人生初の“通学”、新たな“夢” 全国で開校相次ぐ夜間中学

人生初の“通学”、新たな“夢” 全国で開校相次ぐ夜間中学
90万人。

これは、最新の国勢調査で「義務教育の中学校まで卒業していない」とした人の数です。

不登校をはじめ、さまざまな理由で義務教育を十分に受けられなかったという人は少なくありません。

そうした人たちのために“学び”を保障する場となるのが「夜間中学」。

近年、全国で相次いで開校しています。

なぜいま?

取材を進めると、学びの場を求めている人たちのさまざまな事情が見えてきました。

人生初めての“通学”を経験し、新たな“夢”を持って学びつづける、1人の女性の姿を追いました。
(津放送局記者 伊藤憲哉)

不登校や外国人…。夜間中学を必要とする人たち

6月のとある日の夕方6時前。

三重県津市のビルの1室に人が集まり始めました。

国語や数学など、中学校の学習内容を扱う、三重県教育委員会による夜間教室です。
三重県は、令和7年度に津市内に県内初の夜間中学を開校することにしていて、今年度は、通う人のニーズを探るための「夜間教室」を開いています。

集まった人たちに、通う理由を尋ねると…。
40代の受講生
「30年ぐらいひきこもりです。中学から学校に通えなくなって勉強もできなかった」
20代の受講生
「家族の病気の影響で、学べない時期があった」
義務教育を十分に受けられなかった、さまざまな事情がある人たちが、学びの機会を求めて参加しています。

一度も通学せず、行政の目も届かず…

川口佳奈枝さん(28)も、教室に通う1人。

小学校も、中学校も、「学校」に通ったことが一切ありません。
いまが人生で初めての“通学”です。
川口さん
「人生で初めての教科書。『学校』というものに入れて感動しています」
自宅にうかがうと、川口さんは、机に並べた教科書を見せてうれしそうに話してくれました。
ときに満面の笑顔を見せ、真剣な表情で学ぶ川口さん。

しかし、その幼少時代は苦しいものでした。

川口さんは、滋賀県で生まれ、母子家庭で育ちました。

6歳のころ、母親の仕事のため福井県に移り住みます。

まもなく小学校に通うという年齢。

しかし、家庭の事情で小学校の門をくぐることはありませんでした。

母親からは「お金がなく、学校に通わせられない」と説明されていたといいます。
川口さん
「みんなが外で遊んでいると声が聞こえてくるので、なんで私だけ学校に行けないのだろうと違和感はあったけど、家はお金がないので学校に行けないのはしかたがないと思っていました」
市販の参考書を使って自宅で勉強していましたが、学習は小学3年生のレベルの読み書きや計算でストップ。

夏休みや春休みなど長期の休み以外は外出の機会もなく、友達もほとんどいませんでした。
あとでわかったことですが、川口さんの住民票上の住所は、実際に住んでいる場所と異なっていました。

学校に通わない川口さんに行政の目は届いていなかったようです。

「私も学校で学びたい」

義務教育を受けることなく社会に出ることになった川口さん。

16歳のころ始めたコンビニのアルバイトでの、同僚との会話で、自分の境遇はほかの人とは違うのだと気づき始めました。
「学校はどこに行っていた?」

「部活動は何をしていた?」
そんなたあいもない会話にさえ答えを持ち合わせない自分…。

(あれ?みんなの会話に入れない…。)
川口さん
「学校に関する質問に答えられない。相手も自分も悪いわけではないけど、うまく返せない自分に罪悪感がありました」
「私も学校で学びたい」

三重県で夜間の学びの場があることを知った川口さんは“通学”を決心しました。
現在28歳。

先生や仲間とともに過ごす“学生時代”を取り戻し、これまでにない喜びを感じています。
川口さん
「楽しいです。目の前で先生が授業をしてくれて、隣には同じ生徒がいて、一緒に勉強をしていく。学校の青春みたいです」

全国で相次ぐ夜間中学開校

川口さんのように、大人になって学びの場を求める人は、全国的に見ても少なくありません。

そうした人たちの受け皿として、現在、全国で夜間中学の設立が相次いでいます。

平成28年、不登校などで学校に通えなかった人の教育を確保しようと「教育機会確保法」が成立したのをきっかけに、国は、各都道府県と政令指定都市に少なくとも1校ずつ、夜間中学を設置するよう呼びかけています。
ことし4月の時点で17の都道府県が夜間中学を設置しています。

さらに愛知県や三重県など14県は、来年度から再来年度にかけて新たに開校予定または開校を検討しています。

このほか、市などが夜間中学を設置しているケースもあります。

多様化する夜間中学のニーズ

夜間中学は、昭和の時代、戦時中や戦後の混乱期に義務教育を受けられなかった人の受け皿として機能していました。

夜間中学の校長も務めた経験がある専門家は、「近年は、役割を変えて再び需要が高まってきている」と話します。
京都教育大学元教授 岡田敏之さん
「不登校が史上最悪の水準を更新しつつあり、不登校の人の中には、実際に学校で学んでいないのに形式的に卒業した『形式卒業生』もいて、そうした人たちへと対象が変わってきています。夜間中学に通う外国人も多くいます。文字を読めなければ社会で生きていくことはできません。“学ぶ”ことは“生きる”ことの保障につながります」

課題1 個々のニーズにどう対応するのか

一方、夜間中学をめぐっては、さまざまな課題も指摘されています。

その1つが、個々のニーズにどう対応するかです。

義務教育のレベルを学ぶといっても、人によって学習の到達レベルはさまざまです。

例えば、社会は中学校のレベルまで達しているけれども英語はほとんど話せない人、数学は小学校のレベルまで終えているが理科は全く勉強をしたことがないなど。

また、外国人の場合、英語は問題ないけれども漢字の読み書きができず、日本で暮らし、働くために、日本語をしっかり学ぶ必要があるというケースもあります。

夜間中学は、すべての課程を修了すれば、卒業証書を受け取ることができます。

教師には教員免許が求められますが、その教師の人数にも限りがあります。

個々のニーズにどこまで対応できるかは課題です。

課題2 遠くから通学できない オンラインに対応せず

夜間中学は週5日授業があります。

そうなると、通学時間は大きな問題です。

各都道府県に1校夜間中学ができたとしても、住む地域によっては日常的に通うのは不可能で、授業が終わったころには電車がないというケースも生じえます。

さらに、ひきこもりだった人など、人と会うのは苦手だという人も少なくありません。

「オンライン授業で対応できるのでは」と思いますが、文部科学省は、オンライン授業について、不登校の人の場合など一部の例外的なケースを除いて出席扱いとして認めていません。

より多くの人に学びの機会を保障するためにオンラインへの対応も必要だとして、鳥取県や兵庫県などは、学校長が認めた場合にオンラインでも出席扱いとできるよう、国に要望しているということです。

夢は“同じ境遇の子のサポート”

夜間中学をめぐって今後解決しないといけないさまざまな課題もありますが、徐々に確保が進む学びの場は、学ぶ人の意識にも変化をもたらすようです。

川口さんも、教室に通うことで、これまで抱えていた劣等感がなくなったといいます。
川口さん
「制服を着て、外で歩いている学生をみるだけでもけっこうしんどかった。学生を見るたびに劣等感のようなものを感じていました。いまは学生を見ても何も思わなくなったし、先生という心の支えができました」
そして、先生やともに学ぶ仲間達との学びの経験を通じ、川口さんには新たな“夢”ができました。

「教員免許をとって自分と同じような境遇の人をサポートしたい」というものです。
川口さん
「私のように大人になって学びたいけど学べないという人も多くいます。学ぶ場所がない、時間がない、お金がないなどさまざまな理由があると思いますが、そういう人たちが気軽に誰かに質問できたり、勉強を教えてもらえたりできる場所を、将来作っていきたいと思います」

多様性を尊重する教育環境の実現へ

冒頭にあげた「中学校まで卒業していない90万人」という数字。

その多くは高齢者で、年代別に見ますと、80代以上が9割を占めています。

一方、専門家の岡田さんによりますと、形式的には中学校を卒業した扱いとなっている「形式卒業生」には若い世代も多く、義務教育を十分に受けられていない人は、90万人をはるかに上回るとみられるということです。

岡田さんは、各都道府県1校にとどまらず、夜間中学の設置を積極的に進めていくのが理想的だと指摘します。

そして、岡田さんは、夜間中学で目指す「多様性」を尊重する姿勢が、子どもたちが通う小中学校にも波及することに期待感を示していました。

今以上に「多様性」を尊重しながら、学び、生きる力を身につけられる教育環境の実現。

それは夜間中学に限らず、日本の教育が目指していくべき形ではないでしょうか。
津放送局記者
伊藤憲哉
2019年入局
得意の英語・中国語を駆使し、サッカージュニアユース全国大会出場の健脚で、地方行政から国際ニュースまで幅広く取材