AIが人の感情を推測するって?

AIが人の感情を推測するって?
みなさん、「相手の感情が分かったらいいな」と思ったことはありませんか?

いま、人の感情をAIで推測し、ビジネスに生かそうという動きが始まっています。

自分しか分からないはずの“気持ち”を分析されるって、なんかちょっと怖い?でも、もしかしたら自分の気分にあった商品やサービスに結びつく?その最前線を取材しました。

(経済部 山根力、河原昂平、報道局 長野幸代)

自販機が飲む人の感情を分析!?

最初に訪ねたのは、東京都内にある電機メーカーのオフィスです。

一見、普通の飲み物の自動販売機ですが、脇にタブレットが取り付けられています。
タブレットの前に立って、画面上のスタートボタンを押すと、AIが顔の筋肉のわずかな動きを解析。その人の感情を「悲しみ」「うれしい」「心配事あり」など9種類に分類します。

推測した感情に応じてメッセージが表示され、おすすめの飲み物を提案する仕組みです。
記者が実際にやってみると、「落ち込んでいませんか?」と表示され、りんごジュースや乳酸菌飲料などをおすすめされました。

「悲しみ」に分類されたようで、意識はしていませんでしたが、元気がなかったのかもしれません。

飲料メーカーがこうした技術を活用する狙いはどこにあるのでしょうか?
伊藤園 マーケティング本部 矢野弘子さん
「お客様の気分を可視化して、それにあわせて提案するところが大きなポイントです。気持ちの数値化によって、コミュニケーションのきっかけになりますし、今まで知らなかった商品を知っていただく機会にもなります」
この技術は、NECとAI開発などを手がけるイスラエルのSOLOが共同で開発しました。

開発企業は、この技術が職場の改善などにも役立てられるのではないかと話しています。
NEC エンタープライズ企画統括部 平田健二さん
「個人を特定しない形で雰囲気を見える化することは、よりよいオフィス環境を整えるためにも活用できると思います。ただ、顔を撮られることに抵抗がある方たちをどうケアしていくかというところに、この技術を広げていくためにも注力しなければならないと考えています」

ライダーの感情も見える化

感情を推測する技術を、安全に結びつけようという取り組みも始まっています。

大手バイクメーカーのヤマハ発動機が開発を進めているのが、ライダーの感情をスマートフォンのアプリ上に表示するサービスです。
使い方は簡単です。ベルト型の小型センサーを胸の付近に巻きつけて、専用のアプリを搭載したスマートフォンと近距離の無線通信で接続するだけ。

心臓が鼓動を打つ際に発する微弱な電気の変化を、5秒ごとにセンサーが読み取り、AIが解析してライダーの感情を推測します。

実際に使ってみると

この日、東京都内で開発中のセンサーとアプリを使って、実際の使い方を見せてもらいました。

バイク歴40年のベテランライダーに、千代田区丸の内のオフィス街から、海の見える江東区豊洲までの往復10キロほどの距離を走行してもらいました。
このサービスでは、推測した感情を「緊張」「イライラ」「退屈」といったネガティブなものや、「感動」「喜び」「安心」といったポジティブなものなど9つに分類し、アプリ上で色で表示します。

実際に走行したルートの地図上にも、その時々の感情の色の点が表示されます。

走行後に確認したところ、交通量が多く信号による停止も多いオフィス街では、「緊張」や「イライラ」を示す赤や黄色の点が表示されています。
一方、交通量が多い道を抜けた海が見える場所では、「感動」や「喜び」を示す青や緑色に変わっていました。

実際にライダーに確認したところ、「厳しい暑さのなかでの走行だったが、海が見えて風を感じると確かに爽快さを感じた」と話していました。

狙いは“楽しさ”と“安全”

いったいこのサービスはどう役立つのでしょうか?開発のプロジェクトリーダーを務める井上真一さんは、その狙いを“楽しさ”と“安全”だと言います。
ヤマハ発動機 井上真一さん
「バイクの爽快感や開放感といった自分の気持ちを、ルートに記録出来るとおもしろいのでは、というところからスタートしました。『あのときにツーリングですごく楽しかった』とか、『すごく雨に降られて緊張した』とか、走った記憶を呼び起こすことで、バイクとライダーの関係が深まっていくし、『次からは緊張する道は避けよう』という使い方も出来る」
会社ではAIの精度を向上させるなど、さらなる開発を進め、来年の実用化を目指しています。

どこまで広がる感情分析

こうした感情を推測する技術は、「感情分析技術」とも呼ばれ、ビジネスのさまざまな分野で開発が進んでいます。

なぜ、いま、開発が進んでいるのか?

三菱総合研究所先進技術センターの新田英之主席研究員によると、
▽画像解析技術が進展し、表情がより細かく読み取れるようになったこと
▽ウェアラブル端末の普及で、脈拍などのデータを取得しやすくなったことなどが、感情分析技術の進展につながっているということです。
三菱総合研究所 先進技術センター 新田英之 主席研究員
「人の購買意欲は主に感情に左右されるので、感情分析技術はマーケティングの分野で高いニーズがありました。最近、技術が進展してきたことで、まだ推定のレベルではありますが、各社が感情分析AIの開発を始めているという背景があります」
新田さんは、今後もさまざまな分野で感情分析技術の導入は進むとみていますが、一方で心の内面につながる技術なだけに、プライバシーへの配慮が欠かせないと話しています。
新田英之 主席研究員
「プライバシーと利便性のバランスを意識することが重要です。『知って欲しい感情』と『知られたくない感情』があり、どういう情報なら誰にどこまで共有していいか、自分の中で判断基準をしっかり持っておくことも大切です」
表情や脈拍などの変化から、AIが感情を推測するこの技術。

自分が気付かない、わずかな心の変化をAIに教えてもらう、そんな時代が来るかもしれません。
経済部記者
山根 力
2007年入局
自動車業界を担当
経済部記者
河原 昂平
2023年入局
岡山県出身。初めて東京に住んでいます
報道局記者
長野幸代
2011年入局
岐阜局、鹿児島局、経済部を経て現所属