話題の“起業家育成”の高専 どんな授業が行われている?

話題の“起業家育成”の高専 どんな授業が行われている?
起業家を育成する全国的にも珍しい私立の高等専門学校がことし4月、徳島県の山あいの町に開校した。

卒業生の4割が起業することを目標に掲げるこの学校。

学生たちへの取材で見えてきたことは?

(徳島放送局記者 有水崇)

起業家たちが設立した学校

私立の高等専門学校「神山まるごと高専」が開校したのは、徳島市中心部から車で約40分ほどの山あいの町、神山町だ。
学ぶのは全国各地から集まった44人の学生。

入学試験の倍率はおよそ9倍。

起業を志す学生を育てたいと、学校では学費の無償化を掲げ賛同する企業からの資金の拠出を受けている。

全寮制で、授業では基本的科目のほかプログラミングやデザイン、そして起業に必要なスキルを学ぶ。

起業の先輩が教える起業の“ソウル”

学校が開校して約3か月。

取材を続けると学校の目指す起業家育成のメソッドが徐々に具体化してきた。

起業家を育成するために学校が取り入れているのが起業家の先輩たちとの対話だ。

「Wednesday Night」と名付けられた特別授業には毎週水曜日に現役の経営者や最前線で活躍するクリエイターなど、若手経営者なら誰もがうらやむようなトップランナーが招かれる。
学生たちにとってただ起業の体験談を聞くだけでなく、食事をともにしながら議論し、ときには将来のビジネスも見据えて連絡先まで交換できることが大きな財産となるという。

6月中旬、高専を訪れたのは会員制交流サイトの創業者として知られる笠原健治さんだ。

大学生だった1999年にインターネット関連の会社を設立し、2004年には会員制交流サイト「ミクシィ」を立ち上げた。

笠原さんはまず起業の楽しさややりがいについて学生に語りかけた。
笠原健治さん
「起業っていうのはやっぱりすごく楽しいなと思っていて、自分がやったらやった分世の中を動かすことができる。自分を信じてわくわく楽しみながらやっていくというのも大事だと思っていてその楽しさはやっぱりユーザーにも伝わっていく」
特別授業は2時間。

この中では国内のSNSの草分け的な存在として人気を集めた成功談だけでなく、他社との競争で利用者が伸び悩んだ現実も率直に伝えた。
笠原健治さん
「頑張っていたが、なかなか時代に抗うことが難しかった。よりリソースがあれば転換できたと思うが収益との兼ね合いもある中では難しく、SNSとして今はマイナーな存在になってしまった。でも会社としては知見をいかしながら新しいサービスをどんどん作っていこうとなった」
その後、会社はスマートフォン向けのゲームアプリがヒットして業績が回復した。

笠原さんは苦い経験に直面しながらも挑戦し続けることが大切だとエールを送った。

「現実を知ることができてよかった」

学生の1人、埼玉県出身の鈴木結衣さん、16歳。

小さいときから起業家になることに憧れて入学した。

鈴木さんは、起業家としての成功だけでなく失敗、悩みも知ることができたことがよかったと話す。
鈴木結衣さん
「起業家としてよかったこと、軌跡だけでなく失敗した経験だったり、なんで失敗したとか、こういうライバルがいて、こう失敗したんだっていうのを包み隠さず教えてもらいました。起業家になりたいと思っているので現実を知ることができてよかったなと思います」
佐賀県出身の薦田葵さんは失敗を恐れる気持ちはあるが、どんどん挑戦していく姿勢がとても大事だと感じたと話す。
薦田葵さん
「自分が失敗に対して抵抗があるというか、失敗することをまだまだ恐れていて、いろんな失敗をされたという話を聞いていて、それでも毎年いろんなソフトを出して、たくさんのヒットを生んでいるということを知ることができたので、自分はまだ高専生なんでいま失敗しても取り返しがつかないことになることはないと思うので何事にも挑戦しようと思いました」

リスクがあっても、まずやってみる

また、起業家精神だけなく、将来のビジネスのアイデアにつながるように最先端の技術を授業に導入している。

事例の1つが生成AIの活用だ。

学校は学生たちに生成AI「ChatGPT」の利用を認め、ふだんの学習から課題レポートの作成まで、自由に利用してもらうことにしている。
生成AIは利用が急速に拡大する一方、情報漏えいのリスクや、書類作成などの過程で信頼性の低い情報が紛れ込むことへの不安の声もある。

しかし学校ではリスクは認めながらも、学生のうちから最新の技術やサービスに触れて、長所と短所を自分で思考することこそ重要だと考えている。

この日、取材した化学の授業では、学生がAIと対話しながらレポート作成を行っていた。
教員の中でも積極的に生成AIを使った授業を行っている化学担当の関戸大さんは、「これから起業家目指していくという学生には、世の中に出てきた新しいものはとりあえず飛びついておもしろがるマインドを持ってほしい」と話す。

学生からも「考えに行き詰まった時に視野を広げてくれる」とか「自分の苦手な部分を補ってくれる」といった意見が寄せられ、好評のようだ。

学校の大蔵峰樹校長も社会に出てからではなく、「失敗しても許される」学生のうちに最新技術に触れておくことが重要だと指摘する。
大蔵峰樹校長
「規制して使わずに何の体験も理解もせず結局乗り遅れていくよりかは、多少のリスクを背負ってでもどんどん早く使わせる。我々もどんどん使って、まずその本質をちゃんと見極めましょうという意図がある。本来は社会に出て先輩から学んだり自分で失敗したりしながら学ぶことが多いと思うが、学校の段階で経験を得ることにすごく意義がある」

卒業生の4割起業へ 大切なことは

学校は卒業生の4割を起業家にすることを目標に掲げている。

学校が行うユニークな授業や課外活動に共通するのが、失敗との向き合い方を重視している点だ。

大蔵校長は高専で過ごす5年間は、カリキュラムの中で決められた経験だけでなく、挑戦して得られる想定外の経験こそ、今後の起業にいきてくると考えている。
大蔵峰樹校長
「この5年間で人間性やパーソナリティーの部分、対外的なところもすごい成長すると思う。学校で決められたカリキュラムの中の決められた経験ではなくて、イレギュラーで想定していなかった経験をいっぱい積んでもらいたい。将来何かつらいときとか、『今だ』って時にふんばる何かの材料の1つを、この5年間で1個でもいいから学んでもらっていれば、学校として成功かなと思っている」

取材後記

取材では授業で学生が積極的に発言し、主体的に取り組む様子が印象的だった。

講義をした笠原さんは「起業に必要なスキルを学べる夢のような学校で、日本を変えるような人が出てきて欲しい」と期待を寄せていた。

徳島県の山あいの町から日本の起業の意識を変えていけるのか。

5年後、10年後の学生たちの将来が楽しみでもあり引き続き取材を続けていきたい。
徳島放送局記者
有水 崇
2017年入局
県政などを取材