ぬくもり届ける”マフ”

みなさん「マフ」ってご存じですか?

カラフルな毛糸を筒状に編み込んだニットで、表面にはボタンやぬいぐるみ、内側にはお手玉などが縫い付けられています。
中に手を入れてみると、ほんのりとあたたかく、なぜだか「ほっと」落ち着くという人も。

このマフが今、介護現場で注目を集めています。
マフが届けるぬくもりを見つけました。

マフを手にするとみんなが笑顔に

大阪・生野区にあるデイサービス。
認知症のある人など、およそ20人が利用しています。
この日、ボランティアがつくったマフが届きました。

デイサービスの利用者

手にした人たちは、なぜだか笑顔に。

(利用者)
「ええね~。私らここまでようせんわ」

(職員)
「元気になりますか?」
(利用者)
「はい~元気元気~!」

なかには昔のことを思い出す人も。

(職員)
「こういうの作ったことありますか?」
(利用者)
「あるある。手編みで。お裁縫もやってる」

(職員)
「昔を思い出しますね」
(利用者)
「そうそう」

(デイサービス管理者 占部美芝さん)
「いつもなんかあんまり感情を出さへん人でも、感情を爆発させて、ね。さっきわ~って喜んではったり、ずっと手を入れてはったりするんでちょっといつもじゃ見ない姿なんで、私もちょっと驚いてます」

実はこのマフ、もともとイギリスで認知症のある人のケアのために使われていました。
認知症のある人が触れると、楽しい記憶を思い出し、コミュニケーションを促す効果があるという研究結果もあり、日本でも5年ほど前から、医療や介護の現場で導入が進められています。
(※関西医科大学三木恵美准教授と朝日新聞厚生文化事業団の研究)

マフを使い始め 変化した人も

前川テツ子さん

マフを毎日のように使っている人がいます。
前川テツ子さん、85歳。
5年ほど前から認知症の症状が出始めました。

(義娘 初芝さん)
「病院の先生が薬を変えるよと言っても、すぐ忘れちゃって」
(長男 清明さん)
「かばんのチャックをあけて中身を確認したり。ちゃんと入ってるよって言っても、気になってやめない」

自宅の鍵がなくなるのではないかという不安から、かばんの中を気にして、落ち着かないことがよくあったといいます。

しかし、3ヶ月前から知人に勧められマフを使い始めると、次第に変化が。

(義娘 初芝さん)
「マフを使っている間は鍵がなくなる不安を忘れるのかな。かばんから離れても大丈夫」
(長男 清明さん)
「落ち着くんでしょうね、よくできてるなぁと」

変化を目の当たりにした清明さん。
テツ子さんが大好きな“ある”ものをモチーフにした、新しいマフをプレゼントすることにしました。

笑顔になってほしい 作り手の思い

清明さんが依頼したのは、天王寺区にあるボランティア団体。
5人のメンバーがマフ作りを行っています。

そのひとり藤田アツ子さんです。
使う人が笑顔になってほしいという思いを込めて、3年前からマフ作りに加わっています。

藤田アツ子さん

(藤田アツ子さん)
「認知症のある友人がぬいぐるみを大事にしていました。見るだけで、そばにあるだけで思わず笑顔になる。そんなマフを作りたいと思いました。なでなでしたり、抱きしめたりしてほしい」

藤田さんは早速、テツ子さんに贈るマフ作りにとりかかりました。
大の阪神ファンだというテツ子さんのために、ユニフォームをイメージした白地に黒のストライプが入ったデザインにしました。

さらに、キャラクターやボールなどを縫い付けました。

(藤田アツ子さん)
「タイガースのマフが完成しました。ユニフォームの白と黒を見たら、すぐに分かる。これで阪神ファンの人は癒やされるよね。いろいろ触って『いいわ~』って言ってもらえれば、それだけで十分」

果たしてテツ子さん、喜んでくれるでしょうか?

マフがつなぐぬくもりと記憶

そうして藤田さんが思いを込めて作ったマフが、ついに届きました。

(義娘 初芝さん)
「これすご~い、阪神阪神」
(テツ子さん)
「ほんまや。誰が作ってくれたんや」
(義娘 初芝さん)
「お母さんが阪神タイガース好きやって言うから」

マフを手にした、テツ子さん。
少しずつ、昔のことを思い出していました。

(テツ子さん)
「梅田までな、阪神電車乗って甲子園に行って」

語り始めたのは、小学生だった清明さんを甲子園球場に連れていったときの思い出。

(テツ子さん)
「前はようね、チケットあるから一緒に行かへんかって誘った」
(長男 清明さん)
「甲子園球場に高校野球を見に連れて行ってくれたやんな」

(義娘 初芝さん)
「テレビじゃなくて、球場で見たら迫力あった?」
(テツ子さん)
「あります。全然違いますわ」

さらに、意外なことばも飛び出しました。

(テツ子さん)
「甲子園球場に1回は行ってみたいなあ」
(義娘:初芝さん)
「このマフを持って行かなあかんね、お母さん」

(テツ子さん)
「この秋か、来年のことやな。行くんやったら」
(義娘:初芝さん)
「もう行く気になってるやん」

最近は、家族で出かけることもほとんどなくなっていましたが、マフのおかけげで、「家族みんなで野球を見に行く」という、新たな目標ができました。

(テツ子さん)
「これで頑張れ頑張れ~阪神タイガース!」
(義娘:初芝さん)
「今年は優勝ですか?阪神タイガース」
(テツ子さん)
「さぁ、どうでしょうね」

マフはこれからもぬくもりを届け続ける

マフを施設などに届ける活動は、コロナ禍ではほとんど中断されていましたが、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に移行されてから、少しずつ再開されています。

ひとりでも多くの人がほっと癒やされ、笑顔になることを願わずにはいられません。