「浮いて待て」と言うけれど…

「浮いて待て」と言うけれど…
新型コロナウイルスが5類に移行されてから、初の海水浴シーズン。
懸念されているのが遊泳中の事故の増加です。
最近の実験では、海では救助を「浮いて待つ」のは容易ではないという結果も…。

その状況にならないために、これだけは知ってほしいという対策を「タイムライン」でお伝えします。

(社会部 記者 山下達也)

「浮こうとしたけど浮けなかった」

子どもたちも夏休みに入り、海で命を守るための教室が各地で開かれています。

日本赤十字社などが海上保安庁の協力を得て千葉市で開催した教室では、流されたり溺れかけたりした時の対処法として、救助を「浮いて待つ」という方法が説明されましたが…。
子どもたちからは「浮こうとしたけど浮けなかった」「ライフジャケットがないと難しい」という声が上がっていました。
人が浮こうとする場合、体全体の2パーセント程度しか水面の上に出ないため、呼吸ができるよう水面に顔だけを出して、体力を温存しながら浮いて救助を待つ方法が推奨されています。

あおむけで大の字で浮く「背浮き」が代表的です。

海でも浮いて待てる?

しかし「波がある海で背浮きで待つのは難しい」といった声があることから、海で救助活動を行う日本ライフセービング協会と日本水難救済会が「背浮き」の有効性について実証実験を行うことになりました。

実験は、波を人工的に作ることができる横浜市にある海上保安庁の訓練用のプールで行われました。
日本ライフセービング協会で救助救命本部長を務める中央大学研究開発機構の石川仁憲機構教授とゼミの学生たちが、被験者の学生にカメラを装着し、波の有無によって顔にかかる水の違いを調べました。
被験者の学生は、最初はTシャツと短パンで臨みましたが、その状態では背浮きができませんでした。

そこで、Tシャツと短パン、薄手のウエットスーツにスニーカーを着用して一定の浮力を確保した上で、▽波がない状態と▽高さ30センチと▽高さ40センチの波がある状態で背浮きを1分間行い、撮影しました。

3秒に1回波が口に…

その映像を解析してみると…。
速報値では、姿勢などで異なるものの、

▼1分間に口と鼻の両方に水がかかる頻度は、波がない場合は0回でしたが波がある場合は平均5.7回で水がかかった時間は合わせて4.2秒。

▼口だけだと20.2回で水がかかった時間は合わせて12.3秒。

という結果でした。

3秒に1回、口に水がかかる計算です。
実際、被験者の学生たちはどう感じたのでしょうか?
被験者の学生
「顔に水がかかって呼吸が一回、ごほっとなるだけで、パニックになりました。頭では冷静になろうと思っても体が言うことを聞いてくれず、水の怖さを感じました」

被験者の学生:小学校から高校まで水泳経験あり
「泳ぐことには自信があったのですが、実際に波がある状態では水泳経験があっても浮くことは難しいことがわかりました」

浮力あるものを持ったらどうか?

実験では浮力のあるものを持った状態での比較も行い、どの程度背浮きで維持できるか、水中カメラなどで調べました。
その結果、▽2リットルのペットボトルでは浮力が足りず、▽クーラーボックスではさらに姿勢を維持できませんでした。

しかし、▽ライフジャケットならば比較的安定して背浮きの姿勢を保つことができました。

“浮いて待つ”状態になる前に

今回の実験を踏まえ、石川機構教授は次のように呼びかけています。
中央大学研究開発機構 石川仁憲 機構教授
「息を止めて、鼻や口に水が入らないようにすれば問題ありませんが、不意に波をかぶって水が入ってむせてしまうと、その状態から不安を取り除いて背浮きを維持するのは困難だと思います」

「ライフジャケットを着けると安定的に体を維持できて顔にも水がかかりにくくなるので安心して浮いていられます。万が一に備えてライフジャケットの活用は非常に推奨できます」

「最終的に救助が来るまで、自分が得意な浮き方で、できるだけ体力を消耗せずに救助を待つことは必要な対策ですが、浮いて待つ状態にまでならないことが一番重要です」

海の「タイムライン」で準備を

こうした中、海上保安庁が海の安全教室などを通じて呼びかけているのが、事前の準備の大切さです。
海上保安庁では、
1家を出るとき、
2海水浴場へ向かうとき、
3海に入るとき、
4事故にあったとき、
の4段階の「タイムライン」で対策を示して注意を呼びかけています。

その詳しい内容です。
1 家を出るとき

□「行く場所」「帰る場所」を家族など誰かに伝える。

□1人で海に行かない。

帰宅が遅い場合などに早期の通報につながります。
2 海水浴場へ向かうとき

□万が一に備え、連絡手段を確保。

□ライフセーバーや監視員がいる海水浴場で泳ぐ。

携帯電話を防水パックに入れて海で持ち歩けるようにします。

安全な遊泳区域が設定され、監視員が海水浴場を選ぶことも重要です。

去年、海で遊泳中に亡くなった人や行方不明になった人の8割が海水浴場以外での事故でした。
3 海に入るとき

□1人で海に入らず、複数人で。

□ライフジャケットやマリンシューズなど浮力のあるものを身に着ける。

□自分の体調に注意、適度に休憩を。

複数人でいれば急に流されたり、溺れたりする事故にあっても、周りに気付いてもらいやすくなります。

浮力のあるものを身につけていれば、事故にあったときにも浮いて救助を待ちやすくなります。
4 事故にあったとき

□まずは落ち着く。

□周りに人がいれば助けを求める。

□身の回りのもので浮力を確保。

□楽な姿勢で救助を待つ。

もし事故にあってしまったらやみくもに泳がずに、落ち着くことが大切です。

浮力も確保しつつ、そのときの状況や、自分の泳力に応じた楽な姿勢で救助を待ちましょう。
海上保安庁の担当者は次のように話しています。
海上保安庁警備救難部救難課 高嶋修平海浜事故対策官
「海は平穏なときには安全に遊べるが、荒れ始めると非常に危険な場所に一変する。タイムラインの各ステージで天気予報もこまめにチェックしてほしい。誰にも知られずに浮いているだけだと、救助されることは奇跡に近いと思います。夏場の海であっても、長時間になると低体温症のリスクもあります。浮いて待つ状況にならないように、安全に遊ぶための備えや準備をしっかりしてから、海に行くことが1番重要です」

“海の護身術”を

今回の取材の中で、石川機構教授は「非日常の空間で変化する自然を体験することは、子どもの成長にとっても、大人にとっても豊かな感性を養うことにもつながるため、ぜひ海や川に行ってほしい。だからこそ、備えてほしい」と話していました。

また海難救助の関係者からは「海を楽しむためには『海の護身術』が必要だ」と言われました。
1人でも事故にあう人が減るように、楽しく安全に夏を過ごせるよう、万が一を考えて「自分の身を守るための備え」が広がってほしいと思います。
社会部記者
山下達也
2017年入局
初任地は新潟局。現在は社会部で国土交通省(海上保安庁・自動車局)を担当。出身地は山に囲まれていたため、海に強い関心あり。