カンボジア総選挙 フン・セン首相率いる与党が圧勝の見通し

23日に投票が行われたカンボジアの総選挙について、カンボジア政府に近いメディアは全体の125議席のうち、120議席を与党・人民党が獲得したと伝えました。選挙は有力な野党の参加が認められない中で実施され、フン・セン首相率いる与党が圧勝する見通しです。

カンボジアの総選挙はフン・セン首相率いる与党・人民党など、あわせて18の政党が参加して23日に投票が行われ、即日開票されました。

選挙管理委員会による各政党の正式な獲得議席数はまだ明らかになっていませんが、カンボジア政府に近いメディアは全体の125議席のうち、120議席をフン・セン首相率いる与党・人民党が獲得したと伝え、与党が圧勝する見通しです。

40年近く実権を握るフン・セン首相がすでに後継指名し、今回の選挙で初めて立候補した長男のフン・マネット氏の当選も確実な状況で、今後はいつ首相の座を引き継ぐのかが焦点になります。

一方、今回の選挙では前回の選挙の前に解党させられた政党の流れをくむ有力な野党の参加が認められず、フン・セン政権の強権的な姿勢に対して、欧米諸国を中心に懸念の声があがっています。

強権的な政治手法が目立つフン・セン政権

カンボジアでは、フン・セン首相が40年近く実権を握っていますが、特に強権的な政治手法が目立つようになった背景には、前回5年前の総選挙に向けて政権交代を訴えていた当時の最大野党・救国党が国民の支持を集めるようになったことがあります。

救国党は2017年6月、総選挙の前の年に行われた地方選挙で、4割を超える議席を獲得し、大きく躍進しましたが、9月に党首のケム・ソカ氏が政権転覆をはかったとして国家反逆の疑いで逮捕され、その後、党自体が解党に追い込まれました。

このため、2018年の総選挙は、最大野党が不在のまま行われ、フン・セン首相率いる与党・人民党が125議席すべてを獲得する結果となりました。

カンボジアでは、内戦終結後の1993年以降、5年に1度、総選挙が行われてきましたが、与党がすべての議席を独占する結果となったのは前回の総選挙が初めてです。

最大野党不在の総選挙に欧米諸国からは「自由でも公正でもない」などとして、その正当性を疑問視する声が相次ぎました。

そして、救国党の流れをくむキャンドルライト党が去年の地方選挙で与党に次ぐ議席数を獲得すると、ことしに入って野党幹部の逮捕が相次ぎました。

さらに5月には、政党と候補者の登録手続きに必要な書類が提出されなかったとして、選挙管理委員会がキャンドルライト党の選挙への参加を認めないことを決定し、前回と同様、最大野党不在での総選挙が行われることになりました。

母国で家族が脅迫されるケース相次ぐ

フン・セン政権の野党への弾圧が強まる中、国外で活動するカンボジア人への締めつけも厳しくなっていて、日本に住むカンボジア人の家族が母国で脅迫されたとみられるケースも相次いでいます。

日本に住むカットさん(35)は9年前、カンボジアの首都プノンペンでデモに参加した夫が警察官に撃たれて死亡しました。

その後、地元メディアの取材を受けたことで警察署に呼び出され「刑務所に入りたいのか」などと脅されて身の危険を感じたことや、夫を失い、家計を支える必要に迫られたことから、7年前に技能実習生として来日し、数年前からカンボジアでの公正な選挙などを求める活動に参加しています。

しかし、ことしに入り、カンボジアに残した家族が脅迫を受けるケースが相次いでいるといいます。

ことし3月、カットさんが都内の集会に参加した数日後、カットさんの母親と9歳の娘が暮らす実家を数人の男が訪れ、玄関を開けるよう言われたものの、応じずにいたところ、窓ガラスを割られたということです。

また、5月末にカットさんがSNSに今回の選挙をボイコットするよう訴える動画を投稿したところ、数日後に実家に大きな石が投げ込まれ、天井に穴があいたといいます。

カットさんの母親は「ドンという大きな音がした。石はトイレの方に落ちたので幸いけがはなかった。村長に言ってもとりあってくれず、逆に『なんで娘に活動をやめるように言わないのか』と言われた」と話していました。

カットさんは来日して一度も帰国しておらず、娘とは直接会えていないということで、カットさんとビデオ通話で話していた娘は、涙を流しながら「ママとパパに会いたい」と訴えていました。

カットさんは「母と娘は、自分の命と同じように大事な存在です。電話がつながらないと危害を加えられたのではないかとか、誘拐されたのではないかなどと想像してしまい、とても不安になります」と涙ながらに話していました。

専門家「フン・マネット氏への世襲が重要なポイント」

カンボジア情勢に詳しい新潟国際情報大学の山田裕史准教授は、今回の選挙で初めて立候補し、フン・セン首相の後継として首相候補に指名されている長男のフン・マネット氏への世襲が今回の選挙を読み解く重要なポイントだと指摘しています。

山田准教授は、今回の総選挙について「事実上の世襲に対する信任投票という意味合いもあり、フン・セン首相にとっては世襲をいかに安定的に行うかが最大の目的だ」として野党だけでなく世襲に反対する与党内の声をおさえるために野党の排除を進めるなどして圧倒的な勝利をねらっていると述べました。

フン・マネット氏の国内での評価については、「偉そうな感じはなく、国民にとっては、比較的、温和で優しそうなイメージで認識されていると思う。アメリカの陸軍士官学校を卒業し、イギリスの大学で学位を取得していて、欧米諸国とのつながりもあるので、父親よりは強権的にはならないのではないかと期待している人は多い」と分析しています。

一方、選挙運動の演説では、用意された文章を読み上げている印象があるとして「どういうビジョンを持っているのか、現時点では分からない。軍での実績はあるが行政や議員としての経験はなく、首相という立場になったときにどうなのかは今の段階だと判断しにくい」と述べました。

フン・マネット氏が首相になる時期については、早くて来月下旬の組閣のあとなど、複数の見立てが伝えられているとした上で「少なくとも次の総選挙までの5年の間には権力を移譲することになるだろう」という見方を示しました。

一方で、フン・マネット氏が首相になったあとの政権運営について「父親のフン・セン氏は与党の党首として残り、ほかの幹部もアドバイザーなど何らかの形で残るとみられ、独自色は出せず、急激な変化はないだろう」と分析しています。

後継者フン・マネット氏とは

カンボジアのフン・セン首相が後継者として指名しているフン・マネット氏は45歳。

1977年にフン・セン首相の長男として生まれ、1999年にアメリカの陸軍士官学校を卒業。その後、イギリスのブリストル大学で経済学の博士号をとるなど、欧米で教育を受けてきました。

陸軍司令官だった2021年12月にフン・セン首相が次の首相候補にする考えを表明し、与党・人民党も正式に後継首相候補に選出していました。去年2月には日本を訪れ、岸田総理大臣と会談するなど、外交の舞台でも存在感を示し、今回の選挙に初めて立候補しました。

人物像については政治経験は浅い一方で、強権的な印象の強い父とは対照的にSNSなどを通じて親しみやすさを前面に押し出しています。

今月7日に公開した動画では「私たちは命と胃袋と顔、この3つのために働かないといけない」と述べ、ポル・ポト時代など、これまで多くの人が犠牲になったことから「命」の重要性を訴え、国際社会での存在感を「顔」、豊かな生活を「胃袋」に例え、そのために尽力すると約束しました。

外交関係者の中からは、欧米への留学経験などから、中国だけでなく、アメリカなどとの関係改善など、バランスのとれた政権運営をするのではないかという期待も聞かれる一方で、首相交代後もフン・セン首相が要職にとどまり、影響力を維持するのではないかという見方も出ています。

日本は30年以上、国づくりと民主化を支援

日本は1991年まで続いた内戦で数百万人の犠牲者を出したカンボジアに対して、これまで30年以上、一貫してカンボジアの国づくりと民主化を支援してきました。

1992年には日本の自衛隊が初めて国連のPKO=平和維持活動に参加するためにカンボジアに派遣され、1993年には文民警察官と国連ボランティアの日本人2人が襲撃されて死亡するなど、大きな犠牲を出しながらも民間人も含めた多くの日本人が内戦からの復興を支えてきました。

長年、最大の援助国としてカンボジア国内のインフラ整備も進め、首都プノンペンの中心部にある日本が整備した橋は地元の人たちに「日本橋」として親しまれています。

一方で、2010年ごろからは、中国が最大の援助国となり、カンボジアのいたるところで中国資本による開発が続いています。人権問題といった内政には口を出さず、経済成長を後押ししてくれる中国の存在感が高まる中で、フン・セン政権は中国への傾斜を強めています。

植野篤志大使「懸念を持って注視せざるをえない」

今回の総選挙を前に植野篤志大使が21日、NHKのインタビューに応じ「日本の立場から見てカンボジアに対して言うべきことは言い、協力していきたい」と述べ情勢の推移を注視しながら必要な関与をしていく考えを示しました。

有力な野党が参加できない状況で選挙が行われることについて、植野大使は「国民の多様な声が反映されるような環境で選挙が行われることが重要だというのが、日本政府の基本的な立場だ。そういう意味からすると、今回の選挙をめぐる状況については、懸念を持って注視せざるをえない」と述べましたが、選挙後の対応については「選挙の結果が、カンボジアの内政、あるいは対外関係にどういう影響を及ぼすか、注視していきたい」と述べるにとどめました。

また、フン・セン首相の後継として指名されているフン・マネット氏については「こちらで会って話した個人的な印象を言うと、欧米での高等教育を受けて、非常に教養が豊かで、人当たりもよく、気さくな人物だった。陸軍司令官としても軍の改革に実績を上げるなど、非常に有能な方であるという印象を持っている」と語りました。

一方、最大の投資国として中国が存在感を強めていることについては「投資の面でも、公的な支援という面でも、中国はカンボジアにとって最大の開発パートナーであり、両国の関係も非常に良好であると見ている。一方で、カンボジア政府は一貫して自主独立の外交政策を貫くと主張していることから、中国との関係についてもそうした中で判断していると見ている」と話しました。

その上で「カンボジアの復興に日本は積極的に関与してきた。両国の間には非常に強い信頼の絆がある。日本の立場から見て、カンボジアに対して言うべきことは言い、状況が改善されるように手伝うものは手伝っていきたい」と述べ、情勢の推移を注視しながら必要な関与をしていく考えを示しました。