これは償還までの期間が10年のアメリカ国債の利回りのグラフです。
長期金利の指標となっています。

円安加速の要因にも 経済の体温計 米長期金利上昇はなぜ?
「体温計の値が上昇傾向で心配!」といっても体の熱を測る体温計ではなく、「経済の体温計」と呼ばれる国債の利回り、長期金利のことです。アメリカ国債の長期金利は、世界中のさまざまな金融商品の指標ともされていて、その利回りが一時、4.2%程度まで上昇。「熱」は日本の長期金利にも波及しました。そしてこの動きは円安加速の要因にもなっています。
その「なぜ?」に迫ると、「体温計」がいかに重要であるか、再認識させられました。
(アメリカ総局記者 江崎大輔)
アメリカの金利上昇が止まらない?

2023年8月3日には一時、4.19%、4日には4.2%程度をつけて、今年最も高い利回りとなりました。
日本時間11日夜の時点では一時、4.15%程度となっていて、ここ5年のグラフでみるといかに高いかがよく分かります。
アメリカの長期金利が上昇すると、日米の金利差が開き、結果として円安が加速することにもなります。円相場は1ドル=145円に迫る水準にまで円安が進んでいます。(日本時間11日午後11時時点)
なぜ体温計と呼ばれるの?
長期金利が「経済の体温計」と呼ばれるのはなぜなのか。
それは将来の景気や物価上昇がどうなるのか、経済的な見通しを反映しやすいからです。
その理屈はこうです。
景気がよくなると企業の業績がよくなり、従業員の賃金が上昇して個人消費も活発になる。
モノが売れるようになるので企業は設備投資を行う意欲が増し、お金を借りたいと資金需要が高まる。
そこで金利の上昇が予想されます。
このため多くの人が今後、景気がよくなると考えるようになれば、長期金利は上がるということになるわけです。
この逆もあって景気が悪くなると多くの人が思えば、長期金利は下がることになります。
米長期金利を押し上げたプラス面とは
アメリカ国債の長期金利、上昇傾向となった要因のプラス面は、やはりアメリカ経済の底堅さです。
アメリカは猛烈な勢いで利上げを行ってきたので、本来なら景気は減速するはずでした。
減速どころか、景気後退に陥ることを多くのエコノミストが予想していました。
ところが、このところ好調な経済指標が相次いで発表されています。

2023年7月18日に発表されたアメリカの小売業の売上高は6月まで3か月連続で前の月を上回りました。
7月27日に発表された4月から6月までのGDP=国内総生産の伸び率は年率に換算してプラス2.4%と4期連続のプラス成長となりました。
8月4日に発表された7月の雇用統計でも労働者の平均時給の上昇率は市場予想を上回りました。

FRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長は7月26日の記者会見で、「FRBのスタッフはもはや景気後退を予測していない」と述べ、アメリカ経済の強さに自信を深めている様子でした。
雇用維持と資産効果
アメリカ経済はなぜ、このように強いのか。
ニューヨークでアメリカ経済を分析する米国野村証券の雨宮愛知シニアエコノミストは2つの要因をあげます。

1つ目は、想定されていたよりも企業が人員を削減していないということです。
人手不足が深刻となる中、企業はいったん人員を削減してしまえば再び雇うのが難しいため、雇用を維持している可能性があるというのです。
そのことが堅調な労働市場を支えているというわけです。
2つ目の要因は、「資産効果」です。
株式などの資産価格が上がると消費者はいざとなれば資産を売ればいいと安心感を覚え、消費が増えるとはよく言われることです。

年初には多くの専門家が今年の株価は下落すると予測していましたが、ダウ平均株価は上昇傾向にあり、8月1日にも今年の最高値を更新しました。
想定外の株高が資産効果を生み、それが想定外の消費の強さにつながっているといいます。
国債格下げも影響
一方、長期金利上昇のマイナス面の要因もあります。
それはアメリカ国債の格下げです。

2023年8月1日、大手格付け会社の「フィッチ・レーティングス」は、アメリカの財政悪化への懸念などを理由にアメリカ国債の格付けを1段階引き下げました。
突然の発表に金融市場は不意を突かれた形で、10年もののアメリカ国債が売られるきっかけになったと言われています。
国債は売られて価格が下がれば金利が上がる関係にあります。
国債の価値が下がる懸念を市場が感じ取り、長期金利を押し上げた形です。
機能する体温計 日本に投げかける意味
アメリカの長期金利はプラス面の材料、マイナス面の材料、ともに敏感に反応している。
このことが正確な「経済の体温計」であることの証しです。
一方、日本の長期金利はどうでしょうか。
金融緩和策の一環として「体温計」は操作され、上限が決められています。

日銀は2016年9月からYCC=イールドカーブ・コントロールという政策で長期と短期の金利を操作しています。このうち長期金利は当初は0%から上下0.1%程度の幅で動くよう抑え込みました。
2021年3月からは0.25%程度に、2022年12月にこれを0.5%程度に変動幅を拡大しました。
そして2023年7月28日には金利操作の運用を柔軟化し、事実上1%まで容認しました。
例えると、37度までしか測れない体温計を38度までは表示できるようにしたということのように受け取れます。
実際、日本の長期金利は8月3日にはアメリカの長期金利上昇の余波で、一時0.655%まで上昇し、以前よりは大きく動くようになりました。
ただ、景気がよくなったり、悪くなったり、あるいは突然のマイナス材料が浮上したときにこの体温計は果たして機能するのでしょうか。
ニューヨークで日々、金融市場を取材していると、長期金利の変動から経済のさまざまな実態や動きが見えてきます。
この金利の変化から何を読み取るのか、市場は何をメッセージとして発信しているのか。
長期金利の重要さをかみしめるとともに、日本の「体温計」はいつ正確さを取り戻すのか、気になる日々です。
注目予定

日本では15日に今年4月から6月のGDP=国内総生産が発表されます。
17日にはFRBが0.25%の利上げを決めた2023年7月の金融政策を決める会合の議事録が発表され、議論の内容が注目されます。