ロシア ウクライナ産農産物 輸出合意の履行停止 批判相次ぐ

ロシア政府は、ウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意の履行停止を発表し、ロシア産の農産物などの輸出が実現されないかぎりは、合意に復帰することはないと強調しました。これに対し、国連のグテーレス事務総長が「困窮しているすべての人たちに打撃を与える」と述べるなど、世界的な食料危機への懸念が高まっています。

ウクライナ産の農産物の輸出をめぐるロシアとウクライナの合意について、合意の延長期限となっていた17日、ロシア大統領府のペスコフ報道官は「合意の履行を停止した」と発表しました。

また、ロシア外務省は「約束や保証ではなく、具体的な結果を得られた場合のみ、ロシアは合意の再開を検討する用意がある」としていて、滞っていると主張するロシア産の農産物などの輸出が実現されないかぎりは、ウクライナ産の農産物をめぐる合意に復帰することはないと強調しています。

これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアは明らかに政治的な問題を解決するため圧力をかけている」と強く非難しました。

また、仲介役を担ってきたトルコのエルドアン大統領は「合意の延長に向けた外交努力を続けている。プーチン大統領と電話で話す」などと述べ、ロシアへの働きかけを続ける考えを強調したほか、同じく仲介にあたる国連のグテーレス事務総長は「深く失望している。ロシアの決定は、困窮しているすべての人たちに打撃を与えるだろう」と述べるなど、世界的な食料危機への懸念が高まっています。

ゼレンスキー大統領「ロシア抜きでも合意継続を」

ウクライナのゼレンスキー大統領は17日に公開した動画で「この合意を受けて、これまでおよそ3300万トンの農産物が45か国に輸出された。その60%はアフリカとアジアの国々に届いている」と述べ、合意の意義を強調するとともに、農産物がアフリカ諸国などには届いていないとするロシア側の主張に反論しました。

また、ゼレンスキー大統領は合意について「ロシア抜きでも続けることはできるし、そうすべきだ」と述べました。

そのうえで、トルコのエルドアン大統領と国連のグテーレス事務総長に書簡を送ったことを明らかにし「トルコと国連、それにウクライナの3者で似たようなものか、いまの合意を継続することを提案した」と述べ、ウクライナ産農産物の輸出継続に向けて仲介役のトルコや国連と連携していく考えを示しました。

ウクライナの小麦農家 ロシアを非難「もう言葉もない」

ロシアが合意の履行停止を発表したことについて、ウクライナの小麦農家からは、ロシアを非難するとともに、世界の穀物価格が上昇するなど影響を懸念する声が聞かれました。

キーウ州南部の農家、バシル・ソローカさんが、所有しているおよそ700ヘクタールの小麦の畑では、収穫期を迎えています。

ソローカさんは、ロシアがウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意の履行停止を発表したことについて「これがロシアのやり方であり、もう言葉もない」と非難しました。

また、ウクライナでは、ロシアによる軍事侵攻以降、輸出が停滞したことなどで、小麦の買い取り価格が大きく下がり、収入も減ったということでソローカさんは「プーチン大統領は政治的な交渉を目的に穀物合意を止め、ウクライナに危害をもたらそうとしている。とても不愉快だ」と述べ、今後、農家などにさらなる影響が出ることを不安視していました。

その上で「ウクライナの小麦がなければ、世界の穀物価格が上昇し、アフリカなどの国々に悪影響を及ぼすことは明らかだ。世界の国々は懸念を表明するだけでなく、具体的な行動を起こすべきだ」と述べ、国際社会にはロシアに対して、断固たる対応を取ってほしいと訴えていました。

EU委員長「ロシアの身勝手な行動だ」

ロシア大統領府の発表についてEU=ヨーロッパ連合のフォンデアライエン委員長はツイッターに投稿し「ロシアの身勝手な行動だ」と述べて強く非難しました。

その上で「世界の弱い立場の人たちの食料安全保障のためEUは対応している」としてウクライナ産の農産物をEU域内の港から輸出するという支援の取り組みを続ける考えを強調しました。

米 ブリンケン国務長官「許しがたい、あってはならない」

アメリカのブリンケン国務長官は17日、記者会見で「ロシアがウクライナとの戦争で、食料を武器として利用したために食料を切実に必要としているところでの入手がより困難になるだろう。許しがたいことであり、あってはならないことだ」と述べ、ロシアを強く非難しました。その上で、ロシアに対し速やかに合意に復帰するよう求めました。

また、ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官は記者会見で、「われわれは引き続きウクライナがほかのルートを含め、穀物を必要としている市場に届ける取り組みを支援する」と述べ、同盟国などとともに取り組んでいくと強調しました。

一方、ロシアが欧米側の制裁措置によって農産物の輸出が滞っていると主張していることについて、「ロシアの食料や肥料は制裁対象ではない」と述べ反論するとともに、これまでどおりロシアの農産物の輸出を制限することなどはしないとしています。

エジプト市民 「パンが買えなくなる」

ウクライナなどから多くの農産物を輸入している中東のエジプトでは、今後、パンなどの価格がさらに高騰するのではないかと懸念の声が上がっています。

エジプトは、主食のパンの原料となる小麦を世界で最も多く輸入していて、その大半をロシアとウクライナからの輸入に頼ってきました。

ロシアによるウクライナ侵攻によって小麦の輸入が滞るなか、エジプトではほかの地域から輸入を増やそうと努めていますが、国内消費に追いつかず、一部の商店では、パンの価格が侵攻前と比べ、5倍以上に跳ね上がっています。

首都カイロの市場で買い物をしていた市民からは今後、パンなどの価格がさらに高騰するのではないかと懸念の声が上がっています。

市場で買い物をしていた男性は「エジプト人にとって、パンは水と同じで生活に不可欠なものだ。これ以上値上がりしたら、パンが買えなくなる。遠い国の戦争で私の生活も厳しくなっている」と話していました。

また、別の女性は「すべての商品が値上がりしていて、生活ができない。元の生活に戻るためにも早く戦争が終わってほしい」と話していました。

アメリカ農務省 “ロシアの小麦輸出量はむしろ増加”

ロシアは、欧米側の制裁によって農産物の輸出が滞っていると主張していますが、アメリカ農務省は、ロシアの小麦の輸出量はむしろ増加しているとする報告書を発表しています。

アメリカ農務省がことし5月にまとめた報告書によりますと、輸出先の国からのデータなどをもとに調べたところ、去年からことしにかけての1年間ではロシアの小麦の輸出量は、前の年に比べて36%増えて4500万トンとなり、過去最多を記録することが予想されるとしています。

輸出先としてはトルコやエジプト、イラン、サウジアラビアのほか、スーダンやアルジェリアといった中東やアフリカの国々が上位を占めているということです。

さらに、ロシアが主導する「ユーラシア経済同盟」の加盟国にも陸上輸送で小麦が輸出され、なかでもカザフスタンへの輸出量が多いということです。

一方、ロシアのインターファクス通信は、6月、ロシアのパトルシェフ農業相が「ことしの農産物の輸出額はおよそ15%から20%、前の同じ時期を上回っている」と述べたと伝えています。

国営のタス通信も今月7日、パトルシェフ農業相の話として「今月から来年6月にかけての1年間で、最大で5500万トンの穀物を輸出する計画だ」という見通しを伝え輸出先としては、ロシアに友好的な国が9割近くを占めるとしています。

小麦の先物価格 乱高下も

シカゴ商品取引所では小麦の供給が滞るとの見方から、国際的な小麦の先物価格が一時、大きく上昇しました。その後は急落し、乱高下しています。

17日のシカゴ商品取引所では、ロシア政府の発表を受けて国際的な取り引きの指標となる小麦の先物価格が一時、大きく上昇し、先週末の終値と比べた上昇率は7%を超えました。

ロシア政府が、ウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意の履行停止を発表したことを受けて世界有数の小麦の輸出国、ウクライナからの供給が滞るとの見方が出たことが主な要因です。

その後、小麦の先物価格は、発表前を下回る水準まで急落するなど、ロシアによる今回の発表がウクライナ産の小麦の輸出にどのような影響を及ぼすかさまざまな見方が交錯し、乱高下しています。

ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」とも言われ、FAO=国連食糧農業機関によりますと、2021年の小麦の輸出量は世界第5位となっています。

市場関係者は「ロシアによる合意の履行停止の影響に加え、世界的な気温の上昇が、小麦の収穫に影響して需給が引き締まることも懸念されて小麦の先物価格は上昇しやすい状況にあり、先行きは不透明だ」と話しています。

世界の食料事情に詳しい専門家の分析は

世界の食料事情に詳しい資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は、ロシアが合意の履行停止を発表したことについて「ウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意は、飢餓問題が深刻な中東や北アフリカ向けの輸出を増やすねらいがあったが、実際はウクライナからヨーロッパ向けの小麦の輸出が増えている。ロシアから見れば、自国産の穀物や化学肥料を思うように輸出できないなか、貧しい国に行き渡っていないという不満があったのではないか」と分析しています。

また、世界の食料供給への影響については「世界の小麦の貿易量は年間2億トン余りで、このうち9400万トンを中東や北アフリカ諸国などが輸入している。輸入先の大半はウクライナやロシアなので、ウクライナからの輸入が滞ることになれば、再び価格が高騰し、食料事情がさらに悪化する可能性がある」と懸念を示しました。

日本への影響についても「日本の主な輸入先であるアメリカやカナダはいま、中西部で干ばつの傾向にあり、影響が懸念されている。国際的な穀物の取引価格の上昇も重なれば、輸入価格に影響していくことが考えられる」と指摘しました。

その上で、日本が取るべき対応については「日本は基本的に海外からの調達に依存しすぎて農業の生産基盤が弱体化している。国内生産の強化や備蓄の拡大などを進めていくべきだ」と話しています。

松野官房長官「ロシアの決定は極めて遺憾」

松野官房長官は、閣議のあとの記者会見で「ロシアの決定は極めて遺憾だ。決定が世界の食料供給にもたらす影響を懸念しており、状況を注視していく」と述べました。

そのうえで「世界の食料安全保障を確保していくため、G7=主要7か国をはじめとする国際社会と連携しながら、ロシアが合意に基づく穀物輸出の枠組みに復帰し、再開されるよう強く求めていく」と述べました。

林外相「負の影響はロシアが最終的な責任負うことに」

林外務大臣は閣議のあとの記者会見で「極めて遺憾で、非難する。ロシアの決定がもたらす負の影響は、ロシアが最終的な責任を負うことになる」と述べました。

そのうえで「国際的な枠組みを継続するため精力的に取り組んできた国連やトルコの努力を評価している。引き続き両者の取り組みを注視し、後押ししていきたい。ロシアが国際的な枠組みに復帰し、ウクライナからの穀物輸出が再開されるように強く求めていく」と述べました。

野村農相「穀物の国際価格や食料供給への影響 懸念」

野村農林水産大臣は閣議のあとの記者会見で「日本は小麦の多くをアメリカやカナダから輸入している。このためわが国の穀物の供給量に直ちに支障が生じる状況にはない」と述べました。

そのうえで「ウクライナ産の農産物の輸出をめぐる合意は、世界の食料市場の価格低下と安定化に大きく貢献しており、今回の履行停止により小麦やトウモロコシなど穀物の国際価格や世界の食料供給への影響が懸念される。引き続き、緊張感を持って対応していきたい」などと述べ、今後の状況を注視する考えを示しました。