日本一の金箔生産 直面するのは

日本一の金箔生産 直面するのは
金沢市は、国内で生産される金箔のほぼ100%を生み出す“金箔の町”だ。

しかしいま、江戸時代から発展してきた地域の伝統産業は大きな岐路に立たされているという。

金箔産業を取り巻く変化とメーカーの次の一手とは。

(金沢放送局記者 竹村雅志)

メーカーの抱く危機感

「これは大変なことですよ」

そう話すのは、金沢市に本社を置く老舗金箔メーカーの社長だ。
創業100年を超えるこの会社の社長、作田一則さんの悩みは深刻だ。

金箔の材料である金の価格が高騰し、経営を圧迫している。

こちらは、大手貴金属会社が発表している金の小売価格の推移だ。
価格はここ数年で一気に上昇した。

7月5日には最高値を更新。

去年の同じ時期と比べておよそ2割上昇した。

ウクライナ情勢やアメリカなどの景気減速懸念、さらに円安が進んだことも、上昇につながっているという。

得意先は仏壇メーカー

「数年前までは(材料の金を)1000万円で2キロ買えたが、いまは1キロしか買えない」

この会社では前の月の小売価格を基準に金箔の値段を設定している。

ことしは4月から4か月連続の値上げになった。

作田社長が強く懸念するのは、値上げによる顧客の「金離れ」だ。

とりわけ気にかけているのは、仏壇メーカーへの影響だという。

金箔は古くから、漆器の沈金やまき絵、陶磁器の絵付けといった伝統工芸品などで幅広く使われてきた。

特に仏壇や仏具の装飾は、用途として大きな割合を占めている。
作田社長の会社では、販売先の9割が、仏壇メーカーだ。

しかし、仏壇メーカーからの発注は、長く減少が続いている。

和室に仏壇を置く家が減り、コンパクトな仏壇が好まれるようになったことなどが背景にあるという。

いま、金の高騰が、この流れに拍車をかけている。

仏壇メーカーからの発注は、この3年だけでおよそ3割減少しているという。
作田金銀製箔 作田一則社長
「金の価格の上昇は、当然、仏壇メーカーにとってはコストが上がることを意味する。ますます金箔を使わなくなるのではないか」

金箔使う?仏壇メーカーは?

こうした状況を仏壇メーカーはどうみているのか。

金沢市に本社がある仏壇メーカーの笠間達貴社長は、その影響について「確実にある」と話す。

この会社で、このところ大きく売り上げを伸ばしているのが、金箔を使わないシンプルなタイプの仏壇だ。
一方、金箔の価格上昇に伴い、金箔を使ったきらびやかな仏壇の価格は上昇。

シンプルな仏壇が受注に占める割合は、5年前までは5割ほどだったが、いまは8割ほどに高まっているという。

笠間社長は、金沢に根を張る会社として、複雑な思いものぞかせた。
金沢笠間仏壇 笠間達貴社長
「金沢の会社なので金をたくさん使いたいですが、ニーズがどんどん縮小しているんですよ」

危機感は強く

石川県の金箔生産は、統計を取り始めた1994年をピークに右肩下がりだ。

石川県箔商工業協同組合によると、年間1億枚あまりだった生産数は、仏壇・仏具の需要低迷を背景に減少が続いている。
2020年以降は、コロナ禍での観光需要の低迷に加え、金の価格高騰を背景に一段と減少。

641万枚まで落ち込んでいる。

金箔は、金と紙を交互に合わせ、職人の手によって機械などを使って丹念にたたいて伸ばし、作っていく。
完成品の厚さは、わずか1万分の1ミリ。

光にかざすと透けて見えるほどの薄さで、こうした技術を習得するには、少なくとも3年はかかると言われている。

職人技を継承するには、職人の仕事を確保していく必要があるが、需要が減少する中、後継者不足も喫緊の課題となっている。

各メーカーはいま、業務用の金箔から金箔を使用したみやげ物まで、軒並み値上げを迫られている。

「仏壇メーカーばかりに売っていたら会社がつぶれてしまう」
「新たなニーズを掘り起こさなければ」

メーカーの関係者たちの言葉からは、強い危機感が伝わってきた。

新たな需要 獲得を

こうした中、金箔メーカーの間では新たな需要を取り込もうという動きも出ている。

あるメーカーが期待を寄せるのが、インテリアの分野だ。

この会社ではことし4月、東京にある店舗をリニューアルした。

店内にはアクセサリーなどの小物を紹介するスペースとは別に、金箔をインテリア向けの商材として売り込むショールームを新たに設けた。

ショールームには、商談に来た人がイメージしやすいよう、高さ1.7メートル、長さ5メートルにわたる大きな金の壁紙が設置されている。
飲食業や宿泊業ではいま、需要が急速に回復している。

高級路線のホテルや飲食店では、海外の富裕層などの興味を引きつけられるような豪華な内装へのニーズが高まると見ているという。

顧客が要望するデザインにあわせた壁紙やカウンター、アートパネルなどを売り込む方針だ。
箔座 大矢真咲記 専務取締役
「ショールームを設けてから日が浅いですが、すでに5件の商談がありました。本格的な売り込みはこれからですが、興味を示してくれる人も少なくありません。金箔の魅力を伝えながら販路を拡大していきたいと思っています」

ねらうはインバンド需要

別のメーカーが力を入れるのが、インバウンド需要の取り組みだ。

「日本らしさ」を醸し出す置物や器などの工芸品にきらびやかな金箔を施した商品を増やしている。

3万3000円の「金のひょうたん」に、2万7500円の「金のだるま」。
いずれも、外国人観光向けに新たに店頭に並べた。

こうした商品は外国人から人気を集め、最近も、台湾からの観光客が1人で、ひょうたんや動物の置物など20万円分の商品を購入したという。

金沢を訪れる外国人観光客はコロナ禍前の水準に近づいている。

県内の空港と韓国や中国を結ぶ定期便の再開も期待されている。

メーカーでは、インバウンド需要のさらなる取り組みに力を入れる考えだ。
今井金箔 今井由佳さん
「今までの需要だけでなく、新しい需要を見つけ金箔の魅力を発信していきたい」

金の価格と金箔メーカー 今後は

金の価格は今後どうなっていくのか。

その動向に詳しい中京大学経済学部の内田俊宏客員教授は「ロシアによるウクライナ侵攻や米中の覇権争いなど不安定な状況は、今後1年以上は続くと予想されるため、価格はさらに上がる可能性がある」と指摘する。

金箔メーカーを取り巻く環境は厳しさを増している。

メーカーが生き残っていくためには、ビジネスモデルを見直し、新たな顧客を獲得していくことも欠かせない。

「金沢と言えば金箔」

職人が支える伝統と技術を今後も受け継いでいけるか。

今後も、その動向に注目したい。
金沢放送局記者
竹村雅志
2019年入局
経済担当
金沢名物「金箔ソフト」をこよなく愛する