中国 秦剛外相を解任 事実上の更迭か 後任に王毅政治局委員

中国の外相を務めた秦剛氏が就任から半年余りで解任され、後任に前の外相で、外交を統括する王毅政治局委員が任命されました。秦氏の解任の理由は明らかにされていませんが、事実上の更迭とみられます。

中国の全人代=全国人民代表大会の常務委員会は25日、秦剛外相の解任を決めるとともに、後任に前の外相で外交を統括する王毅政治局委員を任命したと発表しました。

秦氏は去年12月に外相に任命されたばかりで、就任から半年余りで解任され、後任に前の外相が再び就くのは極めて異例です。

秦氏の解任の理由は明らかにされていませんが、中国外務省のホームページでは、秦氏に関する情報が一斉に削除されていて、事実上の更迭とみられます。

秦氏をめぐっては、先月25日を最後に1か月にわたって動静が公表されておらず、健康上の問題に加え、香港のテレビ局のキャスターの女性との関係を問題視され、調査を受けているといった情報も出回るなど、さまざまな臆測が広がっていました。

習近平指導部にとっては、対立が続くアメリカとの関係などさまざまな課題を抱える中、外相の突然の交代で、外交への不確実性が懸念される事態となっています。

中国外務省HPから削除

秦剛外相の退任を受けて、中国外務省のホームページでは、これまでトップページに掲載されていた秦氏の動向に関する情報がすべて削除されました。

また、秦氏の経歴や発言内容を紹介したページも一斉に削除されました。

外務省のホームページで「秦剛」と検索しても、「見つかりません」と表示されるなど、秦氏に関連する情報を徹底的に削除しています。

異例の早さで出世も

秦剛氏は57歳。

北京の大学で国際政治を学び、20歳のときに中国共産党に入党しました。

大学を卒業後、中国外務省に入り、イギリスの大使館で長年勤務するなど、主にヨーロッパを担当してきました。

外務省の報道官を合わせて8年余り務めたあと、2018年に外務次官に昇格。

おととしにはアメリカ駐在の大使に抜てきされました。

その後、党の政治局委員に昇格した王毅氏の後任として去年12月に外相に任命され、3か月後には副首相級の国務委員にも選出されました。

秦氏は外務省の報道官などを務めた際に習近平国家主席の信頼を得て、近い関係にあるとみられ、前任の王氏が外相に就任してから5年後に国務委員に選出されたのと比べ、異例の早さで出世してきました。

4月には中国を訪問した林外務大臣と会談したほか、先月18日には、アメリカのブリンケン国務長官と会談するなど、活発に外交活動を続けていました。

しかし、秦氏は先月25日に、北京でベトナムやスリランカの外相などと会談したのを最後に、1か月にわたって動静が公表されていませんでした。

中国外務省は今月14日までインドネシアで開かれたASEAN関連の国際会議に秦氏が欠席すると明らかにした際、「健康上の理由だ」としていましたが、その後の記者会見では「提供できる情報はない」などと述べ、具体的な回答を避けていました。

インターネット上では秦氏が香港のテレビ局のキャスターの女性との関係を問題視され、調査を受けているという情報が出回り、台湾メディアが報じるなど臆測が広がっていました。

専門家「中国政治の不確実性に対し不安募る結果に」

中国の秦剛外相の退任が決まったことについて、中国情勢に詳しい神田外語大学の興梠一郎教授は「中国外交に与える影響は限定的だ」とした上で、「閣僚である外相が突然消えて、いろいろなうわさが飛び交い、長期間何の説明もされないまま最後には解任されたわけで、中国政治の不確実性に対する不安が募る結果となった」と指摘しました。

退任の理由について興梠教授は「中国外務省の中には内紛があり、秦氏がスピード出世したことへのやっかみやひがみがあったという情報もある。王毅氏と秦剛氏の間に確執があったのではないかとも言われている。今回の対応の背景には秦氏に対する不満があった可能性が高い」と分析しています。

中国外務省報道官「提供できる情報はない」

中国の国営メディアが秦剛外相の退任を伝えたおよそ4時間前の25日午後に開かれた中国外務省の記者会見では、出席した記者から秦剛氏の動静について質問が相次ぎました。

これに対し、中国外務省の毛寧報道官は「提供できる情報はない」と短く答えるにとどめていました。

また、「誰が外相の職務を代行しているのか」という質問に対しては、「私が言えるのは、中国の外交活動はすべて着実に前進しているということだ」と述べ、24日の会見と同じ回答を繰り返していました。

退任伝えるNHK海外向け放送 中国では一時中断

中国ではNHKの海外向けテレビ放送「ワールド・プレミアム」で、日本時間の25日午後9時すぎ、秦剛外相の退任に関するニュースを伝えた際、カラーバーとともに、「信号の異常」などと中国語で表示され、放送が一時中断されました。

中国国内では外国のテレビ局の放送が当局に監視されていて、政府や共産党にとって都合の悪い内容は中断されることがたびたびあります。

中国当局が秦剛外相の退任に関する外国メディアの報道に神経をとがらせていることがうかがえます。

松野官房長官「緊密に意思疎通を図っていきたい」

松野官房長官は午前の記者会見で、「中国政府部内の人事について日本政府として答える立場にない」と述べました。

そのうえで、「中国との間では主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めつつ、諸懸案も含め対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力するという建設的かつ、安定的な日中関係を双方の努力で構築していくことが重要であり、王毅氏を含め、あらゆるレベルで緊密に意思疎通を図っていきたい」と強調しました。

また、記者団から今回の人事が福島第一原発にたまる処理水を薄めて海に放出する計画に与える影響について問われたのに対し、「IAEA=国際原子力機関の報告書の結論を踏まえ、高い透明性をもって国際社会に丁寧に説明していく考えであり、中国側には引き続き科学的根拠に基づいた議論を行うよう強く求めていく」と述べました。

米国務省副報道官「王毅氏と対話関係を維持 極めて重要」

アメリカ国務省のパテル副報道官は25日記者会見で、「外相を誰にするかは中国次第だ」としたうえで、王毅政治局委員が後任の外相に任命されたことに関連して、「ブリンケン国務長官と王毅氏はこれまでもさまざまな場で何度も会談している。対話できる関係を維持することは極めて重要だと考えている」と述べました。

また、先月、ブリンケン長官が中国を訪問した際、米中双方は、外相を解任された秦剛氏のアメリカ訪問で一致していました。

これについてパテル副報道官は「太平洋の両側からハイレベルな往来が続くことが期待されており、われわれも期待している」と述べ、今後も調整を進めていく考えを示しました。

ブリンケン国務長官「誰がカウンターパートであろうと協力」

アメリカのブリンケン国務長官は26日、訪問先のトンガで行われた記者会見で、「誰を外相に任命するかは中国の主権のもとで決めることだ。外相としての秦剛氏とは建設的な対話を行っており、彼の幸運を祈りたい」と述べました。

また、後任の外相に王毅政治局委員が任命されたことについて、「王毅氏とは10年以上のつきあいで、国務長官の立場でも何度も会談を行っている。これまで同様うまくやっていけると思っている」と述べ、歓迎しました。

その上で、ブリンケン長官は「両国の関係を責任を持って管理することが重要だ。それは外交から始まり、関与するところから始まる。私は誰がカウンターパートであろうと協力していくつもりだ」と述べました。

専門家「政治的な失脚の可能性が高い」

中国の秦剛外相が解任されたことについて、中国の政治に詳しい神戸大学大学院の李昊講師は「秦氏の出世が早すぎたことで、中国外務省の中には嫉妬や不満があったと思われ、背景には内部での権力闘争がある可能性が高い」と分析しています。

そのうえで「健康上の問題だと説明されていたが、人事発表のあとの早い段階で中国外務省のホームページから秦氏の活動記録が全部、削除されていた。中国側のこうした対応を見ると政治的な失脚の可能性が高い」との見方を示しました。

また、後任に、前の外相で、外交を統括する王毅政治局委員が任命されたことについては「後任を決めるのであれば、長期間にわたって身辺調査をし検討や議論をする必要があるが、それが間に合わず、次の人物につなぐまでの間、一時的に王氏が再登板したと考えられる」と述べました。

そのうえで、中国外交への今後の影響について「主導権は習近平国家主席が握っている。秦氏であれ、王氏であれ、習主席の意見や考えをそんたくしているように見えるので、外交政策はほとんど変わらないだろう」と指摘しています。

中国外務省 解任の理由について一切説明せず

中国外務省では26日、秦剛氏の解任が発表されてから初めての会見が開かれました。

記者からは解任の理由などを問う質問が20回以上出ましたが、毛寧報道官は「提供できる情報はない」とか「新華社通信がすでに情報を発表している」などと繰り返し、理由について一切説明しませんでした。

同じ答えを繰り返す毛報道官に対し、外国メディアの記者からは「ここにいる人は皆、新華社通信の報道を確認しているが、そこには秦氏がなぜ外相の職を解かれたのか書かれていない」とか、「どこにはっきりと書いてあると言うのか」といった指摘が相次ぎました。

こうした指摘に対しては、会見の会場から笑いが起き、毛報道官の口元が緩む場面もありましたが、それでも「すでに質問には答えた。これ以外に情報はない」と述べるにとどめました。

このほか「報道官として秦氏が外相を務めた7か月間の仕事をどう評価するか」という質問が出ると「おそらく私はその質問に答えるにはふさわしくない」と述べて、回答を避けました。