パリ五輪 ロシアとベラルーシ選手の出場認めるか焦点に

開幕まで1年を切ったパリオリンピックでは、ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアと同盟国ベラルーシの選手の出場を認めるかどうかが焦点となっています。

IOC=国際オリンピック委員会は、条件を満たした選手は国際大会に参加させるべきだという方針を示す一方で、オリンピックへの参加の是非は示しておらず、各競技団体でも判断が分かれる難しい事態に直面しています。

IOCはことし3月、国際競技団体に向けて、ロシアとベラルーシの選手について「中立」の立場と認められる個人にかぎり、軍の関係者などは認めないなどの条件をつけたうえで、国際大会に参加させるべきだとする方針を示しました。

ただ、来年のパリ大会への参加の可否については判断を示しておらず、ウクライナオリンピック委員会は、参加が認められた場合、大会をボイコットする可能性を示唆しています。

これについてNHKは、パリ大会で実施される競技の33の競技団体を対象にアンケートを実施し、両国選手のオリンピックへの参加の是非を聞きました。

その結果、70%を超える24団体が「どちらとも言えない」としましたが、4団体が「認めたい」、5団体が「認めたくない」と回答し、競技団体によって判断が分かれる結果となりました。

このうち、具体的な理由を複数回答で聞いたところ、「認めたい」と答えた団体では「スポーツと政治は分けて考えるべき」とか「選手に責任はない」という意見が多かった一方で、「認めたくない」と回答した団体では「世論の理解が得られない」や「侵攻を認めるメッセージにつながる」といった意見が多い結果となりました。

それぞれ「国際競技団体の方針だから」という回答もあり、判断は国際競技団体の間でも分かれていて、両国の選手を参加させる判断をしたため、大会が中止されたり、ウクライナの選手がボイコットしたりする事態も起きています。

軍事侵攻がスポーツ界にも分断を広げている中で、1年後に迫ったパリ大会では“平和の祭典”としてのオリンピックの在り方も問われることになります。

IOCの対応と国際競技団体の判断は

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて、IOCは、ロシアと同盟国ベラルーシの選手を国際大会に参加させないよう国際競技団体に勧告しましたが、ことし3月、一転して条件を満たした選手は国際大会に復帰させるべきだという方針を示しました。

しかし、パリオリンピックへの両国の選手の出場可否については判断を示しておらず、最悪の場合、大会開幕の直前になる可能性も示しています。

一方で軍事侵攻によって、これまでに少なくとも220人の選手や指導者が死亡し、340以上のスポーツ関連施設が被害を受けたウクライナは、IOCの方針に反発しています。

そしてウクライナオリンピック委員会は、両国の選手の参加が認められた場合、パリ大会をボイコットする可能性を示唆しています。

この問題への各国際競技団体の判断も分かれています。

国際柔道連盟は、ことし5月の世界選手権で、個人の資格としてロシアとベラルーシの選手の出場を認めました。これに対しウクライナは代表選手を出場させず、大会をボイコットする事態となりました。

国際柔道連盟のビゼール会長は「すべての選手が大会に出場できることは当たり前のことだ。私たちの競技には戦争や政治、差別の場所はない」と正当性を強調しましたが、両国の選手の参加をめぐる対応の難しさを印象づける結果となりました。

一方で、フェンシングでは、国際競技団体が両国の選手が出場できると判断したことを受けて、ドイツやフランスなどヨーロッパの国の競技団体が、オリンピックへの予選を兼ねたワールドカップを相次いで中止するなどオリンピックを控えた選手への影響も出始めています。

体操や卓球、レスリングなどが両国の選手の国際大会への参加を認める判断をしている一方で、陸上やバスケットボール、サーフィンなどでは除外を継続する方針を示しています。

IOCが方針を示したにもかかわらず、国際競技団体の足並みはそろっていないのが現状で、軍事侵攻をめぐりスポーツ界の分断が広がっています。

柔道 ウクライナ代表の選手は

ことしの柔道の世界選手権に出場できなかったウクライナ代表のダリア・ビロディド選手は、NHKの取材に対し「世界選手権での勝利を目指し多くの練習を積んで準備してきたのでボイコットするということは精神的にも難しいことだった。ただ、ウクライナが代表チームとしてロシアの選手たちと戦わないという判断をしている以上、理解しなければいけない」と話し、選手としての複雑な胸の内を明かしました。

22歳のビロディド選手は、女子48キロ級で2018年から世界選手権を2連覇し、おととしの東京オリンピックでは銅メダルを獲得した、ウクライナを代表するアスリートで、東京オリンピックの準決勝では日本の渡名喜風南選手に延長戦の末、敗れたものの日本選手にとって強力なライバルとなる実力者です。

侵攻のあとは一時、海外での生活を余儀なくされ、現在は練習拠点をウクライナに戻すことができましたが、大会前はスペインなどヨーロッパの別の国で調整しているといいます。

ビロディド選手は、ロシアとベラルーシの選手の出場についてIOCが判断を示さないまま開幕まで1年を切ったパリオリンピックについて「ロシアは突然侵攻を始め、美しい国の日常を壊し続けている。オリンピックという平和と友好を示す大会にテロリストの国の選手が参加することはできない。IOCには、正しい決断を期待する」と話していました。

分断は日本の選手たちにも影響

ロシアとベラルーシの選手の扱いをめぐる分断は、パリオリンピック出場を目指す日本の選手たちにも影響を及ぼしています。

NHKのアンケートで両国の選手のパリオリンピックへの参加を「認めたくない」と回答した競技団体の一つ、フェンシングです。

フェンシングでは国際競技団体がことし3月、ロシアとベラルーシの選手の個人資格での国際大会参加を認め、これに反対するドイツやフランスなどのヨーロッパの競技団体はパリオリンピックの予選を兼ねたワールドカップなどを中止し、大会が代替地で開催される動きが相次ぎました。

日本フェンシング協会によりますと、これらの大会にはパリオリンピック出場を目指す日本の選手もエントリーしていて、日時や開催地の変更により強化スケジュールの大幅な変更を余儀なくされているほか、海外遠征の手続きにも苦慮しているということです。

また、日本国内でもことし12月、オリンピック予選を兼ねた男子フルーレのワールドカップの開催が予定されていますが、日本は両国の選手の国際大会参加に反対する立場を表明しているため大会を行うかどうかの判断を迫られています。

日本フェンシング協会の青木雄介強化本部長は「ワールドカップを国内で戦うことができれば、選手たちにとっては大きなメリットになるので実現したいが、同時にすごく難しい大会になるのではないかと思う」と話していました。

専門家「五輪の転機になるか」

オリンピックの歴史に詳しい中京大学の來田享子教授は「IOCは2つの対立する意見の真ん中にいるとして、どのような選択肢をとっても批判を受けるポジションに立ってしまっている。オリンピックは平和な時代を作るために開催されるが、意に反して世界が紛争の中に大きく巻き込まれて二分され、オリンピックの意味が伝わらない状態にある」と今の状況を分析しています。

そして、「1920年代から大会では入場行進のときに国旗を掲げるようになり、誰かが勝つと国歌を斉唱するなど、あたかも国の勝利であるかのようなセレモニーを維持しているが、本来、オリンピック憲章にあるように選手たちは国の代表として大会に参加する訳ではない」と現在のオリンピックの在り方そのものがこの問題の根深さにつながっていると指摘します。

そのうえで、パリ大会のあるべき姿としては「スポーツには立場に関わりなくお互いの努力を戦わせ合って認め合うという勝敗を決める以外の機能がある。スポーツに紛争を止める力はないが、紛争が終わったときに世界がもう1度やり直す歩みのきっかけをくれる。それができる大会になるかどうかはオリンピックにとって大きな転機かもしれない」と話していました。