中国のレアメタル戦略 ガリウム・ゲルマニウム規制の狙いは?

中国のレアメタル戦略 ガリウム・ゲルマニウム規制の狙いは?
「もし厳しく管理されると世界のサプライチェーン=製品の供給網の大混乱につながる」中国から日本にガリウムを輸入している商社の担当者のことばです。

中国政府はレアメタル=希少金属であるガリウムとゲルマニウムの関連品目について、2023年8月1日から輸出規制に踏み切りました。多くの人にとってあまり聞いたことがない、ガリウムとゲルマニウム。実は半導体やLED、太陽電池などさまざまな電子部品の製造に欠かせない材料で、中国が圧倒的なシェアを誇っています。

重要鉱物を「武器」に中国がねらっているのは何なのか。日本も巻き込まれつつある危機のマグニチュードを深掘りします。(中国レアメタル規制取材班)

どんな用途に使われる?

そもそもガリウムとゲルマニウムというのはどのようなものなのでしょうか。どちらも産出量が少なかったり、抽出が難しい金属、レアメタルに属します。
まずガリウムです。アルミニウムなどの採掘の副産物として抽出されます。

LEDや半導体の材料などとして使われるほか、高速での信号処理が可能な特徴があることから、携帯電話の5Gの基地局の部材にも使われています。

また、EV向けのパワー半導体など、次世代の半導体の材料として需要拡大が期待されています。
また、ゲルマニウムは、赤外線を通す性質があり、赤外線カメラの部品やレンズとして使われるほか、太陽電池、光ファイバー、それに半導体の材料としても使われています。

中国が圧倒的シェア

アメリカ地質調査所によりますと、世界で生産されたガリウムは550トンで、そのうちの98%余りにあたる540トンを中国が生産しています(2022年)。また、ゲルマニウムは埋蔵量でみると中国が世界の41%を占め、アメリカに次いで第2位となっています(2016年)。

中国 輸出規制に踏み切る

中国政府は、このレアメタル、ガリウムとゲルマニウムの関連品目について、2023年8月1日から、「輸出管理法」などに基づいて、輸出規制に踏み切りました。

関連品目を輸出する企業に対し、最終的な利用者や用途を示すなどした上で、政府の審査を受けて許可を得ることを義務づけるとしていて、違反した場合には処罰するとしています。

今回の措置について、中国政府は、国家の安全と利益を守るためだとしています。

中国商務省の※束カクテイ 報道官は、2023年7月の記者会見で輸出規制について次のように説明しています。

※カクは王偏に玉 テイは女偏に亭
中国商務省 束カクテイ 報道官
「目的は、国家安全を守ることで国際義務をよりよく履行するためだ。輸出の禁止ではなく関連の規定に適合すれば輸出を許可するもので、特定の国を対象にしてはいない」
あくまで国際的に認められた正当な手続きだと主張したのです。

日米などへのけん制目的

ただ、複数の関係者への取材を総合すると、中国のねらいは先端半導体や製造装置の輸出規制を中国に対して行っているアメリカや、先端半導体の製造装置の輸出管理を7月23日から厳しくした日本などに対し自国で生産される資源をいわば“武器”として利用してけん制するねらいがあることが見えてきました。

日本にもすでに影響が…

ガリウムとゲルマニウムは、日本でも半導体の素材など幅広い用途に使われていてすでに影響が及び始めています。

中国からガリウムを輸入し、日本の取引先に卸している都内の商社を取材しました。
この商社は、ガリウムの地金や化合物、それにガリウムを含む半導体材料などを取り扱っています。

担当者は中国政府の輸出規制の範囲の広さにショックを受けたといいます。
輸入商社「ウイング」 尉遅若旭さん
「正直言うとびっくりした。過去にも中国の輸出規制はあったが、今回はガリウム単体ではなく、化合物や酸化物など全体になるから対象が非常に広がっている」
現地の担当者が中国の当局に直接、確認したところ、今回の輸出規制が始まるとこれまでの手続きにはなかった申請項目が設けられたり、提出する書類の数が増えたりするなど、輸出手続きが複雑になるという説明を受けたということです。

注文が殺到

発表を受けて日本の取引先からはふだんの発注の5倍から6倍にあたる200キロの原料を1度に送ってほしいという依頼のメールも舞い込んだといいます。
中国政府が輸出規制を明らかにした直後から日本の多くの取引先から今のうちに調達を増やしたいという連絡が相次いでいます。

しかし、輸出規制が始まるまでの1か月間で確保できる量は限られているといいます。

この商社は年間の売り上げのおよそ10億円のうち6割から7割をガリウム関連が占めていることから、今後の中国政府の出方しだいで大きな影響が出ることを懸念しています。
輸入商社「ウイング」 尉遅若旭さん
「ガリウムが生命線なので非常に心配している。政府がどれだけ厳しく管理するのか、どのぐらいの期間で許可が取れるかというのは、全く見えない。こういう主原料は、もし厳しく管理すると当然、世界のサプライチェーンの大混乱につながる」

日本政府も注視

経済産業省も中国の対応と日本への影響を注視しています。
どちらのレアメタルも日本企業が中国に大きく依存していることから、調達しているメーカーに聞き取り調査を行いました。

各社への調査では、ガリウム、ゲルマニウムのいずれも数か月分の在庫を確保できているということですが、先行きは不透明感が漂います。

アメリカの対中半導体規制がきっかけ

中国がこうしたレアメタル規制を打ち出したきっかけだと指摘されるのはアメリカの行動でした。

2022年10月にバイデン政権が打ち出した対中国への半導体輸出規制。

対象は、AI=人工知能やスーパーコンピューターなどに使われ、大量破壊兵器の開発や最新の軍事システムなどに転用が可能な先端半導体や製造装置です。
アメリカは同じ10月に発表した国家安全保障戦略で、中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、軍事、経済、科学技術などの分野で総合的な抑止力を構築する方針を示しています。


その危機感は、IT大手IBMの施設を訪問した際のバイデン大統領のスピーチに表れています。
バイデン大統領
「アメリカは現在、不幸なことに先端半導体を全くつくれないのだ。0%だ。一方、中国は先端半導体の生産でわれわれの先を行こうと試みている」
最先端の半導体を自国でつくれないアメリカの危機感。
中国もまだ最先端製品は製造できないと言われていますが、中国が今後、技術を獲得したら先端テクノロジーや軍事で取り返しのつかない事態になることをアメリカは警戒しているのです。

アメリカ政府は手綱を緩めることなく、半導体の製造装置に強みがある日本とオランダにも協力を求めました。

まるで中国を羽交い締めにしようとするかのようです。

日本も同調

アメリカ政府の要請を受けて日本政府は7月23日から先端半導体の製造装置、23品目の輸出管理を厳しくする措置を始めました。

日本企業が高い技術力を持つ分野です。

中国側は日本のこの輸出管理にも神経をとがらせています。
中国の李強首相は2023年7月5日、日中友好団体を率いて中国を訪問した河野洋平元衆議院議長との会談で、この製造装置の輸出管理について触れて「世界経済を妨害するものだ。中国の発展は日本などのリスクにはならない」として懸念を示しました。

日中友好の会談の場にもかかわらずくぎを刺してきたのです。

中国はどこまで本気か?

では中国側は実際にどこまで厳しい規制に踏み出すのか。

国際政治経済学が専門で経済安全保障に詳しい東京大学公共政策大学院、鈴木一人教授は今回の措置が世界の産業構造を変えるような事態を招くことにはならないと見ています。
東京大学公共政策大学院 鈴木一人教授
「短期的には、これらのレアメタルを使っている企業は、衝撃を受けるとは思う。ただ、ガリウム、ゲルマニウムとも、今までコストが安いということで、中国に生産が集中していたという状況だったので、長期的には、ほかのところでもつくることができると思う」
過去には生産経験がある国はほかにもあり、仮に中国が輸出規制を本気でかけたとすればほかの国が代替生産に乗り出すだろうとの見方です。

中国は過去にレアアースの輸出規制を行った際にWTO=世界貿易機関のルールに違反していると認定された経緯もあります。

ほかの国の生産が増えて中国がシェアを落とす可能性もあり、中国にとっては規制を強めるのは「もろ刃の剣」だとの見方もあり、どのように運用するのかはまだ見えないところがあります。

売られたケンカは買う

一方でこの輸出規制の本質は「売られたケンカは買う」というアメリカに対する中国の報復措置だと見られています。

アメリカはさらなる半導体の輸出規制の強化を検討していることが報じられています。

アメリカがカードを切った場合、中国は国内の対米強硬派を抑え込むためにレアメタルの輸出規制に本腰をいれざるをえなくなるとみられます。

中国の政府系の英字紙は中国の元商務次官のインタビューを7月に掲載しました。

この中で魏建国元商務次官はレアメタルの輸出規制について「反撃の始まりにすぎない。中国に対するハイテク分野の規制が強化されるなら、中国の対抗措置もさらに強化される」と述べたと伝えています。

経済安保新たなステージか

東京大学の鈴木教授は中国が「安全保障」ということばを使ったことを注視しているといいます。

WTO=世界貿易機関のルールでは輸出規制はしてはいけないことになっていますが、安全保障目的の場合は例外が認められています。

安全保障は何をもって安全保障なのかは各国が決めることができる余地が大きいため、中国はこの例外を利用してさまざまな重要鉱物の規制を打ち出してくることが考えられるのです。
東京大学公共政策大学院 鈴木一人教授
「今回、中国は安全保障を理由にアメリカに対抗するという措置を取ったわけだが、安全保障というテーマで話をするかぎり、『この品目が安全保障に関わる』と言えば、さまざまなものにも規制対象を広げることが可能になってしまう。中国が安全保障ということばを使ったことによって、中国とアメリカの覇権争いは、新たなステージに突入したのではないか」
ガリウム・ゲルマニウムは半導体をはじめ、さまざまな電子部品の材料として使われます。

それだけに米中の覇権争いは世界の産業とそれを便利に利用する私たちの暮らしや経済をも人質にとりながら新たな局面に入った可能性があり、今後の動きをつぶさに追っていきたいと考えています。
中国総局記者
伊賀亮人
2006年入局
仙台放送局、沖縄放送局、経済部などを経て現所属
国際部記者
下村直人
1999年入局
津放送局、経済部、ロンドン支局などを経て現所属
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府放送局、経済部、富山放送局などを経て現所属
経済部記者
當眞大気
2013年入局
沖縄放送局、山口放送局を経て現所属
経済部記者
小野志周
2016年入局
大阪放送局、岡山放送局を経て現所属