温暖化対策で「自然冷媒」?

温暖化対策で「自然冷媒」?
厳しい暑さに記録的な大雨。

地球温暖化の影響が指摘される中、二酸化炭素などの温室効果ガスの削減は世界的な課題だ。

実はエアコンや冷蔵庫といった身近な製品では、その二酸化炭素よりも温暖化につながる「フロン」が冷却用の「冷媒」として使われている。

そこで、環境への負荷が少ない冷媒の活用が注目されている。
(経済部記者 小野志周)

冷却に不可欠な“冷媒”

暑い夏に部屋を冷やしてくれるエアコン、いつでも冷たい飲み物を取り出せる冷蔵庫。
こうした機器に欠かせないのが「空気から熱を奪う」働きによって周囲を冷やす「冷媒」という物質だ。

この冷媒には長らく「フロン」が使われてきた。

「フロン」の中でも「特定フロン」と呼ばれる物質はオゾン層を破壊することから国際的に規制の動きが強まり、先進国では2020年までに、途上国では2030年までに新たな製造の禁止が決められている。
その代わりとして、すでに多く使用されているのが「代替フロン」で、2020年時点では先進国など43か国で二酸化炭素に換算して3.7億トンが排出されている。

オゾン層は破壊しないものの、二酸化炭素の数十倍から1万倍を超える温室効果があるため、こちらも削減が課題だ。

国際的にも“代替フロン”から“自然冷媒”へ

2016年にアフリカのルワンダで開かれた「モントリオール議定書」の締結国会議では、先進国は2036年までに「代替フロン」の使用を85%削減することが定められた。(2013年までの3年間の平均との比較)
また、発展途上国も2047年までに最大85%削減することが決まっている。
(2026年までの3年間の平均との比較)
こうした中で、より環境への負荷の少ない冷媒として注目されているのが、二酸化炭素やアンモニアなど自然由来の物質を活用した「自然冷媒」だ。
デンマークやノルウェーなど北欧ではすでに自然冷媒を使った機器が普及していて、日本でも環境対策として、政府が補助金をつけて企業に切り替えを促している。

食品メーカーでも“自然冷媒”導入

国の助成金も活用して、自然冷媒を使った冷凍機を導入した企業を取材した。

大手食品メーカーの「ニチレイフーズ」は山形県天童市の工場で去年から冷凍食品の製造を始めている。
コロナ禍をきっかけに1人で食事をする“個食”のニーズが高まったことから、この工場では1日におよそ25トンの冷凍食品を製造、保管している。

設備投資の費用はおよそ40億円で、二酸化炭素などの自然冷媒を使った冷凍機を導入した。

会社は気候変動対策の一環として、今後も自然冷媒を使った冷凍機の導入を進める計画で、2030年までに全国15か所すべての工場で自然冷媒を使った冷凍機へ切り替えるとしている。
ニチレイフーズ 佐藤友信 サステナビリティ推進部長
「自然冷媒を使うことによって温室効果を食い止め、冷凍食品の分野でサステイナブルな社会を作れるよう励んでいきたい」

“自然冷媒”普及の課題は“日本の夏”

しかし、これまで日本ではヨーロッパと比べて“自然冷媒”を使った機器は普及してこなかったという。

切り替えにかかる費用負担に加えて、実は日本の夏の気候を理由にした技術的なハードルもあった。
冷媒が空気中から熱を奪う働きをするためには、冷媒となる二酸化炭素やフロンといった物質を気体や液体へと繰り返し変化させる必要がある。

その変化の過程で冷媒が熱を奪う働きをするからだ。

そのため、機械を使って、冷媒に圧力をかけたり、圧力を減らしたりすることで、気体や液体に変化させている。

しかし、二酸化炭素の場合はその特性上、気体の状態で一定の温度を超えると、いくら圧力を加えても液体にならず、冷却機能が働かなくなってしまう。

夏でも比較的涼しい北欧であれば、こうした問題は起こらないため、自然冷媒の導入が進んでいるが、夏の暑さが厳しい日本では、こうした二酸化炭素の特性が長らく、導入のハードルになっていた。

夏の暑さを乗り越え“自然冷媒”冷凍機開発

このハードルを乗り越えて、日本でも使える製品を開発した企業がある。

東京に本社がある産業用冷凍機器メーカーの「日本熱源システム」は、これまでフロンを使った冷凍機を製造していたが、11年前からドイツメーカーと共同で、自然冷媒を使用する冷凍機の研究開発を始めた。
日本で実用化するためのカギが、とくに夏場に難しくなる二酸化炭素の圧力の制御だ。

滋賀県大津市の工場で、そうした制御を可能にするためのバルブの開発に着手し、実験を繰り返した。
気温によって変化する二酸化炭素の圧力を一定にするには、バルブの最適な制御が欠かせない。

このため、それぞれの季節はもちろん、朝昼晩と時間帯も変えて、あらゆる環境のもとで実験を繰り返した。

開発の過程では圧力の制御がうまくいかず、運転中に二酸化炭素が漏れ出すこともあったという。

それでも試行錯誤を続け、最終的には夏の最高気温が40℃近くに上昇した日でも安定してマイナス20℃程度に冷却機能を維持することに成功。

そして、開発を始めてから4年後の2016年に二酸化炭素を冷媒に使った冷凍機の発売にこぎ着けた。

自然冷媒の冷凍機で売り上げ増

1台2000万円から3000万円する冷凍機だが、環境問題に取り組む食品メーカーや製薬会社などから着実に受注が増え、これまでにおよそ450台を販売した。
ことし3月には工場を拡張し、生産能力を年間100台から300台と3倍に増強している。

今も自然冷媒を使った冷凍機の導入を検討する企業が相次いで見学に訪れている。
食品会社 担当者
「自然冷媒は以前から興味があったが、なかなか導入まで踏み切れなかった。一度設備を更新すると次の更新の機会はかなり先になってしまうので、タイミングを逃さないよう、検討に加えていきたい」
自然冷媒を使った冷凍機の発売を開始して以降、会社の業績は順調に伸びている。
2016年に20億円ほどだった売り上げは年々増えて、去年にはおよそ60億円となった。

来期の売り上げは100億円を見込んでいる。

さらに日本熱源システムは日本国内と並行して、自然冷媒の導入が遅れている東南アジアにも輸出を増やしていきたいとしている。
日本熱源システム 瀬戸山謙治 取締役
「地球の環境に非常に優しい自然冷媒を用いた冷凍機を幅広く普及できるように日本のトップランナーとして頑張っていきたい」

自然冷媒 さらなる普及に向けて

日本でも産業用の大型機械で普及の動きが出始めている自然冷媒だが、家庭用のエアコンや冷蔵庫といった製品で普及していくにはさらなる技術革新が必要だと言われている。

産業用の機械と比べてサイズが小さく、二酸化炭素の圧力の制御がさらに難しくなるためだ。

こうした中、大手電機メーカーのパナソニックはことし6月に滋賀県草津市の空調設備の工場内に研究所を新設し、家庭用のエアコンで自然冷媒を活用するため研究に力を入れている。

地球温暖化への対策が待ったなしとなる中で、いかに困難を乗り越えて、技術開発を進めていけるか。

今後も企業の取り組みを取材してきたい。
経済部記者
小野志周
2016年入局
大阪放送局、岡山放送局を経て現所属