バブル期の“巨大観音像” いま何が…

バブル期の“巨大観音像” いま何が…
大きなものでは高さ100メートル!

ひときわ目を引く巨大な観音像が、バブル期の前後、国内各地に建てられました。今、それらの観音像の一部が「問題化」しているといいます。

管理が行き届かなくなり、周辺が廃虚のように荒れ果ててしまった観音像。「危険を及ぼす」として多額の公金を使って解体されたケースもあります。

背景に何があるのか、現地を取材しました。(金沢放送局記者 松葉翼)

黄金観音像のテーマパーク

山中温泉や山代温泉など、北陸有数の温泉地で知られる石川県加賀市。

JR北陸本線の加賀温泉駅近くの丘の上に、高さ73メートルの観音像が立っています。

「加賀大観音」と名付けられた鉄筋コンクリート造りの巨大な像は、1987年に地元出身の実業家が建造しました。
建てられた当時は「金色」に輝いていたといいますが、今は色がくすんで見えます。

胸に抱いている赤ん坊だけでも、奈良・東大寺の大仏に匹敵する大きさがあるといいます。

「加賀大観音の周りが廃虚のようになっていて、不法投棄が行われているらしい」

そんな情報を元に観音像に向かうと、途中の道が倒木で塞がれ、ごみが散乱していました。
かつて「加賀大観音」とともに温泉施設や遊園地、美術館が開業し、「ユートピア加賀の郷」というテーマパークができていました。

しかし現在は見る影もない状態に……。
見た目の印象は、事前に聞いていたとおりの「廃虚」です。

いたるところの窓ガラスが割れていて、建物の中にはいすや机、ビールケースなどが散乱しています。

誰の所有物だったのか。落書きのある古い車まで放置されていました。
さらに歩くと、観音像がある寺の前にたどりつきました。

1人の高齢の男性が受付のいすに腰掛け、たばこをくわえています。
記者
「すみません。失礼ですがここは営業中でしょうか」

受付にいた男性
「拝観料は500円です。観音像の中は危ないので、階段は上らないようにお願いします」
男性によると、今でも一日に数人ほど観音像を見に訪れる人がいるといいます。
記者
「あなたは、この寺の住職ですか?」

受付にいた男性
「違います。ユートピアが営業していたころは、お客さんの料理を運ぶ仕事をしていました。会社が倒産してほとんどの従業員が職を失いましたが、私は観音さまを守りたいと思ってここにとどまっているのです」
観音像や周りの施設の管理について尋ねると、男性は「所有者がたびたび変わっていて、自分は詳しくわからない」と話しました。

“廃虚化”に地域の住民たちは…

巨大観音像が建てられた1987年といえば、バブル経済のまっただ中。

不動産業で財をなし、テーマパークのシンボルとして観音像を建てた実業家が、NHKのインタビューに答えていました。
当時の実業家
「観音像を建てるのは長年の夢でした。金色で神々しいでしょう。観光客が100万人来るかって?間違いなくそれ以上は来ますよ。御利益で大勢の人に幸せになってもらいたいですね」
テーマパークは、オープン当初こそ多くの観光客でにぎわいました。
絵画や彫刻など、実業家のコレクションも美術館に収蔵されていました。

しかし、バブルが崩壊すると実業家の会社は倒産。観光施設は相次いで閉業します。

一帯の土地は売買が繰り返されて所有者が次々と入れ代わり、管理が行き届かなくなった巨大観音像も廃れていったのです。
近くのJR加賀温泉駅には来年春、北陸新幹線が開通する計画になっています。

地元では経済・観光面での活性化に期待が集まっていますが、観音像周辺に住む人たちからは不安や戸惑いの声が聞かれました。
男性(75)
「新幹線も開通するのに、近くにごみが放置されている場所があるなんて恥ずかしいです」
男性(71)
「まちのイメージが悪くなるので早くなんとかしてほしいです。管理ができないなら観音像も壊したほうがいいのではないか」

空の安全に関わる問題も

巨大な観音像をめぐり、安全に関わる問題も起きています。

航空法によって高い建物に設置が義務づけられた「航空障害灯」とよばれるライトが、長期間つかないままの状態になっているのです。
航空法を所管する国土交通省の大阪航空局は、NHKの取材に対し「すぐに危険を生じさせる心配はないが法令違反の状態だ」という見解を示しています。

一方、去年2月から観音像や周辺の土地を所有している京都の不動産会社の担当者は、「観音像を取得した当時は確実に点灯していた。その後、落雷で故障した可能性がある。交換用を探しているところだ」と答えています。

巨大観音像の専門家は…

国内各地の巨大観音像を調査している研究者がいます。

ランドマーク研究が専門の高崎経済大学の津川康雄名誉教授です。
津川名誉教授の研究やNHKの調査では、国内の巨大観音像は25メートルを超える高さのものが少なくとも15体確認されています(解体されたものも含む)。

古いものでは1930年代。半数の8体がバブル期をはさむ1980年代から90年代半ばにかけて建造されています。
津川名誉教授
「巨大観音像は、当初は戦没者の慰霊や観音信仰の普及といった目的で建てられるケースが多くありました。しかしバブル期に建てられた観音像には、それとは異なる共通点が見られます。経済的に成功した実業家によって建てられたケースが目立つのですが、宗教的な意味合いが薄れ、観光客の呼び込みに比重が置かれた。古いものと比べて、高さが重視されているのも特徴です」
1980年代以降、観音像は高さを競い合うように「巨大化」が進みましたが、老朽化などの問題が生じているケースが複数あるということです。
津川名誉教授
「建てること自体に情熱が注がれてしまい、後先のことが考えられていない。巨大ですから当然、維持管理や撤去するにも費用がかかります。信仰を集める上でのコンセプトが無いとやがては住民からの共感が薄れ、次の時代に残そうとか、協力して修復しようという機運も生まれにくいのです」

老朽化進み「危険」な状態に

次に訪ねたのは、兵庫県の淡路島です。
「世界平和大観音像」は1982年、淡路島出身の実業家によって建てられました。高さは台座の部分を含めて100メートルもありました。

しかし、像を建てた実業家が亡くなり、経営を引きついだ妻も2006年に亡くなると、観音像とその周辺施設は閉鎖され「管理者不在」の状態になりました。

放置された観音像は内部の天井が破れ、外壁が剥がれて落下するなど、危険な状態になっていました。

撤去に多額の公金を投入

倒壊のおそれが指摘されるほどの危険な状態になりながら、宙に浮いたままの巨大観音像。

2020年、国が対応に乗り出します。

近畿財務局が、相続人がいない財産にまつわる民法の規定に基づいて観音像を国有化。およそ9億円を投じて解体撤去することを決めました。

航空写真などを頼りに、観音像があった辺りを歩いていると、緑色のフェンスで囲われた場所を見つけました。
「国有地につき、不法侵入は警察に通報します」

フェンスには看板が貼られています。奥を見ると階段があり、土が不自然に盛られています。観音像の土台があった場所でした。

観音像があった地区で、以前、町内会長をしていた男性に話を聞くことができました。

見慣れたまちの景色が変わったことには「一抹の寂しさがある」と話す一方、無事に撤去が終わったことに安どの表情を見せていました。
町内会長をしていた男性
「工事期間中は騒音に悩まされましたが、撤去が終わってホッとしています。観音像が無くなってよかったという感覚の人がほとんどだと思います。できれば、像が建てられる前の状態に土地を戻してくれたら一番ありがたいです」

カルタになった観音像

ここまで「問題」に焦点を当ててきましたが、人々に大切にされている巨大観音像もあります。

そんな観音像があるのは…
群馬県高崎市です。

他の自治体との境界に設置される道路の案内標識「カントリーサイン」にも観音像が描かれています。

「観音通り」という名がつけられた道路を進み、丘を登っていくと目の前には…
高さ41.8メートルの「高崎白衣大観音」です。

1936年、地元の資本家が日清戦争や日露戦争の戦没者の慰霊や、地域振興などを目的に建てたコンクリート製の像です。

その後、周辺の土地とともに高崎市に寄贈され、40年ごろからは和歌山県の高野山から移転してきた「慈眼院」という真言宗の寺が、大切に管理しています。

ひび割れた外壁を補修し、塗装をし直すといった大規模な改修も行っているため、建造から90年近く経過した今も、思っていたより老朽化は目立ちません。
観音像の中には、肩の高さまで続く階段があり、最上階までのぼることができます。

訪れた人たちが窓をのぞき込み、広い関東平野の眺めを楽しんでいました。
高崎市在住の女性(73)
「大阪から孫が来ているので、家族で参拝に来ました。観音像の中からは高崎市が一望できるので、観光にもおすすめです。やっぱり高崎といえば観音です」
男性(68)
「散歩にくると、いつもお参りして帰ります。観音像は高崎のシンボルです」
観音像は、群馬の人たちに親しまれている「上毛かるた」の絵札にもなっています。

上毛かるたは子どもたちが郷土の文化や歴史を楽しく学べるようにと、終戦後まもない時期につくられました。
『白衣観音 慈悲の御手(びゃくいかんのん じひのみて)』

「ひ」の絵札に、観音像が描かれていました。
群馬県文化振興課 伊藤朱音 主事
「地域の活動として、上毛かるたの大会が各地で開かれています。かるたを通して観音を知ったという方も多いと思いますよ」
観音像の周辺には、観光客に土産物などを売る店が並んでいます。

観音像ができてまもない時期から営業を続けているという店の人に話を聞きました。
「新型コロナの影響も次第に収まって、最近はタイ人やベトナム人などアジアの方もよくいらっしゃいますよ。近くで観音像を見ていると、やっぱりありがたみを感じますね」

巨大観音像 責任や課題も

今回、全国各地の巨大観音像を実際に見て回りました。

姿も表情もさまざま。ただただ大きさに圧倒される観音像、高崎の観音像のように地域に根ざし信仰の対象になっているもの、20年近く周辺が立ち入り禁止のままになっているという観音像もありました。

専門家によると、大切に維持・管理さえすれば、すぐさま耐久性に問題が生じることはないとのことですが、今後も確実に老朽化は進んでいきます。

残すとなれば誰かが管理を続けなければならず、解体撤去するにも多額の費用がかかります。

宗教や人々の信仰とも関わることから、行政も簡単に対応できるわけではありません。そこに巨大観音像があるかぎり、責任や課題もまた残り続けるのです。
金沢放送局記者
松葉翼
2020年入局。
現在は石川県南部をエリアにもつ小松支局に所属し、行政や自衛隊、地域の身近な話題など幅広く取材。