芥川賞 市川沙央さんに単独インタビュー 受賞決定作への思いは

第169回の芥川賞に選ばれた市川沙央さん(43)。自身と同じ重い障害がある女性を主人公に描いた作品「ハンチバック」は選考委員から圧倒的な支持を受けました。「ハンチバック」とは、背骨が弓のように大きく曲がっていること、またそうした人のことを言います。受賞者会見を終えた市川さんに、作品への思いなどを単独インタビューで聞くと「当事者としての“ことば”を小説に刻みつけていくことは大事だ」と力強く語りました。

“書きたいものを書いた 認めてもらえたことはとてもうれしい ”

受賞が決まった後、記者会見には「ハンチバック」の単行本の表紙に合わせ、オレンジ色のドレスで登壇した市川さん。

まず「我に天ゆう(天の助け)ありと感じています」と感慨深く話していました。そして、インタビューでも改めて心境を尋ねると「あまり受賞の実感はないです。でも大変ほっとしています。私の書きたいものを書いたので、それが認めてもらえたことはとてもうれしく思っています。この作品が代表作になるなら、私の自信になるだろうと思います」。

健常者の暮らしに向けた皮肉などをユーモラスに表現

・「この半年、『文學界』新人賞の最終候補に残ったときから感情が無くて、今ならすご腕のスパイになれると思っています」
・「(記者会見を中継する動画サイトを)いつも見ています。きょうも本当は実名で書き込みながら何て言おうかと思っていました」

記者会見ではユーモアあふれる発言も印象的だった市川さん。神奈川県在住で、10歳のころ難病の一つ、筋疾患の「先天性ミオパチー」と診断されました。14歳から人工呼吸器を使い始め、移動には電動車いすを使用し、タブレット端末を使って執筆しています。

「健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた」(ハンチバックより)

「ハンチバック」では、背骨が曲がり医療機器に頼らざるをえない主人公が、健常者の暮らしに向けた辛辣(しんらつ)な皮肉などをユーモラスに表現しています。

自身の経験が作品に盛り込まれているのは30%ほどとしながらも、作品にあふれる当事者としての市川さんの力強いことばは、選考委員にも強い印象を残しました。選考委員の平野啓一郎さんは「健常者であれば日常的に行っている行為に対して、健常者中心主義的な考えがあることについてはドキッとさせられた。今後の作品にも期待する声が多かった」とコメントしています。

市川さんは「私は当事者を代表はできないですけれども、当事者表象がいろんな形で増えることは必要だと思っています。1つの例として、私のことばを小説に刻みつけていくことは大事だと思います。私も含めて障害者は社会の一員ですから、障害者を含めた社会はよくなっていってもらいたいと思っています。そのヒントになればいいと思います」

芥川賞に選ばれ、今後どのような作品を書いていきたいのか。改めて、市川さんに聞きました。

「文學界の新人賞をとったあとに、次の作品として考えたものがあって、それが途中でやめちゃったのですが、寝たきりの女の子とAIのついた介護ベッドの話でした。もうちょっと練って改めて取り組みたいと思っています」。

そのうえで、いろんな視点でいろんな角度から書いていきたいと、今後について語りました。

「現時点で望みうる最高のことに到達できたので、あまり逆にプレッシャーを感じないで済むのではないかと思います。これから自由に書いていきたい。今、分断の時代だと思うので、あまり極端な意見に固定されないような、いろんな反射ができるようなものを書きたいです」

取材後記

淡々とした口調ながらも、自身の強い思いを語る姿が印象的だった市川さん。

芥川賞と直木賞の選考結果は、午後6時から6時半ごろに発表されることが多いのですが、今回は午後5時45分ごろでした。それだけ高い評価を受けての受賞だったことがうかがえます。

そして市川さんが強く訴えるのが、読書環境の整備がまだまだ進んでいないということでした。

作品の中にも盛り込まれていますが、活字を読んだり、本を持ってページをめくったり、書店に買いに行ったりするなど、障害がある人たちにとって、読書へのハードルはいまだ高い現状があるといいます。書籍の電子化など「読書バリアフリー」に向けた取り組みを進めてほしいと指摘します。

このほかにも芥川賞の長い歴史の中で、重い障害のある当事者の作家がいなかったのではないかなど、市川さんのことばに触れ、ハッとさせられたことが多かったと感じます。

今後の作品に注目するとともに、誰もが読みたい本を読める環境をどのように作っていけばよいのか、いま一度考えていきたいと思います。