特捜部 地元議員に不起訴示唆の録音データ 河井元法相買収事件

河井克行元法務大臣の実刑が確定した参議院選挙をめぐる大規模買収事件で、東京地検特捜部の検事が元大臣から現金を受け取ったとして任意で取り調べた地元議員に対し、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとりを記録した録音データがあることが弁護側などへの取材でわかりました。最高検察庁は、当時の取り調べに問題がなかったか調査することにしています。

4年前の参議院選挙をめぐる買収事件で、当時現職だった元広島市議会議員は、河井克行元法務大臣から現金30万円を受け取ったとして公職選挙法違反の罪で略式命令を受けましたが、それを不服として正式な裁判を請求し、今月27日に初公判が開かれる予定です。

元市議は当初「受け取ったものが現金だという認識はなかった」などと否認していましたが、弁護側などによりますと、東京地検特捜部の検事が任意の取り調べの際に「議員を続けていただきたいので否認というふうにしたくない」などと不起訴にすることを示唆するような発言をしたうえ、現金が買収目的だったと認めるよう促していたことが、元市議が録音したデータからわかったということです。

また検事は「なんとか処分を不起訴であったりなるべく軽い処分に」などと発言したとしています。

検察は当初、買収目的で現金を受け取ったと認めた元市議の供述調書を証拠として請求する方針を示していました。

これに対し弁護側がこの録音データをもとに任意性や信用性を争う方針を示したあと、検察はこの調書の証拠請求を取りやめたということです。

一連の裁判では、ほかの複数の議員や元議員も「取り調べの中で不起訴を示唆された」などと主張しています。

最高検も録音データの内容を把握していて、当時の取り調べに問題がなかったか調査することにしています。

最高検察庁がコメント「適切に対応する」

最高検察庁は「公判の推移を踏まえつつ、適切に対応する」とコメントしています。

元市議の弁護士「違法な利益誘導あった」無罪主張する考え

この問題で、任意の取り調べのやりとりを録音していた木戸経康元広島市議会議員の弁護を担当する田上剛弁護士が、広島市内で記者会見を開きました。

この中で田上弁護士は、元市議が3年前の3月から6月にかけて東京地検特捜部の検事から9回にわたって任意の取り調べを受けた際、そのうちの数回分のやりとりを録音していたことを明らかにしました。

弁護士によりますと、録音データには「できたら議員を続けていただきたい。そのレールに乗ってもらいたい」、「議員を続けていただきたいので、否認というふうにしたくない」「なんとか処分を不起訴であったり、なるべく軽い処分に」といった特捜部の検事の発言が記録されていて、河井元大臣から受け取った現金が買収目的だったと認めるよう促すやりとりだったということです。

また、元市議は、河井元大臣の裁判には証人として出廷し、受け取った現金の趣旨について「選挙応援の意味があると思った」などと証言していましたが、裁判の前に検事と尋問でのやりとりについて確認した際の音声も残っていたということです。

これについて田上弁護士は、「大前提として取り調べの段階から『協力すれば悪くしない』『不起訴にする』という趣旨だった」と述べて、検察にとって有利な証言を促すやりとりがあったと主張しました。

田上弁護士は、「違法な利益誘導があった。特捜部の捜査はストーリーありきで犯人を決めつけたもので、無理な供述を取っているのではないか」と批判し、来週始まる元市議の裁判では無罪を主張する考えを示しました。

録音データ 詳細

元広島市議会議員の弁護士が明らかにした取り調べのやりとりを記録した録音データの詳細です。

録音データは3年前の2020年3月から6月にかけてあわせて9回行われた東京地検特捜部の検事による任意の取り調べが中心で、およそ7時間分あります。

4月には元市議が河井元大臣から受け取った紙袋の認識について、「お金なのかどうかもわからなかった」と説明したのに対し、検事が「議員を続けていただきたいので、否認というふうにしたくない」とか「できたら議員を続けていただきたい。そのレールに乗ってもらいたい」などと発言する内容が記録されていたということです。

また、元市議が「これ、罰金とかいうこともあり得るのか」と尋ねると、検事は「理論上はありますよ。ただ、そうじゃないほうがご希望というか、私たちもそうなんで。極力そういうふうになるように事実を話して、反省している内容の書類にしたい」と告げたうえで公職選挙法違反を認める内容の調書を作成し、元市議が署名したということです。

その後、元市議が元大臣から現金を受け取った時の状況について、「その時はもう、何も考える暇がないくらい急いでいた」と買収の趣旨を否定したところ、検事は「何も考えてなかったという話は通用しない。全面的に認めて反省していることを出してもらって、それでいい話になって、何とか処分を不起訴であったり、なるべく軽い処分にというふうにしたいと思っています」などと発言していたということです。

元刑事裁判官「取り調べに外部の監視必要との議論になるのでは」

元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は「いまだにこのような取り調べを行っていたということはかなり驚きだ。いわば『司法取引』で、本来、対象ではない事件で『闇』でやったことになり、許されない」と批判しました。

このような手法によって供述調書が作られた場合の影響について、水野教授は「虚偽やうそを誘発するおそれが非常に高く、誤った事実が裁判に出てくる危険性がある」と指摘したうえで「このような例が実際にあるということになれば、さまざまな事件で調書をどこまで信用するかという点に変化が生まれ、捜査機関に対して厳しく見るようになる」と話しています。

そのうえで「『捜査機関の代表』のような東京地検特捜部でも、いまだに前時代的な取り調べが行われていたことのインパクトはかなり大きい。村木厚子さんが無罪になったえん罪事件を契機として取り調べの可視化が進んだが、適正化は捜査機関の努力だけでは限界がある。取り調べに弁護士が立ち会うなど、外部からの監視の目を入れる必要があるという方向に議論が進んでいくのではないか」と話しています。

齋藤法相「検察において適切に対処 見守る」

齋藤法務大臣は閣議のあとの記者会見で「一般論として、取り調べにおいて任意性を失わせるような利益誘導は断じてあってはならない」と述べました。

その上で「個別の係争中の話なので私がコメントすることは差し控えるべきだと思っているが、まずは検察において適切に対処されることを見守っていきたい」と述べました。

松野官房長官「コメント控える」

松野官房長官は閣議のあとの記者会見で「報道は承知しているが現在、公判継続中の個別事件に関わる事柄でありコメントは差し控えたい」と述べました。

被告の元広島市議とは

被告の元広島市議会議員は、4年前の4月、河井克行元法務大臣から妻の案里氏を当選させるための選挙運動への報酬と知りながら現金30万円を受け取ったとして、公職選挙法違反の罪に問われています。

元市議は、おととし7月に東京地検特捜部が起訴猶予としたあと、検察審査会の議決を受けた再捜査の結果略式起訴され、去年3月に、裁判所から罰金の略式命令を受けましたが、内容を不服として正式な裁判を申し立てていて、来週初公判が開かれる予定です。

河井元大臣らによる大規模買収事件をめぐっては、地元議員や元議員ら12人が在宅起訴されたり略式命令を不服として正式な裁判を申し立てたりしています。

これまでに5人に1審の判決が言い渡されいずれも有罪で、このうち2人は控訴せず確定しています。

複数の議員ら「取り調べで不起訴示唆された」などと主張

一連の裁判では、ほかの複数の議員や元議員も「取り調べの中で不起訴を示唆された」などと主張しています。

このうち、今回とは別の元広島市議やその弁護士は、裁判で「検事から『地方議員を追い込むことが目的ではない』とか『起訴しないという約束をメディアやほかの議員に漏らしてもらっては困る』などと言われて捜査協力を依頼された。違法な司法取引が大規模かつ組織的に行われていて、違法性が強い捜査が行われた」と主張しています。

また、現職の広島市議やその弁護士は「検事の取り調べで、『巨悪を裁くために協力してほしい』、『先生は辞任する必要は全くなく、河井だけをやりたい』などと言われ、処罰対象ではない旨のことばを申し向けて捜査協力を依頼された」と主張しています。

さらに、別の元広島市議やその弁護士も「検事から『この取り調べは河井氏を挙げるためで、あなたには迷惑をかけないから協力してほしい』と依頼された」と主張しています。

河井元法相 買収事件の経緯

河井克行元法務大臣は、妻の案里元議員が初当選した4年前の参議院選挙をめぐり、広島の地元議員など100人におよそ2900万円を配ったとして公職選挙法違反の買収の罪に問われ、実刑判決が確定しました。

判決は100人への現金提供をすべて買収だったと認定しましたが、東京地検特捜部は、おととし7月、衆議院議員として政治的な影響力のあった元大臣側から一方的に現金を渡されたケースが多いことなどを考慮したとして、全員を不起訴にしました。

買収事件で現金を受け取った側全員の刑事責任を問わないのは、異例の判断でした。

これに対し、東京の検察審査会は、去年1月、現金10万円から300万円を受け取ったとされた35人について、「起訴すべきだ」と議決しました。

これを受けて検察当局が再捜査した結果、去年3月、広島地方検察庁は一転して、このうち9人を在宅起訴し、任意の取り調べの様子を録音していた元広島市議会議員を含む25人を略式起訴しました。