“100円均一の植木鉢” から見える外科医の課題

第一線の外科医たちが見つめるのは、100円ショップで買える植木鉢。植木鉢に手を突っ込んで動かします。実はこれ、東大病院で考案された手術のトレーニングです。奇抜に見えますが、なぜ植木鉢なのか。その背景を探ると外科が抱える課題が見えてきました。

中堅の外科医が100均の植木鉢で

去年11月、川崎市内の医療施設に全国から中堅の外科医が集まってトレーニングが行われました。

外科医たちの前にあるのは、高さおよそ20センチ、直径15センチほどの植木鉢。

底には人工血管が通されていて、そこに別の人工血管をつなげます。

縫っている部分は見にくく、突っ込んだ手も思うように動かすのは難しいと言います。

日本血管外科学会理事長 東 信良 旭川医科大学教授
「深い視野での手術というのは、実際の手術でもあります。それを植木鉢で体験できるというのは、非常にアイデアとしては面白い」

東大が考案 “植木鉢トレーニング”

“植木鉢トレーニング”は、東京大学医学部附属病院で考案されました。

血管外科で若手医師の育成役を担っている保科克行准教授は、「腹部大動脈瘤」の手術で良いトレーニング方法がないか考えてきました。

腹部大動脈瘤は、お腹の血管に血の塊ができて膨らんだ状態です。

破裂すると大量出血して命に関わるため、可能な限り早く手術で対応することが必要になります。

ただ、患部は小腸など臓器の奥にあって視野や手が動かせる範囲が限られ難しいため、外科医として10年の経験のある医師が任されるようになるレベルの手術だということです。

手術では、器具の持ち方、手首の返し方などがポイントになります。
これが植木鉢で再現できるというのです。

トレーニングに参加した医師
「机の上の平面で縫う練習をすることもありますが、別物に感じました。すごく難易度が高いですが、経験が積めると思いました。100均でトレーニングの道具がそろえられるので、お金がかからない形で練習していこうと思いました」

背景には外科医育成の課題が

なぜ、植木鉢でトレーニングする必要があるのか。

保科准教授は、これまでより手軽に若手の外科医のトレーニングをできるようにすることで、即戦力となる外科医を増やしていけるのではないかと考えました。

外科医は常に技術を磨く必要があり、さまざまなトレーニング機器もありますが、例えば、血管のバイパス手術を想定したシミュレーターはおよそ14万円、血管内手術を想定したものでは500万円するものもあります。

若手の医師がシミュレーターに触れられる機会は限られているため、安価にできる方法はないか考えていたとき、病院の近くの100円ショップの入り口で見つけたのが植木鉢でした。

東京大学 保科克行 准教授
「“狭い” “深い”と考えたときに100円ショップに行ったら、入り口に置いてあるんですよね。のぞいたら下に穴が空いていて、人工血管が入れられそうだ、『ああこれだ!』と思いました。100円だったのでそんなに思い入れもなく買いましたが、熟練の先生たちにトレーニングをしてもらうと、『結構難しいね』という反応でした。予想外に評判がよかったので意外といけるなと思いました」。

植木鉢トレーニング 実際の効果も

保科准教授らは植木鉢トレーニングとして2017年から実用化。

実際に効果も実証されてきました。

外科医は先輩医師にいわば弟子入りするように技術を学ぶため、「徒弟制度」のようだとされてきました。

技術レベルは先輩医師や所属する施設によってばらつきがあったため、植木鉢トレーニングでは、客観的な技術の到達度をはかるようにしたということです。

そして、人工血管をうまく縫い合わせられたか評価する、オリジナルのアプリも開発。

画像から、縫い目の間隔や長さ、バランスなど5項目を分析し、外科医の技術を数値化します。

去年(2022年)には、このトレーニングの効果を示した論文を血管外科の国際的な雑誌に発表しました。

医学生がトレーニングを10時間受けることによって、縫い目の間隔や長さ、バランスなどが良くなり、時間も短くなったとしています。

中には、5年の経験を積んだ外科医と同じレベルの技術と評価された人もいたということです。

保科准教授は、▽安価な材料で練習できる ▽場所を選ばない ▽およそ10時間で技術を向上できるーこの3点が大きなメリットだと言います。

保科克行 准教授
「器用な人、不器用な人でも同じように手術のクオリティが高くなるようなトレーニングを作りたい。エビデンスに基づいた確立したトレーニングにしたい」

減少する若手外科医 育成は喫緊の課題

植木鉢トレーニングを進める背景には、さらに大きな課題もありました。

外科医の数自体が減ってきていて、育成が喫緊の課題になっているのです。

厚生労働省の調査では、外科医の数は2020年には2万7946人で、20年前に比べて786人減っています。

このうち40歳未満の若手では、およそ3500人減少しています。

日本外科学会が2014年に行ったアンケートでは、40歳未満の外科医のうち、4割が年間3000時間を超える水準で時間外労働を行っていました。

こうした労働時間の長さが、外科医が敬遠される原因の1つと考えられているのです。

医師の働き方改革

さらに、来年4月からは病院で診療などにあたる勤務医の時間外労働の上限を原則年間960時間までとする「働き方改革」が始まります。

勤務時間の大幅な短縮が求められることになります。

保科准教授は、今後、勤務時間が減ることで、若手の外科医が経験を積みにくくなるのではないか、トレーニングは勤務時間に含まれないようになるおそれがあるのではないかと懸念しています。

短時間で技術を身につけられる植木鉢トレーニングも活用して、若手の外科医が戦力として加わり、外科を支える存在になることを期待しています。

保科克行 准教授
「外科医は特に緊急時にはどうしても対応せざるをえません。手術の負担は中堅どころの外科医にかかる部分が多くなっています。若手には勤務時間内のトレーニングで効率的にうまくなって、早く即戦力になってもらいたいです」

植木鉢トレーニングきっかけに…

7月にも東京大学医学部附属病院で研修が開かれ、研修医などに混じって、学生の姿もありました。

持針器を恐る恐る握ったり、思うように針が通らず最後は直接手で針を持ってしまう人もいましたが、「外科は楽しそうだな」と笑顔で話す学生もいました。

実際に、このトレーニングをきっかけに外科医になった人も出てきています。

村瀬開さんは4年前、医学生だったときに植木鉢トレーニングを体験したことで外科に魅力を感じ、ことし血管外科の医師になりました。

東京大学附属病院 血管外科 村瀬 開 医師
「最初は外科はあんまり自分に向いてないなと思っていました。早い時期からトレーニングに触れられるのは外科を志す人が増えるきっかけになるかなと思います。やっぱり外科は生活的にはハードになりやすいので避ける人も多いと思いますが、外科にしかない達成感みたいなものはあるかなと感じています」

保科克行 准教授
「きちんと練習して、患者さんにいい手術をする。“神の手”や、ブラックジャックのような“スーパードクター”など生まれ持った特殊な才能を持つ人は現実にはそれほどいないので、一般的な外科医の平均を上げることを目指しています。患者さんからすれれば、誰に手術してもらっても一定の技術があることが安心につながると思います」