WEB特集

社会に広がる危うい“共感” 山上徹也被告が明かした思いとは

安倍元総理大臣が銃撃された事件から1年。
暴力はいけないとしながらも、被告の境遇に“共感”を寄せる人がいるのはなぜなのか。
暴力でみずからの主張を訴える事件が相次ぐ背景には何があるのか。
NHKは事件の真相に迫ろうと取材を続けてきました。
社会に広がる波紋を追いました。

(奈良放送局 バルテンシュタイン永岡海 大阪放送局 大野敬太 佐藤崇大)

あの日から1年

2022年7月8日。
参議院選挙の応援演説中だった安倍元総理大臣が銃で撃たれて死亡しました。

あの日から1年。
現場となった奈良市の大和西大寺駅前の献花台には多くの人が訪れ、事件が起きた午前11時半すぎには黙とうする姿が見られました。
2023年7月8日
現場は当時から大きく様変わりしました。
今は、奈良市の道路の整備事業が完了し、演説場所にあったガードレールは撤去され、花壇が設けられています。

事件の動機は 山上被告に手紙で問う

殺人や銃刀法違反などの罪で起訴された山上徹也被告(42)。
捜査関係者によると、逮捕直後の調べに対し「世界平和統一家庭連合」、旧統一教会に恨みを募らせた末に事件を起こしたなどと供述。
元総理をねらった理由については「政治信条への恨みではなく、教団と近しい関係にあると思った」などと話しました。
現在は大阪拘置所に勾留されていて、事件以来、接見しているのは一部の親族と弁護士だけです。

NHKは、事件の真相に迫るため、1年近くにわたって、被告に宛てて手紙を繰り返し送り、質問を投げかけました。
手紙への直接の返信はありませんでしたが、ようやく先月になって反応を示した「問い」がありました。

家庭環境への悩みや、非正規雇用の職場をたびたび変わる自身の境遇などへの不満が、事件につながったのではないかという見方もあり、私たちは次のように問いかけました。
記者が山上被告に送った手紙
記者「教団に対する積年の思いがあったことは感じるが、今回の事件には直接結びつかないのではないか」
これに対する山上被告の反応が、関係者を通じてわかりました。
被告は「旧統一教会への恨みが事件につながった」としつつ、こんな趣旨の話もしていたということです。
山上被告「事件の動機が旧統一教会以外にあるのではないかと推測されることは残念だ」
1年たっても、逮捕直後と変わらない動機を強調したのです。

強調した“旧統一教会への恨み”

被告の供述や親族、それに旧統一教会によると、被告の母親は1990年代に入会した信者で、被告が奈良県内の進学校の高校生だったころに信仰を深めていったとみられています。
母親は、長年にわたり、死亡した父親の生命保険金や家族が所有していた不動産を売って得た金など、合わせて1億円以上を献金していたとみられています。

SNS上には、被告のものとみられる、旧統一教会についての投稿も見つかりました。
「全ての原因は25年前と言わせてもらう。なぁ統一教会」、「オレが憎むのは統一教会だけだ」などと投稿されていました。

被告の元に差し入れや署名も…

事件後、被告の境遇に思いを寄せる、思いがけない動きが広がっています。

山上被告の親族によると、被告の元には全国から洋服や菓子などの差し入れが届き、送られた現金は去年10月までに100万円を超えるといいます。

ことし6月12日には、奈良地裁に被告の刑を軽くするよう求める1万3000人分の署名が段ボールで送り届けられました。

裁判の争点を絞り込む「公判前整理手続き」が行われる直前で、宛先は「奈良地裁の山上被告の公判前整理手続き」となっていました。

中身が分からず、危険物の可能性があるとして手続きは急きょ中止になりました。
6月12日 奈良地裁
署名集めを行ったのは、別の宗教を信仰する親を持つ、いわゆる「2世」が代表を務めるグループでした。
グループの会見
グループ代表
「少しでも多くの関係者の目に署名が触れてほしいと思い送った。分厚く、雨も降っていたため、ダンボールに入れてガムテープで周囲を覆った。司法を妨害する意図は全くなかった。関係者の皆様に迷惑をかけてしまい本当に申し訳ありません」

被告に手紙を送った女性は

複数回にわたって被告に手紙を送ったという40代の女性が取材に応じました。
暴力は許されないとしながらも、山上被告の境遇はひと事ではないと思ったといいます。
女性は、被告のものとみられるツイートを印刷したり、事件の記事をファイルしたりして、繰り返し読んでいました。
重ね合わせているのは、被告が就職氷河期世代で、高校卒業後に4つの資格を取得しながら非正規雇用の職場をたびたび変わっていたとされることです。

女性は、被告と同世代で、1年間の就職浪人を経験しているほか、非正規雇用の人が突然解雇される姿を間近で見てきて、被告の職歴がひと事だとは思えなくなったということです。就職浪人をしていたときの将来への不安を今も強く覚えているといいます。
女性
「努力ではどうにもならない、黙って受け入れるしかない悔しさみたいな。切り捨てる人は切り捨ててもいいんだみたいな、そういった空気感ですね、それは普通に社会生活を送っていても、身近にそういった実例があるし、ひと事じゃないなとは思っていますね。私も就職浪人が2、3年続いていたらどうなっていたかわからず紙一重だと思います。事件の報道を見て、被告が複数の資格を取得するなど一生懸命にあがいていたことが伝わり、まるで身近な同級生が事件を起こしてしまったような思いがわいてきました」
もう一つ、みずからと重ね合わせているのは母親をめぐって被告の家庭が問題を抱えていたとみられることです。
女性の育った家庭は幼い頃から両親が不仲で、家を出て行った母親に対し複雑な思いを抱いてきました。
女性は、被告のものとみられるツイートに母親への複雑な思いがつづられているのを見つけ、みずからの生い立ちと重ね合わせたということです。
女性
「事件を起こした被告に手紙を書くことに当初は抵抗もありましたが、あえて、たあいもないことを書いています。本当は、事件を起こさない選択がなかったか、どうしたら事件を起こさずに済んだのか、聞きたいと思っています」

山上被告の境遇に“共感”も

さらに、SNS上には、被告の境遇に、みずからを重ね合わせるような書き込みも見られます。
ツイッターより
「同情する。毒親に育てられている身として、気持ちはよくわかる」
「借金、自己破産、家庭崩壊。失礼だけど共感してしまう」

専門家 被告への“共感”に警鐘

こうした事件の影響をどう見るのか。
近現代の政治史に詳しい、政治学者の中島岳志さんは、被告への共感がうまれることに危機感を抱いています。

戦前から現代にかけて起きたテロや事件について研究してきた中島さん。
今回の事件と比較し注目したのは東京・秋葉原の繁華街で起きた無差別殺傷事件です。
2008年6月8日 秋葉原無差別殺傷事件
歩行者天国にトラックが突っ込み、通行人がはねられたりナイフで刺されたりして、7人が死亡、10人が重軽傷を負いました。
事件を起こしたのは、非正規雇用の仕事を転々としていた加藤智大・元死刑囚でした。

インターネットの掲示板に繰り返し書き込まれた内容から、格差社会への不満が事件の動機だったのではないかという見方が広がりました。しかし、本人が裁判で述べた動機は、そうした見方とは異なるものでした。
中島岳志さん
「一部の人たちは、元死刑囚が格差社会の問題をしっかりと告発し、ある種その問題を社会問題化することを期待していた側面もあったと思うんです。しかし、そういうことは語らず、あくまでもインターネット上の掲示板のなかで自分に対するなりすましが現れたことに対して、それがすごく嫌だったのだけれど管理人がちゃんと対応してくれなかった。そのことを表現したいがゆえにあの事件を起こしたというふうに話し、雇用問題という見方を彼自身が退けたんですね。その瞬間、裁判に対する関心がどーんと下がったんです」
今回の事件に対しても…
中島岳志さん
「山上被告を、私たちがこうあってほしいものとして消費しているような状況こそが批判されないといけないと思うんですね。まず私たちは理解しようとする努力をしっかりとやるべきだと思います。それは共感するということと、全くイコールではないですね。理解した上で、その問題をどういうふうに乗り越えていくべきなのか。なぜ彼が事件を起こしたのかを、何か一元的にこれのせいだというふうに言うのではなく多角的に分析していくこと、どう捉えるのかを一生懸命議論していくこと、それが非常に重要な社会の役割です」

「事件を起こした人を評価、支持するような署名が集まっていることを知ると、『私も』と思ってしまうことが考えられるので、冷静に対処しなくてはいけない。テロによって社会は変えられない、テロによって世の中は動かないんだということを、世の中はしっかりと見せつけないといけない」

暴力を許さない社会にするために

いまなお広がる事件の波紋。
動機がなんであれ、暴力に訴えることは断じて許されません。

事件は、裁判員裁判で審理される予定で、今後は争点を絞り込む「公判前整理手続き」が行われますが、日程はまだ決まっていません。初公判は来年以降になる見通しです。

被告は法廷で何を話すのか、事件の経緯や動機がどこまで明らかになるのか。

暴力を決して容認しない社会へ、取材を続けます。
奈良放送局 記者
バルテンシュタイン永岡 海
平成29年入局 銃撃事件発生当初から取材。その後、県警担当になり山上被告に手紙を出し続けた。
大阪放送局 記者
大野敬太
平成30年入局 大阪府警を担当。被告の親族や支援者を取材。
大阪放送局 記者
佐藤崇大
平成29年入局。大阪府警担当。被告の関係者などを取材。

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