変わる島~防衛力強化のなかで

変わる島~防衛力強化のなかで
滑走路、港湾設備、火薬庫。政府が防衛力を抜本的に強化する方針を打ち出すなか、全国で今、新たな施設の建設や拡張の計画が進められています。その現場で何が起きているのか。記者が2つの島を歩き、人々の声を聞きました。

(鹿児島局記者 金子晃久・沖縄局記者 喜多祐介・社会部 南井遼太郎)

“無人島”から基地へ

鹿児島県・大隅半島の沖合に浮かぶ8平方キロメートルほどの小さな島、馬毛島。

ことし1月から、新たな自衛隊基地の建設が急ピッチで進められています。
およそ40年間、ほとんど人が住んでいなかった島に、政府は在日アメリカ軍の空母艦載機が訓練できる2000メートル級の滑走路2本や隊舎などを整備する計画です。

狙いは日米同盟のもとの抑止力の強化。政府は早期の運用開始を目指し、滑走路などについては、着工から2年ほどで完成させるとしています。

「全然違う街」

その工事の拠点になっているのが、10キロほど離れた種子島です。

取材した日の朝、港には全国各地から集まった建設作業員が集まっていました。
次々に海上タクシーに乗り込み馬毛島に向かっていきます。

工事関係者はピーク時の来年2月には、島の人口の4分の1にあたる6000人になると見込まれています。

島のホテルや民宿のほとんどは満杯で賃貸物件も高騰。
港から離れると、開けた土地で仮設住宅の建設が進んでいました。

島では人の増加を見込んで大手外食チェーンも出店。

旧空港には馬毛島の周辺に沈める波消しブロックが滑走路いっぱいに並べられていました。

着工から半年が経ち、街はその姿を大きく変えようとしていました。
(50代女性)
「明らかに今までと違う感じの人たちが増えていますね。全然違う街にいるみたい」

魚がいなくなる

変化は人々の暮らしにも現れていました。

訪ねたのは種子島の魚市場。この日、競りにかけられていたのは100匹にも満たない魚でした。
水揚げ量は工事の着工以来、減少し、この半年間では前の年の同じ時期よりも3割以上減って、統計開始以来、最も少なくなったといいます。
仲買人
「全然魚が揚がらないの。種子島の魚をお客さんに提供できない」
魚が揚がらない要因。その1つが最近、漁業を離れる人が増えていることだといいます。

そうした人たちは工事関係者を馬毛島に運ぶ「海上タクシー」の運航を担っていました。
対価として建設会社を通じて防衛省から支払われる日当は8万2000円。安定した収入は魅力だといいます。
海上タクシーの漁師
「1日畑やっても8000円とかが普通なんで人気あると思います。取り合いになっているんじゃないですか」

“鉄人漁師”の言葉

この状況に、さみしさを感じている人がいました。

押川登さん(88)。70年以上素もぐり漁を続けてきた、島の“鉄人漁師”です。

押川さんが潜ってきたのは、馬毛島の沿岸。かつては豊かな漁場でしたが、工事のため漁を禁止されました。

今は漁の代わりに漁協から頼まれた工事関連の仕事で生計をたてています。
押川さん
「寂しいな、やっぱり。昔から見れば。馬毛島が自衛隊基地になれば、いろいろと変わってくるよな」
馬毛島の基地の建設に関連する予算は今年度までの2年だけでおよそ7600億円。

完成すれば現在、小笠原諸島の硫黄島で実施されているアメリカ軍の空母艦載機の離着陸訓練が移転してくることになっています。

各地で進む計画

防衛力の強化に向けた関連設備の拡充計画は、いま、各地で進められています。
鹿児島県では、馬毛島のほか奄美大島で、2019年に新設された陸上自衛隊の駐屯地と分屯地に加えて、隊員や物資の輸送拠点となる新たな港湾施設が整備される予定です。

防衛省はこれにより南西地域での輸送や補給などを強化したいとしています。

佐賀県では、陸上自衛隊の輸送機オスプレイの佐賀空港への配備に向けて新たな駐屯地を建設する工事がことし6月から空港の西側で始まっています。
陸上自衛隊のオスプレイは上陸作戦の専門部隊の「水陸機動団」などを運ぶ任務が想定されています。

2025年7月までに新駐屯地の開設を目指し、完成すれば千葉県の木更津駐屯地に暫定配備されているオスプレイが移駐される予定です。

その「水陸機動団」に関連した施設の整備が進んでいるのが、長崎県の佐世保市です。

おととし10月にアメリカから返還された土地で新たな岸壁の整備が始まりました。

海上自衛隊の大型の護衛艦や輸送艦を接岸できるようにするための工事で、後方支援の基盤として使う狙いがあります。
隣の地区には「水陸機動団」の主力装備である水陸両用車の部隊も拠点を置いていて、これを効率的に輸送する目的もあるとみられています。

青森県むつ市の海上自衛隊大湊基地と大分市の陸上自衛隊大分分屯地では、大型の火薬庫合わせて4棟が整備される計画です。

防衛省は自衛隊が組織的な戦いを継続する「継戦能力」を高める必要があるとして、十分な量の弾薬を保有する方針を示し、およそ10年で新たに火薬庫を全国各地に130棟程度整備する予定です。

沖縄県では、移動式の警戒管制レーダーをこれまで自衛隊施設のなかった北大東島に配備しようと検討が進められています。

自衛隊の警戒監視のためのレーダーサイトは全国の28か所にありますが、太平洋側の島嶼部にはなく、中国の航空機や空母の太平洋への進出が増加するなか「警戒監視の空白地帯」をなくす狙いがあります。
そして駐屯地の大幅な拡張が計画されているのが、日本の最も西にある与那国島です。

与那国島に自衛隊が配備されたのは2016年。

付近の海上を監視するとして、陸上自衛隊の「沿岸監視部隊」などおよそ170人が常駐しています。
防衛省は2022年、ここに新たに相手の通信やレーダーを妨害する「電子戦部隊」と「地対空ミサイル部隊」を追加配備する計画を打ち出しました。

これに伴い与那国町では駐屯地の東側の土地に、射撃場や火薬庫などが新たに作られることになり、敷地はおよそ1.6倍になる見込みです。
与那国町の糸数健一町長は「防衛力の強化は抑止力の向上につながる」などとして、協力する姿勢を表明。町でも「島の守りにつながる」などと容認する声が出ています。

「えっ!?、そこまで?」

一方で、住民に話を聞いてみると、驚きや戸惑いの声も聞かれました。
島で生まれ育ち、建設業を営む大宜見朝要さん(51)。町の活性化に期待して自衛隊の受け入れに賛成し、現在は自衛隊関連の工事を請け負いながら、区長を務める地元の催しなどに自衛隊員を招いて、交流を重ねてきました。

ただ新たな計画には驚きを隠せなかったといいます。
大宜見朝要さん
「土地取得の計画を知って、『えっ、そこまで?』と思いました。ミサイル部隊の追加についても、いまの監視部隊だけでいいのかなという思いが、実際にはあります」
取材した日、大宜見さんはほかの住民の話も聞いたらどうかと、幼なじみの友人を紹介してくれました。畜産業を営む小嶺博泉さん(52)です。
小嶺さんは自衛隊配備による町の活性化ではなく、距離が近い台湾などアジア各国との交流を生かしたまちづくりを優先させるべきだと、当初から配備に反対の立場をとってきました。

小嶺さんが語ったのは、駐屯地の拡張により島の暮らしにより大きな影響が出るのではないか、という不安でした。

そう感じる理由の1つとしてあげたのが、2022年に与那国島で初めて実施された日米共同訓練です。
見たことのなかった大型の輸送機が島を離着陸する様子を見つめながら、島のありようがどんどん変わっていってしまうのではと感じたといいます。
小嶺博泉さん
「仕事をしていたら輸送機が離陸していくのが見えたんです。車で例えるなら大型バスみたいな重量級が急旋回してF1みたいな動きして。なんというか、『来るとこまで来てしまった』と。もう後戻りできなくなっている感じ。映画の世界ではないぞと感じたのです」

“ともに島の将来を考える”

ともに島で生まれ育った大宜味さんと小嶺さん。仲の良い2人ですが、自衛隊の受け入れを巡り、かつて住民の間で賛否が激しく分かれた後は、それぞれの立場の違いから話題にすることはありませんでした。

その2人がこの日、新たな計画を受けて久しぶりに率直に考えを言い合いました。
大宜見朝要さん
「隊員との付き合いができているし、地域に貢献しているのは良かった。ただ今後、実際にどうなるか分からないが、施設の拡張がここまで本当に進んでくるのかなっていう思いは実際ある。もう、簡単に与那国町だけでどうにかなる話ではなくなっている」
小嶺博泉さん
「本当は観光など独自性を売りにできるような方法があったはずだが、防衛の方ばっかりに議論が向いている。もうそろそろ、賛否双方が本当に島のことを考えて話し合っていかないといけない時期にきてるんじゃないか」
新たな計画にどう向き合っていくのか。これから自分たちに何ができるのか。この日の話し合いでは答えは出ませんでした。

一方で2人がこの日、一致したこと。それは、これから立場の違いを越えて、ともに島の未来をどう作っていくのか、考え続けていくことでした。

取材後記

政府が防衛力の抜本的な強化を掲げる一方で、現地を歩いてみると、受け入れる地域の住民の暮らしや思いには、さまざまな変化が起きていました。

施設の整備にあたっては、地元住民の理解が欠かせません。

与那国島での取材でも、部隊の強化を歓迎する声とともに、自衛隊に頼らない町の活性化を目指してほしいという声も少なくありませんでした。

国の安全保障は重要な課題ですが、それと同時に何かを新しく造ったり、増やしたりすれば、それが「島の社会」に与える影響は決して小さくありません。

地元の人たちの思いがないがしろにされることがないように、政府は今以上に各自治体のトップなどだけでなく、住民の幅広い声に耳を傾ける必要があると感じました。
鹿児島放送局記者
金子晃久
令和元年入局
初任地・奈良局を経て現所属 去年から1年間、種子島で馬毛島の基地建設をめぐる動きを取材
沖縄放送局記者
喜多祐介
平成19年入局
沖縄局、社会部、広島局、長崎・佐世保支局を経て、現在は沖縄局で2度目の勤務 1次産業から安全保障まで地域の話題を幅広く担当
社会部記者
南井遼太郎
平成23年入局
横浜局、沖縄局を経て現所属 令和2年から防衛省・自衛隊を担当