JAL社長は語る「“空飛ぶクルマ”は未来の乗り物じゃない」

JAL社長は語る「“空飛ぶクルマ”は未来の乗り物じゃない」
「“空飛ぶクルマ”は未来の乗り物じゃない。あすの乗り物ですよ」

そう語るのは、JAL=日本航空の経営トップ、赤坂祐二社長だ。会社ではいま、空飛ぶクルマの実用化に向けた取り組みを進めているという。

新型コロナウイルスの猛威が世界を席けんした2020年。世界中から航空需要は消失し、ターミナルから人影が消え去った。

あれから3年。ビジネスを取り巻く環境はどう変わったのか。そして新たに何に取り組もうとしているのか。赤坂社長に聞いた。
(経済部 三好朋花記者)

コロナ禍を経た需要の変化は

日本航空の赤坂祐二社長。

大学院で航空工学を学び、1987年に入社。30年にわたって“整備畑”としてキャリアを重ね、2018年社長に就任した。

航空需要が蒸発したかのようなコロナ禍の長いトンネルを抜けたことし。この夏の国際線の需要は、コロナ禍前の70%ほどまで回復。

国内線は、好調な観光需要を背景にコロナ禍前の水準に回復した。

ビジネスを取り巻く環境は、コロナ禍を経てどう変わったのか。赤坂社長が語ったのは、コロナ禍で定着した新しい働き方がもたらすビジネス需要の変化だ。
赤坂社長
「日本人のビジネス需要はコロナ前に戻りきっていない。コロナ前比で国内7割、海外5割。リモートワークやweb会議で十分ビジネスをやっていけるという実績が定着してしまった。これはもう、やむをえない。この状況が今後も続くという前提で私も経営を考えていかなければならないと思っています」

外国人観光客は新幹線?

戻らないビジネス需要に代わる柱として、赤坂社長が着目しているのが訪日外国人による“インバウンド需要”と“地方路線”だ。

6月の訪日外国人は推計で207万人。

ことし1月からの半年間でも1071万人と、2019年以来4年ぶりに1000万人の大台を超えた。
コロナ前の観光需要をけん引してきたインバウンドだが、意外なことに、赤坂社長は、その恩恵を十分に取り込み切れていなかったという思いがあるという。
赤坂社長
「外国人観光客で飛行機で地方に行くという人は、実はそんなに多くないんです。新幹線がすごい人気があって、『日本に行ったら新幹線に乗りたい』『新幹線に乗って京都に行きたい』という人はすごく多いんですけど、飛行機で北海道や沖縄に行くかというと、そんなに多くはない。もっと地方に飛行機を使って行っていただく需要をつくっていけば、ビジネス需要が多少減った分は十分補えると思う」

地方をつなぐ“空飛ぶクルマ”

一方、新たなビジネスにも挑もうとしている。

赤坂社長が期待をかけるのが“空飛ぶクルマ”だ。

日本航空は2年後に開催される大阪・関西万博で、ドイツのメーカーの機体を使用して、空飛ぶクルマの商用運行を目指している。

この空飛ぶクルマ、いったいどういうものなのか。
国によると、“空飛ぶクルマ”の法律上の定義はないが、電動化や自動化の技術を活用したり、垂直離着陸を行ったりする、利用しやすく持続可能な次世代の空の移動手段をこう呼び、導入拡大に向けた検討を進めているという。

日本航空が使用する予定の機体の大きさは、高さ2.5メートル、全長は11メートル余り。2人乗りで、最高速度は時速110キロ。

離発着は垂直に行うことができ、航空機のような長い滑走路は必要ないのも大きな特徴だ。

またヘリコプターに比べると、比較的騒音が抑えられるほか、電動で動くため、二酸化炭素の排出量を大幅に減らせる利点もあるという。

赤坂社長は、この空飛ぶクルマこそが、北海道の山間部や、九州・沖縄の離島などで威力を発揮すると話す。
赤坂社長
「地方に行くと陸路で行きづらい山間部や、離島だったり、あるいは迂回をしなければいけないといった、移動の制約を受けるところがたくさんあるわけです。しかし、空飛ぶクルマは滑走路のいらない垂直離着陸ができる、新しい技術です。その身軽さをうまく使えば、交通手段の制約を受ける地域でも自由自在に移動できる。地方における移動の制約が排除されれば、観光やビジネスの可能性が広がってくるんです」
将来的には、航空機を補完する交通手段になっていくという空飛ぶクルマ。

活用の場は、観光やビジネスだけでなく、災害時の緊急での使用や、ドクターヘリの代替としての使用などにも広がるのではないかとみている。
赤坂社長
「空飛ぶクルマは、将来の技術、未来の乗り物じゃないですよ。もうあすの技術、あすの乗り物です。万博のあと間髪入れずに商用化にいきたい」
こう語った赤坂社長。空飛ぶ車の事業化に向け、スピード感をもって対応していく考えだ。

しかし、ほんとんどなじみがない乗り物を、どうやって世の中に浸透させていくのか。

最も重要なのは、社会に対して安全性を十分に示していくことだという。
赤坂社長
「一番大事なのは社会にどうやって受け入れてもらえるか。その最大の要素は安全性をきちんと立証することです。われわれは長い間築いてきたいろんな安全のノウハウを持っていますから、それを空飛ぶクルマにできるかぎり注入し、安全な乗り物だということを認めてもらえるよう、今回の万博では強調したいと思います」

待ったなしの課題 “脱炭素”への危機感

新たな事業への意欲を示す一方、業界全体で待ったなしの対応を迫られているのが、脱炭素への取り組みだ。

航空機は自動車と違って電動化や水素燃料への転換が難しい。

「2050年の温室効果ガスの排出量実質ゼロ」を目指し各業界で取り組みが進むなか、航空業界として目標達成に不可欠とされるのが、植物や廃油を原料として作る次世代燃料「SAF」だ。
SAFをめぐっては、ヨーロッパなど海外が先んじる形で規制を強化。

燃料の一定割合をSAFにする数値目標に動いている国も多く、世界的に獲得競争が激しくなっている。

このため、国産化の取り組みに力を入れ、SAFの安定供給につなげる考えだ。
赤坂社長
「何としても国産のSAFのサプライチェーンを作りたい。日本で今後、SAFが積める空港と積めない空港が出てくれば、SAFが積めない空港は、自分たちの飛行機が飛ばせないだけでなく、海外の飛行機が飛んでこない、避けられるということになってしまう。日本の空港でSAFを搭載できないのは、かなり致命的な話になるという危機感があります。日本は航空大国ですから、自分たちできちんと生産をすることが非常に大事です」
島国日本にとって飛行機は切っても切り離せないインフラだ。

一方で、コロナ禍を経て人々の生活や働き方は変化し、交通のニーズも大きく変わった。

新たな需要を切り開きながら、航空業界の脱炭素などの課題にも取り組んでいく。

こうした局面を会社がどう乗り越え、業界をけん引していくのか。引き続き注目したい。
経済部記者
三好朋花
2017年入局
名古屋局から経済部
国土交通省担当