市場が注目 日銀決定会合で政策修正は?【経済コラム】

「経済・物価の先行きは不確実性が高い」。

ことし4月に就任して以来「不確実性」という言葉を何度も繰り返してきた日銀の植田総裁。物価が想定より上振れて推移する中、いよいよ「不確実性」が取り除かれるのか、7月27日と28日に開かれる金融政策決定会合の行方に注目が集まります。

金融政策の修正はあるのか。それとも現状維持か。専門家の間でも見方が分かれています。

(経済部 加藤ニール)

政策修正への警戒感高まる市場

日銀の金融政策決定会合を前に、国内の債券市場で警戒感が強まっています。

長期金利の代表的な指標となる10年ものの国債の金利は、7月初めには0.3%台後半で推移していましたが、14日には0.485%まで上昇。

日銀はいまの金融緩和策で長期金利をプラスマイナス0.5%程度に調整するとしていますが、この変動幅の上限に再び近づきつつあります。

なぜ金利が上昇したのか。

最大の要因は、消費者物価の上昇率が3%を超える水準で推移していることにあります。

ただ、インドで開かれたG20の財務相・中央銀行総裁会議に出席した植田総裁が7月18日に「持続的・安定的な2%のインフレ達成には、まだ距離があるとの認識がこれまである」などと発言。

今の金融緩和策を維持するという観測が出て金利が低下する場面も見られました。

焦点は物価見通しとYCC

7月28日にかけて開かれる金融政策決定会合、焦点の1つは物価の見通しです。

日銀は今回の決定会合で、最新の経済・物価の見通しをまとめた「展望レポート」を公表します。

4月に公表された物価の見通しは以下の通りです。

植田総裁は6月16日の記者会見で「物価の下がり方が思っていたよりもやや遅い」と発言しています。

このため今年度(2023年度)の物価の見通しは、引き上げる方向で議論されると見られます。

日銀は今年度半ばにかけて上昇率が縮小していくという見方を示していますが、植田総裁は先行きについて「不確実性が高い」と述べています。

また、6月28日にポルトガルで開催された金融シンポジウムで植田総裁は、「来年には物価がいくぶん上昇すると予想しているが確信は持てない」と発言しています。

このように、2024年度以降に持続的な2%の物価安定目標が実現できるかどうかをめぐって、日銀内では慎重な見方が根強くあります。

もう1つの焦点は政策修正があるのかどうかです。

特にいまの金融政策の枠組みの柱の1つのイールドカーブコントロール=YCC(長短金利操作)の扱いが注目されます。

政策修正はあるのか 分かれる見方

YCCの修正の可能性をめぐっては日銀OBの間でも見方は分かれています。

日銀で理事や調査統計局長などを務めた早川英男さん。今回日銀がYCCの修正に動く可能性があると指摘します。

具体的にはYCCの変動幅を、いまの「プラスマイナス0.5%程度」から「1.0%程度」に拡大するのではないかと見ています。

注目するのは今後の物価上昇率が一段と上振れするリスク。

早川さんは、このところの消費者物価の上昇は、原材料などの輸入物価の上昇から、人件費などを反映したサービス価格の上昇に移りつつあり、今の物価上昇率は日銀の想定を上回っていると指摘します。

そして、今後さらに物価が上振れるようなことがあれば、債券市場に混乱をもたらす可能性があるといいます。

元日銀 早川英男さん
「今後も物価が一段と上振れるサプライズが起きる可能性があり、そうなれば投資家の間で金融緩和の出口への観測が高まり、債券市場では国債の売り圧力が強まることになる。日銀は金利を抑えるために大量に国債を買い入れなければならない事態に再び追い込まれるリスクがあり、そうした混乱を未然に防ぐため日銀はYCCの運用を柔軟化するのではないか」

早川さんは、2%の物価目標の実現の鍵を握る来年の賃上げの動向は、早ければ今年の年末か年明けにも見えてくる可能性があるとみています。

金融緩和の出口戦略を模索するタイミングが来た際には、金利上昇圧力が高まることが想定されますが、YCCをあらかじめ柔軟化しておけば出口戦略を落ち着いて慎重に検討する環境づくりにもつながると指摘します。

一方で日銀の元理事でエコノミストの門間一夫さんは、今回はYCC修正はないとみています。

日銀にとっての最大のリスクは、金融引き締めに転じるのが早すぎて2%の物価目標が失敗に終わることだと指摘します。

物価目標の鍵を握るポイントは、2024年度以降の賃上げの動きが確認できるかという点にあり、日銀が経済の好循環に向け、自信が持てない今の段階では、修正に動くという判断にはならないだろうと予想します。

その上で、仮に日銀がYCCの修正に動けば2%の物価目標の実現を難しくするおそれもあるとみています。

元日銀 門間一夫さん
「去年12月に政策を修正した際、日銀は副作用への対応であって利上げでは無いと説明したが、マーケットは誰も信じることなく逆に市場機能は悪化した。仮にいま修正に動けば、日銀がどのように説明しても、マーケットは金融政策の正常化の布石だと受け止めて前のめりに動き始めるだろう。その結果、2%の物価目標の達成を難しくするリスクがある。あとひと粘りが足りなかったと言われるような後悔だけはしたくないという思いがあるはずで今回は修正はないとみている」

物価の先行きをどうみる?

今年5月の講演で植田総裁は、世界的なインフレの経験を経て人々の物価観が変化し、「新しい常態」(ニュー・ノーマル)に移行しているという可能性も否定できないと述べています。

ただ、ポルトガルのシンポジウムが開かれた6月28日、植田総裁は「基調的な物価上昇率は、目標としている2%をやや下回っている」と述べ、金融緩和を続ける方針を示しました。

このときには「物価が上昇する合理的な確信が持てれば、政策変更の十分な理由になる」とも発言しています。

そして21日に発表された6月の消費者物価指数は、食料品や電気代などの値上がりによって3.3%の上昇。5月と比べると0.1ポイント高くなりました。

「拙速な引き締め」によって、2%の物価目標が実現できなくなるリスクを何度も語ってきた植田総裁。

今月27日、28日の決定会合までに「物価が上昇する合理的な確信」が醸成されていくのか、それとも辛抱して粘り強く金融緩和を続ける姿勢を続けるのか。

その判断に市場の大きな注目が集まっています。

注目予定

来週は日米欧の中銀ウィークです。

今回取り上げた日銀以外にも、アメリカの中央銀行に当たるFRBとヨーロッパ中央銀行が金融政策を決める会合を開きますが、市場関係者は利上げに踏み切ると見ています。

ただ、アメリカでは6月の消費者物価の伸び率が市場予想を下回っただけに、FRBのパウエル議長が記者会見で今後の物価や金融政策の先行きについて、どのように語るのか注目されます。

また、国内企業の四半期決算の発表も来週後半から本格化します。