかく子どもたちの顔色や体調面を観察し、10分練習して様子をみて、状況によっては細かく水分補給をしています。時代は変わり量よりも質を求めるべきで、部員の健康が第一で、その上に大会の結果があると考えています」

部活動などでの熱中症による事故の実態は

この夏も部活動や体育祭、その練習中に熱中症やその疑いで搬送されるケースが報告されています。

熱戦が続く高校野球でも大会初日に6人の選手が熱中症の症状を訴えました。

部活動などでの熱中症による事故はどれほど起きているのか。

私たちは今回、日本スポーツ振興センターからあるデータの提供を受け、分析しました。

日本スポーツ振興センターは学校の管理下や通学中などに起きた事故について、児童や生徒に医療費や見舞金を給付する制度を運営しています。

申請の際に得られた情報を事故の再発防止につなげるためにデータとしてまとめています。

私たちは、このうち2005年度から2021年度に、死亡したり障害が残ったりしたとして給付金が給付された8729件について、発生日時や都道府県などが記載されたデータをもとに詳細に分析しました。

熱中症によって亡くなった子どもは28人

熱中症やその疑いで死亡した児童や生徒は期間中の18年の間で28人に上っていました。

年別にみると
▽2003年は1人
▽2004年は1人
▽2005年は1人
▽2006年は0人
▽2007年は4人
▽2008年は2人
▽2009年は4人
▽2010年は1人
▽2011年は4人
▽2012年は3人
▽2013年は1人
▽2014年は0人
▽2015年は1人
▽2016年は2人
▽2017年は1人
▽2018年は1人
▽2019年と2020年は0人
▽2021年は1人でした。

死亡事故は7月と8月に集中

28件の熱中症事故がいつ起きているか調べたところ、
▽5月が1件
▽6月が1件
▽7月が10件
▽8月が14件
▽9月が2件となっていて、
特に暑さが厳しい7月と8月に集中していることもわかりました。

データから見えた「事故の日の暑さ」

さらに事故が起きた際の気象条件についても詳しく調べました。

注目したのは、熱中症の危険度を示す「暑さ指数」(WBGT)と事故の関係性です。

「暑さ指数」は気温や湿度、日ざしの強さの影響をもとにした熱中症の危険度の指標で、環境省が全国およそ840地点について公表しています。

環境省がホームページ上で公表している、2010年以降の「暑さ指数」のデータと照らし合わせて検証しました。

過去の報道などから市区町村がわかったものに関しては最寄りの観測地点を選び、不明なものに関しては県庁所在地の「暑さ指数」を検証に用いました。

その結果、確認できた2010年以降の死亡事故15件のうち、原則、運動は禁止とされている「危険」(WBGT31以上)を超えていたのが2件、激しい運動の中止を求める「厳重警戒」(WBGT28~31)を超えていたのが10件と、全体の8割を占めていました。

高い暑さ指数のなかで行われていた「走る」練習

事故が起きたとき、どんな練習が行われていたのかにも注目しました。

データには、学校側が報告した事故の状況が記されています。

もちろん競技や種目によって練習内容は違いますが、倒れる前の練習内容を調べてみると「ランニング」や「ダッシュ」「インターバルトレーニング」など、走ることに関する記述が15件中8件ありました。

事故の状況が記されたデータ

日本スポーツ協会の指針では、暑さ指数が「厳重警戒」レベルでは熱中症のリスクが高く「激しい運動や持久走など体温が上昇しやすい運動は避ける」と記されています。

専門家「現場で『暑さ指数』の活用を」

医師で熱中症の予防に詳しい国立スポーツ科学センター 川原貴 元センター長は、猛烈な暑さが毎日のように観測される環境では指導者がこうした熱中症のリスクと対策を正しく理解したうえで子どもたちの指導にあたることが重要だと指摘します。

国立スポーツ科学センター 川原貴 元センター長
「湿度が高ければ熱中症による死亡事案は気温が30度以下でも起こりえます。こうした実態を正しく理解した上で湿度なども加味した『暑さ指数』を現場でしっかり活用してほしい。『暑さ指数』が「危険」の域に達したら運動を中止することが必要です」

「暑さが非常に厳しい場合 こまめに休憩を」

川原さんは熱中症の予防のため、現場でできる対策も紹介してくれました。

国立スポーツ科学センター 川原貴 元センター長
「なるべく暑くない環境、例えば夕方など気温が下がった状態で運動するのが一番良いのではないかと思います。また、休憩を頻繁に入れて水分補給や体を冷やすことも重要で、暑さが非常に厳しい場合は、たとえば20分や10分に1回など、こまめに休憩をとることも対策として有効です」

その上で、川原さんは国や自治体に対し、対策のよりいっそうの充実を検討してほしいと訴えています。

「国や自治体も夏にスポーツができるような環境の整備について考えていく必要があります。今後は気温の低い夜に運動できるよう照明を設置したり、屋内施設でスポーツができるようにするなどの対策も必要になるのではないでしょうか」

(取材:社会部 伊沢浩志・平井千裕 / 水戸放送局 戸叶直宏・清水嘉寛)