暮らしの生命線「LNG」 どうする安定供給?

暮らしの生命線「LNG」 どうする安定供給?
火力発電の燃料や都市ガスの原料として暮らしに欠かせないLNG=液化天然ガス。ロシアによるウクライナ侵攻で価格は一時急騰し、日本では電気代の高騰を、調達できなくなったアジアの一部の国では停電を引き起こした。

安定供給への懸念が続く中、危機への備えは各国共通の課題だ。そこで世界有数のLNG輸入国・日本が、安定供給に向けた国際協調の枠組みづくりに動き始めた。
(経済部記者 五十嵐圭祐)

LNGは暮らしの生命線

厳しい夏の暑さに備えて、政府はことしも東京電力の管内で節電要請をしている。

日本の電力供給を支えるのは全体の7割余りを占める火力発電で、燃料の大半はLNGだ。さらに言えば、日本は原油やLNGといったエネルギー資源のほぼすべてを海外の調達に依存し、エネルギー自給率は13%にとどまる。(2021年 資源エネルギー庁調べ)

ふだんは不自由なく電気や都市ガスを使えていても、ひとたび価格が高騰したり、LNGの調達が途絶えたりすれば、たちまち私たちの生活は脅かされる。

LNGなぜ争奪戦に

そんな事態がき憂ではないと実感させられたのが、去年2月のロシアによるウクライナ侵攻だ。
ヨーロッパ各国は世界有数の資源国・ロシアからパイプラインを通じて天然ガスを輸入していたが、侵攻をきっかけに調達先を変えざるを得なくなり、需給ひっ迫の懸念が高まった。

天然ガスの価格は一時急騰し、その代替として調達が増えたLNGの価格にも波及していった。
とくにアメリカ産では輸出先に「地殻変動」とも言うべき変化をもたらしている。日本エネルギー経済研究所によると、アメリカ産LNGのヨーロッパへの輸出割合は2021年は29%だったが、2022年には64%にまで増加している。

一方で、アジア向けは2021年の47%から、2022年に23%と半減している。さらに、この先についても供給が大幅に増える見通しはない。
LNGは石炭や石油に比べれば、燃焼時に排出する二酸化炭素の量は少ないものの、世界的な脱炭素化への潮流で、新たな投資には厳しい目が向けられているからだ。

アメリカやカタールなどは増産に舵を切り、新たな生産プロジェクトを立ち上げてはいるが、「実際に生産量が増えてくるには早くとも3年から4年程度かかる」(資源エネルギー庁幹部)とみられている。

LNGの国際会議 安定供給に向け日本動く

そこで日本は、安定供給に向けた国際的な枠組みづくりに動き始めた。

7月20日に東京でLNGの主な産出国と消費国が一堂に集まった国際会議で、IEA=国際エネルギー機関が主導する形での国際協力を呼びかけたのだ。
具体的には、IEAが消費国の調達先や備蓄の状況を把握し、ひっ迫への備えが不十分な国に提言を行うことを提案した。

さらに日本としては、将来的には需給がひっ迫した際に、IEAが備蓄に余裕がある国に対して融通を求めることなどを目指している。

IEAは1970年代のオイルショックをきっかけに設立された国際機関で、石油については供給の途絶を防ぐために消費国が備蓄を持ち、必要な際には協調して放出する枠組みがすでにある。

一方で、LNGではこうした世界的な枠組みはまだ整っていないため、日本はIEAを中心に新たな枠組みづくりを目指すことにしたのだ。

議長サマリーでは「次回のIEA閣僚会合までに政策対応策の継続的な議論を期待する」と記され、各国で実現に向けた議論が進むことになった。

日本は来年2月のIEA閣僚会合での合意を目指している。

世界的な安定供給 なぜ日本が提案?

日本がこうした提案をした背景にはアジアの新興国の苦境もある。

ロシアのウクライナ侵攻によってLNGの価格が一時急騰した際には、バングラディシュやパキスタン、インドなどで調達に支障をきたし、計画停電の実施を余儀なくされた。

タイやインドネシアはLNGの代替として価格が安い石炭の購入を増やさざるを得なくなり、脱炭素という点ではマイナスの影響が表面化している。

ことしのG7で議長国を務めた日本は、こうした新興国の状況にも配慮し、世界に向けて「Various pathway1(多様な道筋)」というメッセージを打ち出した。

各国でエネルギー事情に違いがあることを考えれば、脱炭素に向かう道筋では各国に多様な選択肢が与えられるべきだと主張したのだ。

主張の背景には、脱炭素の分野でアジアの国々と強固な協力関係を築いていき、火力発電の脱炭素化やアンモニア混焼といった日本が強みとする技術をアジアに普及させていきたいという思惑もある。

IEAの機能強化 LNG備蓄には課題も

一方で、日本が提案した枠組みの実現には乗り越えなければならない課題もある。

例えば、LNG=液化天然ガスはその性質上、石油よりも備蓄が難しい。マイナス162度以下に冷やして液化しているため、タンクで保管しても気化して容量が減っていく。

一般的にはタンクで1年間保管しておくと容量がゼロになると言われているため、原油のようにタンクを使った備蓄はできない。

アメリカやヨーロッパの一部の国では、地下にあるガス田にLNGを注入することで長期貯蔵できる設備があるものの、これまでは備蓄というよりはビジネス目的で使われることが多かった。

LNGの価格が安いときに多く調達して貯蔵し、高くなったら在庫を売るという形で使用し、緊急時の備蓄として機能していないという指摘もある。

「戦略的余剰LNG」支持を得られるか

こうした中、日本は「戦略的余剰LNG」という新たな仕組みを構築し、需給ひっ迫に備えている。

政府が資金を援助して民間企業にLNGを余剰分も含めて調達してもらい、ひっ迫時に活用することを想定する。

日本としては、各国が協調して、さまざまな方法で蓄えを持つことで、市場全体の価格安定と需給ひっ迫の緩和につなげたいと考えている。

日本の提案には、EU=ヨーロッパ連合の執行機関、ヨーロッパ委員会も協力の姿勢を見せている。

7月のLNGに関する国際会議の前日には、資源エネルギー庁の担当者とヨーロッパ委員会の副ユニット長が面会し、意見交換も行った。
ヨーロッパ委員会・国際交渉担当 マチェイ・チシェフスキー氏
「欧州には地下貯蔵が豊富にある。またほかの国では違うやり方でLNGの調達に柔軟性を持たせようとしている。世界の安定供給は協調にかかっている。日本やヨーロッパ委員会、さらには他国とともに安定供給の仕組みづくりに向けて議論していきたい」

LNG安定供給へ 試される国際協調

ロシアによるウクライナ侵攻は国際社会の分断を進め、エネルギーの分野ではLNG調達をめぐる世界地図を書き換えた。

ヨーロッパがロシアの天然ガスへの依存を見直す一方、中国はロシアからの購入を増やしている。

さらにヨーロッパがLNGの調達を増やしたことで、そのしわ寄せは新興国に及ぶなど、世界の分断が安定供給の壁となっている。

資源エネルギー庁の担当者は「今回の提案が実効的なものになれば、LNGをめぐる世界の分断を修復に向かわせる大きな一歩になる」と期待をかける。

脱炭素社会の実現を目指す2050年までの間、LNGは移行期を支える重要なエネルギーに位置づけられている。

LNGの安定供給という下地なしに、世界が再生可能エネルギーを含めたさまざまなクリーンエネルギーに移行していくことは難しい。

ことしはくしくも石油危機から50年という節目にあたる。

エネルギー危機への備えとして、LNGでも新たな枠組みが実現できるのか、国際社会の協調が試されている。
経済部記者
五十嵐圭祐
2012年入局
横浜局、秋田局、札幌局を経て経済部
現在、エネルギー業界を担当