社会

トランスジェンダー “女性用トイレの使用制限”違法 最高裁

経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が、職場の女性用トイレの使用を制限されているのは不当だとして国を訴えた裁判で、最高裁判所は、トイレの使用制限を認めた国の対応は違法だとする判決を言い渡しました。

性的マイノリティーの人たちの職場環境に関する訴訟で最高裁が判断を示したのは初めてです。

※記事の後半に判決のポイントや今後の影響についてのQAを掲載しています。

裁判のきっかけと争点は

性同一性障害と診断され、女性として社会生活を送っている経済産業省の50代の職員は、執務室があるフロアから2階以上離れた女性用トイレしか使用が認められず、人事院に処遇の改善を求めましたが退けられたため、国の対応は不当だと訴えていました。

最高裁の審理では、トイレの使用制限は問題ないと判断した人事院の判定が違法かどうかが争われました。

きょうの判決は

11日の判決で最高裁判所第3小法廷の今崎幸彦裁判長は「職員は、自認する性別と異なる男性用トイレを使うか、職場から離れた女性用トイレを使わざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けている」と指摘しました。

そのうえで、職員が離れた階の女性用トイレを使っていてもトラブルが生じていないことなど今回のケースの個別の事情を踏まえ、「人事院の判断はほかの職員への配慮を過度に重視し、職員の不利益を軽視したもので著しく妥当性を欠いている」としてトイレの使用制限を認めた人事院の対応は違法と判断し、判定を取り消しました。

5人の裁判官全員一致の結論で、判決を受けて、経済産業省もトイレの使用制限の見直しを迫られることになります。

性的マイノリティーの人たちの職場環境に関する訴訟で最高裁が判断を示したのは初めてで、ほかの公的機関や企業の対応などにも影響を与えるとみられます。

原告の50代職員「ほかの人権上の問題にも応用できる」

判決後に記者会見した原告の50代の職員は「それぞれの事案を具体的に考えて対応すべきだと述べた点は評価できます。今回はトランスジェンダーに関する判決ですが、裁判官の個別意見はまだまだ差別が残っているほかの人権上の問題にも応用できると思います。自認する性別に即して社会生活を送ることが法的な利益であり、トイレやお風呂だけにわい小化する話ではないと考えています」と話していました。

一方で、国に対する損害賠償については1審から大幅に減額し11万円とした2審判決が確定したことを踏まえ、「上司からは『男に戻ったほうがよい』といった発言など、心ないことばを数々投げかけられ、長期間、休職もしました。その間の損害が考慮されず、極めて少額の賠償判決が維持されたことや、憲法判断に至らなかった点は甚だ不本意です」と話していました。

裁判官全員が異例の補足意見

判決では、5人の裁判官全員が内容を補足する意見を述べました。
全員が個別に意見を述べるのは異例です。

学者出身の宇賀裁判官

学者出身の宇賀克也裁判官は「経済産業省には、性自認に基づいて社会生活を送る利益をできるかぎり尊重した対応をとることが求められていた。ほかの職員が違和感を抱くとしたら、トランスジェンダーへの理解が十分でないことが考えられるのに、研修などの取り組みもしていなかった。多様性を尊重する共生社会の実現に向けて、職場環境を改善する取り組みが十分されていたとはいえない」と批判しました。

行政官出身の長嶺裁判官

行政官出身の長嶺安政裁判官は「経済産業省の対応は、急な状況の変化に伴う混乱を避けるためとみられ、当時は一定の合理性があったと考えられるが、その後も制限を続けることが正当化されるのか検討し、必要があれば見直す責任があった」と指摘しました。

さらに「自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益だが、特にトランスジェンダーにとっては切実な利益で、法的に保護されるべきだ」と言及しました。

弁護士出身の渡邉裁判官 裁判官出身の林裁判官

弁護士出身の渡邉惠理子裁判官と、裁判官出身の林道晴裁判官は「こうした問題を調整するには、長年にわたって生物学的な性別に基づく区別がされたトイレを利用してきた職員への配慮は不可欠で、性的マイノリティーの職員の事情や、不審者の排除など、施設の状況に応じても取り扱いは変わり得る」として、個々の事例に応じた対応が必要だと指摘しました。

そのうえで「可能なかぎり両者の共生を目指し、マイノリティーの法的利益の尊重に理解を求める方向での対応を期待したい」と述べました。

裁判官出身の今崎裁判長

裁判官出身の今崎幸彦裁判長は「職場の理解を得るには、当事者のプライバシーの保護と、ほかの職員への情報提供の必要性という難しい判断が求められるが、職場の組織や規模など、事情はさまざまで、一律の解決策にはなじまない。トランスジェンダー本人の意向と、ほかの職員の意見をよく聞いて、最適な解決策を探るしかない」と述べました。

そして「多くの人々の理解抜きには落ち着きのよい解決は望めない。社会全体で議論され、コンセンサスが形成されることが望まれる」とまとめています。

国の反応は

最高裁の判決について人事院は「国の主張が一部認められなかったものと受け止めている。今後については判決の内容を十分に精査し、適切に対応したい」とするコメントを出しました。

また、経済産業省は「今後の対応については、最高裁判決を精査した上で、関係省庁と協議の上、対応していく。いずれにせよ、今後も、職員の多様性を尊重した対応に努めていく」などとコメントしています。

松野官房長官は午後の記者会見で「国の主張が認められなかったものと受け止めており、関係省庁で判決の内容を十分に精査した上で適切に対応していきたい」と述べました。

その上で「多様性が尊重され、性的マイノリティーの方もマジョリティーの方も含めたすべての人々がお互いの人権や尊厳を大切にし、生き生きとした人生を享受できる社会の実現に向けしっかりと取り組んでいきたい」と述べ、先月施行されたLGBTの人などへの理解増進法を踏まえ対応していく考えを示しました。

専門家「民間企業にも波及する判決」

判決について性的マイノリティーの人権問題に詳しい、青山学院大学の谷口洋幸教授は「トランスジェンダーのトイレ使用をめぐっては、抽象的な違和感や不安感を前面に出して議論が進んでしまう部分もあるので、最高裁判所が具体的な事情をもとに調整することが必要だと明確に示したことはとても重要だ。行政だけでなく民間企業にも波及する判決だと思う」と述べました。

その上で、トイレの使用をはじめ、性的マイノリティーの人たちが働きやすい環境の整備について「判決でも裁判官が個別意見として指摘しているが、すべての人に対して完璧に適用できる解決策は存在しない。一度決断した解決策が常に正しいものではないと認識したうえで、状況によって柔軟に対応していくことが必要だ」と話していました。

職場トイレ「抵抗はない」が多数の調査も

トランスジェンダーの人が自認する性別に沿ったトイレを使用することについて、理解の広がりを示す調査結果もあります。

金沢大学と民間企業で作る「トイレのオールジェンダー利用に関する研究会」では、職場や公共施設のトイレ使用に関するインターネット調査を、去年11月、およそ6万人を対象に行い、先月公表しました。

このうちトランスジェンダーではない5万6000人余りに、トランスジェンダーの人が自認する性別に沿ったトイレを使うことをどう思うかについて尋ねたところ「抵抗はない」、「どちらかといえば抵抗はない」という回答が、「職場のトイレ」に関しては合わせて71.5%、「公共施設のトイレ」は66.9%で、「抵抗がある」「どちらかといえば抵抗がある」と答えた人の割合を大きく上回りました。

また、調査対象から抽出したトランスジェンダー325人にトイレの利用状況などを尋ねたところ、実際に利用しているトイレと利用したいトイレが一致していない割合は、「職場のトイレ」が42.2%と「公共施設」の29.5%に比べて多くなりました。

顔見知りがいる職場の方が周囲の目を気にして利用しづらい状況がうかがえるということです。

トランスジェンダーの人たちが職場や公共施設で利用したいトイレとして回答したのは、「男女別」が職場で52%、公共施設で55%、「性別問わず使えるトイレ」が職場で46%、公共施設で42%と、ほぼ半々で、研究会は「多様な選択肢を設けることが重要だ」としています。

調査を行った金沢大学の岩本健良准教授は「トランスジェンダーの人が自認する性別に沿ったトイレを使う場合、人事や上司の了解が必要となるケースがほとんどだが、職場でカミングアウトすることは難しく、できたとしても理解や許可がなかなか得られない実情もある。さまざまな人がいるからこそ会社も社会全体も力を発揮できることを改めて考えてほしい」と話しています。

民間企業でも新たな整備の動き

民間企業の中には、働く人の性の多様性も意識してトイレを整備する動きもあります。

東京・中央区に去年完成した13階建てのオフィスビルには、性別を問わず使える新たなスタイルのトイレが整備されました。

「Restroom+」(レストルームプラス)と名付けられた2つの個室トイレで、ゆったりとした空間には便器と洗面台のほか、椅子に腰掛けてメイクができる化粧台や、着替えなどに利用できるスペースがあり、落ち着いて身だしなみを整えることもできます。

個室の入り口

気軽に使えるよう1階のエントランスホール近くにありますが、セキュリティーを考慮し、ビルに入居する企業の職員証を入り口のセンサーにかざさないと入れない仕組みになっています。

整備にあたってはトイレメーカーのほか、多様性に詳しい有識者や社員の意見も聞き「ジェンダーレストイレ」などと強調すると性的マイノリティーの人がかえって使いにいのではという配慮から、名称も工夫したということです。

このビルではほかに男性用と女性用トイレ、バリアフリートイレも各フロアに用意されていて、使いやすいトイレを選ぶことができます。ビルを管理する「関電不動産開発」の高田拓さんは「働きやすさの観点からトイレにも新しい選択肢を作ろうと思いました。多様性というのは奥が深くていろいろな考え方がありますができることから実践することが必要だと考えました」と話しています。

トイレメーカーの模索も

性的マイノリティーの人たちも使いやすいトイレを作りたいという企業のニーズが高まる中、トイレメーカーも模索を続けています。

トイレを開発している企業では社内に専門チームを設置し、大学などと連携して性的マイノリティーの人たちが使いやすいトイレのあり方を研究しています。

担当者によりますと、トランスジェンダーの人たちが利用しやすいトイレを作りたいという企業からの相談は増えていて、性別に関係なく利用できる「オールジェンダートイレ」や、男女別のトイレスペースと車いすや赤ちゃん連れの人も使える共用トイレが1つの空間にまとめられた「オルタナティブ・トイレ」などへの関心も高まっているということです。

「オルタナティブ・トイレ」の見取り図

一方、最近の調査でトランスジェンダーの中でも使いやすいと感じるトイレは人によって異なることが分かり、これが正解だという解決策を企業に提案するのは難しいとしています。

住宅設備大手「LIXIL」の日野晶子さんは「どんな形式のトイレを作ってもいいところもあれば悪いところも出てきてしまう。お金をかけて企業が整備しても利用されないと意味がないので、困っている人の声に耳を傾けて研究や提案をしていきたい」と話しています。

判決のポイントや今後の影響

トランスジェンダーの人に自認する性別に沿ったトイレの使用を認めるかどうか、職場の対応が問われた今回の裁判。

最高裁判所は、トイレの使用制限を認めた国の対応は違法だとする判決を言い渡しました。

判決のポイントや今後の影響について解説します。

Q.裁判の内容は?

A.訴えを起こしていたのは、経済産業省で働く50代の国家公務員です。

戸籍上は男性ですが、女性として社会生活を送っています。

職場でも女性として働きたいと、性同一性障害と診断されていることを2009年に上司に打ち明けました。

これを受けて経済産業省は対応を検討。

ほかの職員にも説明した上で、女性用の休憩室や更衣室の使用は認めましたが、女性用トイレに関してはトラブルを避けるためとして執務室があるフロアから2階以上離れたところに使用を制限しました。

職員はこの対応を不服として、人事院に処遇の改善を求めました。

しかし、認められなかったため国の対応は不当だと訴えていました。

Q.経済産業省の対応について人事院に改善を求めたのはなぜ?

A.国家公務員が勤務環境などの改善を求める場合、人事院に対して「行政措置要求」という手続きを行うことができます。

人事院は調査をして必要だと判断すれば、措置要求をした公務員の職場に改善を促す勧告を行います。

今回のケースで職員はトイレの使用制限の撤廃などを求めましたが、人事院は「要求は認められない」と判定しました。

裁判では、この人事院の判定と、その前提となった経済産業省の対応が不当かどうかが争われました。

Q.1審と2審の判断は?

A.1審の東京地方裁判所は「自認する性別にあった社会生活を送ることは、重要な法的利益として保護されるべきだ」と指摘した上で、「職員は女性として認識される度合いが高く男性用トイレを使うことも現実的に困難で、女性用トイレの使用を認めないのは違法だ」として、トイレの使用制限を認めた人事院の判定を取り消し、国に130万円余りの賠償を命じました。

一方、2審の東京高等裁判所は「経済産業省にはほかの職員の性的な羞恥心や不安を考慮し、すべての職員にとって適切な職場環境にする責任があった」として、1審とは逆に、トイレの使用の制限は違法ではないと判断しました。

また、賠償についてもトイレの制限については認めず、職員に対する上司の不適切な発言のみを違法だとして、11万円に減額しました。

Q.最高裁の審理 争点は?

A.最高裁での争点は、トイレの使用制限は問題ないとした人事院の判断が違法かどうかに絞られました。

損害賠償については審理の対象としなかったため、11万円の支払いを命じた2審の判断が事実上、すでに確定していました。

Q.判決のポイントは?

A.判決は、職員が受けた不利益と、ほかの職員への配慮の必要性を個別の事情を踏まえて検討し、今回のケースについては国の対応は「違法」だと判断しました。

まず職員の不利益については「自認する性別とは異なる男性用トイレか、離れた階にある女性用トイレしか使えず日常的な不利益を受けている」と指摘しました。

そのうえで、個別の事情として、
▽職員は性同一性障害と診断され女性ホルモンの投与を受けていること、
▽2階以上離れた階の女性トイレを使用していてもトラブルは生じていないこと、
▽女性用トイレの使用に明確に反対している職員はいないこと、
▽ほかの職員に事情を説明してから人事院の判定が出るまでの4年10か月の間、経済産業省が対応の見直しを検討しなかったことなどを列挙しました。

こうした点を考慮し、「職員が庁舎内の女性トイレを自由に使ってもトラブルが生じることは想定しづらく、職員に不利益を受けさせるだけの具体的な事情は見当たらない」と指摘。

そして、人事院の判断について「人事院の判断はほかの職員に対する配慮を過度に重視し、原告の職員の不利益を不当に軽視したもので著しく合理性を欠く」として違法だと結論づけ、判定を取り消したのです。

Q.今後の対応は?

A.判定が取り消されたため、人事院は経済産業省の対応に問題が無かったか改めて判定することになります。

判定にあたって経済産業省も対応の見直しを迫られることになります。

つまり、「執務室から離れた女性用トイレしか使ってはいけない」とした対応は見直しが求められます。

Q.判決の影響は?

A.最高裁が性的マイノリティーの人たちの職場環境に関する訴訟で判断を示したのは初めてで、性的マイノリティーの人が働きやすい環境整備を後押しする判決となりました。

これを受けて、経済産業省以外の公的機関や民間企業でも判決を意識した対応が広がることが予想されます。

ただ、今回の判決は利用する人がある程度限定された職場のトイレに関する判断です。

今崎幸彦裁判長は補足意見として「トイレを含め、不特定または多数の人々の使用が想定されている公共施設の使用のあり方は機会を改めて議論されるべきだ」と述べていて、不特定多数の人が使う公衆トイレなどの使用について裁判で争われた場合は、異なる判断が示される可能性もあります。

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