“炎上”の「上げ馬神事」 伝統か虐待か 広がる波紋

“炎上”の「上げ馬神事」 伝統か虐待か 広がる波紋
若者が馬に乗って急な坂を駆け上がり頂上にある壁を乗り越える、三重県の多度大社の「上げ馬神事」

4年ぶりに行われたことしの神事で馬1頭が骨折。殺処分の対応が取られたことなどをきっかけに、「動物虐待ではないか」という声がSNSを中心に広がり、“炎上”状態となっています。

伝統か、虐待か。そして今後、神事はどうあるべきなのか。波紋が広がっています。

(津放送局 記者 周防則志)

殺処分で“SNS炎上”

「神事ではなく立派な動物虐待だと思います」
「痛い思いをしている馬を見て何と思うのでしょうか」
「神事は廃止すべきです」

ことし5月、三重県の多度大社で行われた伝統の神事「上げ馬神事」にSNS上で多数の批判が寄せられています。

「上げ馬神事」は680年以上前の南北朝時代から行われているとされる神事で、若者が馬に乗って急な坂を一気に駆け上がり、頂上にある2メートルほどの壁を乗り越えた回数で農作物の作柄などを占うものです。

三重県の無形民俗文化財にも指定されています。
新型コロナウイルスの影響で、3年連続で中止となりましたが、ことし4年ぶりに開催された神事で悲しい事故が起きたことが一連の批判のきっかけとなりました。

神事に参加した馬のうち1頭が坂を走っている途中で転倒し、骨折する事故が発生。

会場に待機していた獣医師が状態を確認し、治癒が見込めないと判断し、殺処分の対応がとられたのです。

殺処分の情報は、ツイッターを通じて拡散、地元桑名市のアカウントは炎上状態となりました。
市には6月末まででおよそ1800件、三重県には7月半ばまでにおよそ3400件の抗議が寄せられたといいます。

抗議で一時休業を余儀なくされた人も

中でも厳しい批判にさらされたのが、殺処分となった馬の共同馬主をつとめていた男性の店舗です。

ツイッターで神事に参加していることなどを投稿していたため、批判が集中。

大量の抗議によって一時、休業を余儀なくされてしまいました。
殺処分となった馬の共同馬主の男性
「馬も愛情を込めて世話をしていたので、本当にかわいそうで、つらかったです。ただ、ここまでの抗議を受けるとは思っていませんでした。SNSでは『責任を取れるのか』とか『おまえが死ね』などと言われましたし、抗議のはがきもたくさん届きました。店には1日に50件くらい朝から晩まで電話がかかってきて、スマホの通知や電話の音が恐怖でしかありませんでした」

殺処分 平成20年以降少なくとも4頭

事態を重く見た県は、平成20年以降の15年間の神事での事故について調査を実施します。

その結果、平成22年に1頭、平成26年に2頭、ことしの神事で1頭の、少なくとも4頭の馬が神事の際に骨折し、獣医師による殺処分の対応がとられていたことが判明しました。
県は6月、神事の「事故防止対策協議会」で壁を含む坂全体の構造の見直しなどを提案し、主催者側の多度大社や地元の代表も、改善策を講じていく方針を決めました。

神事の歴史をたどると…

この神事、どのような歴史をたどって馬が壁を上る今の形になったのでしょうか?
神社や市に確認すると…
「神社に伝わる、寛政6年、江戸時代後期の『大祭御神事規式簿』という文書があります。この中で、すでに『坂をのぼって馬が駆け上がる』という形で神事が行われていたことが確認できます」
南北朝時代から続くとされる「上げ馬神事」。

資料の焼失などで一時、中断した時期がありましたが、初代の桑名藩主となった徳川家康の重臣、本多忠勝が復興させたという記述もこの文書で確認できます。

ただ、文書で「坂を駆け上がっていた」ことまではわかっても、頂上に壁があったのかどうかまでは確認できません。

そこで、NHKのアーカイブスに残っている昭和26年の映像を確認してみました。
すると、馬が坂だけでなく、かなり高い壁を乗り越えようとする場面がうつっていました。

神社によれば、江戸時代後半から神事の形態は変わっていないということで、壁自体は遅くとも70年以上前にはあったことが確認できます。

以前から動物虐待の指摘が…

では、この壁を上らせることについてこれまで批判はなかったのでしょうか?

実は以前から動物虐待だと指摘する声はあったといいます。

平成7年ごろから、複数の動物愛護団体から「神事は虐待だ」として祭りの中止などを求める要望が多度大社に出されるようになり、このうちの1つの団体が改善策として提示したのが「壁を低くすること」だったといいます。

壁の高さは、以前は高いところで2.5~3メートルほどあったといいますが、神社に話を聞くと…
神社の担当者
「当時、改善策を受け入れて壁の高さを下げることになり、坂の頂上にある壁は、今では2メートルほどになりました。さらに、神事に先立って氏子たちによって行われる『坂爪掛』と呼ばれる儀式で、壁の中央部分は削りとっているので、実際は最も低いところで地面からおよそ1.5メートルになっています」
壁は低くなっていました。

平成16年には「事故防止対策協議会」が発足し、会場に専門の獣医師を配置することや、馬が走る道に観客が入らないようにすることなど「どうすれば人と馬の安全を確保しつつ実施ができるのか」と改善を行ってきたといいます。

とはいえ、その「改善した」状態であっても、ことしを含めて過去には複数の馬が殺処分となったことは事実です。

馬にとってはまだまだ危険だとはいえそうです。

なぜサラブレッドが神事に

さらに、馬への暴力行為を指摘する声も以前からありました。

三重県に確認すると…
「過去、神事の中で実際に馬をたたいたり蹴ったりした行為があったため、暴力行為をしないよう指摘してきた経緯があります。平成23年には、多度大社に対し、無形民俗文化財指定の価値が失われることがないよう、法律を順守し、動物虐待や動物愛護の精神に反する行為を根絶することなどを求める勧告を出しています」
またSNSではこんな意見も見受けられます。
「サラブレッドは平地を走るもので、そもそも坂を駆け上がったり、壁を越えたりするのには適していない。在来馬を使うべきでは」
そもそも在来馬であれば壁を安全に越えられるのか、という問題はあるものの、なぜサラブレッドを神事に使うのでしょうか。

約40年にわたって神事に参加する馬を用意してきたという70代の男性に話を聞くと…
馬を用意してきたという男性
「自分は、馬の売り買いを仲介する畜産業者から引退馬を買って、祭りが終わったらまた業者に売っているが、いずれもサラブレッド。昔は在来馬を使っていたと聞くけれど、見たことはない」
ほかにも複数の関係者に聞きましたが、神事で在来馬を使うのを見たことがないといいます。

三重県の社会教育・文化財保護課にも話を聞きました。
三重県 社会教育・文化財保護課
「推測にはなってしまいますが、競馬の普及などで日本国内のサラブレッドの数が増えていき、比較的手に入りやすいサラブレッドのほうが使いやすくなったのではないでしょうか」

「また、日本在来馬のほとんどは、国や県などの天然記念物に指定されています。天然記念物の場合、飼育されているものを地域の外に出すことや飼育環境を変えることに許可が必要になるため、そう簡単には動かせません」
農林水産省の統計によると、令和2年の時点で、国内における馬の総飼養頭数は7万7000頭余り。

このうち日本在来馬は1683頭で圧倒的に少ない状態です。

さらに、日本馬事協会などの統計によると、去年国内で生まれた馬のうち、在来馬が106頭なのに対し、サラブレッド系の馬は7780頭と、大きな開きがあるのが分かります。

サラブレッドのほうが用意しやすいのが現状だと言えそうです。

「今の壁の高さは馬にかなり厳しい」

上げ馬神事について、動物福祉の専門家に話を聞きました。
アニマルウェルフェア国際協会 上野吉一会長
「伝統的な神事といっても、今使われているサラブレッドは伝統的ではありませんよね。サラブレッドを使うのが悪いと一概に言えませんが、サラブレッドを使ってもやれるものなのかきちんと判断する必要があります」

「たとえば障害馬術であれば、1メートル60センチが一番高い部類に当たります。つまり、上げ馬神事の壁は、オリンピックの選手であっても成功しないこともあるハイレベルな高さだともいえます。それくらいハイレベルなことまでしなければいけないのか、ということです」
上げ馬神事は動物虐待に当たるかどうかについては…
上野吉一会長
「上げ馬神事では、長期間の訓練なしにやみくもに馬が走っていって飛んでいるように見えます。あの高さの壁なら、ある程度コントロールできる技術がなければ、危険度を下げるのは難しい。簡単にできてしまったら占いや神事としての価値がなくなってしまうという側面はあるかもしれませんが、今の壁の高さは馬の能力から考えても、かなり厳しいことを強いています。それは強い苦痛を与えることにつながり、虐待といえます」
ただ、上野会長は次のように付け加えています。
上野吉一会長
「だからといって、やめろというのは別の議論です。伝統というのは、ただ昔ながらのことをやっているわけではなく、変化を受け入れながらやっていくもの。虐待にあたるならどう工夫するのかを考えるのが、伝統を維持していくことにもつながるのだと思います」

時代に合わせ変えることもまた伝統だが…

無形民俗文化財の専門家にも話を聞きました。
東京文化財研究所 久保田裕道 無形民俗文化財研究室長
「世界的にも、ユネスコの無形文化遺産などでは、動物やジェンダーといった視点での問題が意識されるようになっていて『今の時代に合った形に変えていく』ということが進められているんです」
その上で、ただやめたり、変えたりするだけでは解決につながらないと指摘します。
久保田裕道 無形民俗文化財研究室長
「周りから言われてやめてしまうというのは、伝統を継承するという意味では少し早急な気がします。無形の文化財や文化遺産そのものの性格が、『時代に合わせて変えてきた』というものであり、それを見失わないよう、何を残すのか何を変えるのかということを、神事を行っている人たちが、議論して決めていくことが大事なんです」

「そして変えたのであれば、変わっていった記録もしっかりとっておく必要がある。後に、かつてはこうやっていたということが分かるようにしていくことも大切です」

批判を受けて神社では…

「上げ馬神事」を主催する多度大社はこうした指摘について…
多度大社
「馬が殺処分となることはあってはいけないことだと考えていますが、今回、そうした事態が起きてしまった。人も馬も安全な祭りにしていくため、これまでも馬の適切な取り扱いなどについて取り組みを進めてきたところですが、今後はより一層の改善に向けて関係者で協議していきたい」
取材を進める中で、とても印象に残ったことばがあります。
冒頭、抗議を受けて一時閉店を余儀なくされた店の店主のことばです。
殺処分となった馬の共同馬主の男性
「今回、一番感じたのは、世間とのギャップです。小さいころから祭りがあるのが当たり前で、それをやるために生まれてきたという感じで、虐待とか考えたこともありませんでした」

「でも、抗議を受けて、胸を張って『多度祭り(上げ馬神事)はいい祭りだ』って言える祭りなのか、子どもたちがやりたいって思ってくれるのかと思うようになりましたね。伝統なので神事は続けていってほしいと思いますが、もっと馬に優しい、死んだりけがをしたりしないような形になったほうがいいのでは、今はそう思っています」
伝統の神事だからといって、動物虐待は決して許されることではありません。

壁の高さを低くしたり、サラブレッドを使ったり。
社会の価値観や環境の変化に合わせて、すでに神事のあり方は変容してきました。

「昔と変わらないままである」ことだけが神事の価値を決めるわけではないと思います。

参加する人や馬の安全をしっかり確保しながら、伝統を受け継ぐにはどうすればいいのか。

今回の“炎上”事案をきっかけに、社会に広く受け入れられる神事のあり方を改めて考えていく必要があると感じました。
津放送局記者
周防則志
2020年入局
“地域の課題を解決する”報道を目指している