なぜ贈る?お中元

なぜ贈る?お中元
「お中元をお贈りすることは差し控えさせていただきます」

お中元の贈答を取りやめるという企業の発表が続いています。

夏のご挨拶として、日本に古くから伝わる、お中元。

やめるのは、いったいなぜ?

(報道局記者 長野幸代)

お中元は“虚礼”? やめる企業が続々と

「本年度以降の中元・歳暮の贈答を控えさせていただくことに致しました」
飲食店の予約サイトを運営する「ぐるなび」。

6月、お中元などの贈答を今後控えると発表しました。
広報担当者
「コロナ禍を経てリモートワークが広がったことで、贈っても相手がオフィスにいなくて受け取られないケースが想定されます。それに、お互いに形だけで贈り合うなら、『虚礼廃止』の点からもやめようということになりました」
虚礼とは、気持ちがこもっていない、形骸化した儀礼のこと。

なんとなく形式的に続いてきた贈答、というものが多いのでしょうか。

都内のアルコール製剤メーカーも、5月に虚礼廃止を発表しました。
創業71年。

お中元を贈らないのは初めてだといいます。
今津薬品工業 担当者
「これまでは毎年お中元を贈ってきました。ただお取引先様でも、去年ごろから虚礼廃止を打ち出すケースが増えて参りました。弊社でも検討した結果、形骸的に行っていた部分を一度見直したほうがよいとの結論に達しました」

中元市場は縮小傾向

取引先へのお中元が慣例だったビジネスの現場で広がる、見直しの動き。

お中元をやめる企業は、金融機関から運送会社、不動産会社など業種や業界は多岐にわたります。

コンプライアンス意識の高まりや経費削減など、その要因もさまざまです。

民間の調査会社、矢野経済研究所によりますと、中元の市場規模は縮小傾向です。

去年(2022年)は、6820億円の見込み。

5年前(2018年)の7580億円と比べ、およそ1割減ったとみられています。

お中元は何のため? “儀礼”への抵抗感

危機感を募らせるのは、これまで中元需要を取り込んできた企業です。

米菓の通信販売を手がける会社では、お中元とお歳暮の売り上げが、1年の売り上げの半分を占めます。

しかし、お中元の売り上げは年々減少しています。

顧客の多くは50代から60代以上。

消費者は、お中元をどう捉えているのか。

販路の拡大につなげようと、さまざまな調査を行っています。

その1つが「虚礼廃止」に関する調査です。
お中元などを取りやめる動きについて、7割以上の人が「良いことだと思う」と回答しました。

20代から30代の若い世代を対象にした調査も行っています。

その結果、72%の人が「お中元を贈る予定はない」と回答。

その理由について、多くの人が“今の時代にあわない”と回答しました。
一方、8割近くの人が「儀礼ではなく家族や友人に贈るのは良いと思う」と答えました。

こうした結果から、若い世代は儀礼(社交辞令)を嫌い、形式や中身(値段)より“心が伝わるか”を、特に重視していると分析しています。
新潟味のれん本舗 企画課 八子桂子さん
「若者のお中元離れも、虚礼廃止もそうですが、形式ばったものは敬遠されます。その一方で、個人的な贈り物は増えてきているように感じています。今後こうしたパーソナルギフトに力を入れていきたいと考えていますが、時期が定まっていないだけに、お中元などのような圧倒的な売り上げを作るのは難しいと感じています」

変わるお中元文化

夏に、この半年の感謝を込めて贈る、お中元。

この風習は、デパートのマーケティング戦略が与えた影響も大きいとみられています。

「『お中元』の文化とマーケティング」の著者で神戸学院大学の島永嵩子教授は、次のように指摘しています。
神戸学院大学経営学部 島永教授
「お中元は1年の中間で、帰省やお盆にも重なり、ちょうどボーナスが支給されます。明治に誕生した百貨店は、非日常的な消費としてお中元に焦点を当てて、マーケティングを展開してきました。贈答品も時代と共に変えています」
贈答をやめる企業の動きを受けて、ターゲットも個人にシフトしていると言います。
神戸学院大学経営学部 島永教授
「個人でも、一度送ったら毎年贈らなければならないと心理的な負担になります。お中元の儀礼的な要素は薄れて、今後はカジュアルな贈り物としてどんどん形を変えていくのではないか」
こうした見方を裏付けるように、中元市場が縮小しているのに対し、ギフト市場そのものは堅調です。

矢野経済研究所によると直近5年間をみても、市場規模は10兆円前後を維持しています。

「お中元」の文字が小さく…

こうした変化にどう対応するのか。

お中元文化に一役買ってきたデパートは、すでに対応を始めていました。
東京・日本橋の高島屋。

ギフトセンターには、ハムやビール、洋菓子など、およそ2000点が並びます。

このデパートでは、ことしから、メインタイトルを「夏の贈りもの」に変えました。

お中元の文字は小さく、サブタイトルになっています。
高島屋 企画宣伝部 手島将隆さん
「お中元は、仕事のつきあいなどのニーズから、少しずつ変化してきています。最近では身近な方へ感謝の気持ちを伝えるニーズが多くなってきていて、お中元に限らず、そのニーズを取り込むために変えました」。
お中元を選びに訪れていたお客さんにも話を聞きました。
70代女性
「昔は10軒ぐらいは贈っていたけど、ことしからお中元、お歳暮はやめようねってことになって、ことしは3件に贈ります。お互い年金暮らしだしね」

60代女性
「なかなか会えない地方の親戚に贈ります。ことしは何にしようかなと考えるのも楽しいですよ。でも子ども、孫と、いろんな時にいろいろな贈り物をしますでしょ。お中元として正式に贈る件数は減ったけど、プレゼントを贈る機会自体は増えたような気がしますね」
このデパートでは、“ここでしか買えない”限定商品の開発や販売にも力を入れます。

新たな顧客を開拓することで、この時期の売り上げを、去年よりも3%ほど伸ばしたいとしています。
高島屋 企画宣伝部 手島将隆さん
「伝統や風習を守り伝えることも百貨店の役割だと思っています。お中元という本来の伝統文化のよさも伝えつつ、新たな需要や、新たなお客様を開拓していきたいと考えています」

「失敗したくない」に応える 選び直しもOK?

一方、参入する企業が増えているのが「ソーシャルギフト」。

住所は知らない。

本名も知らない。

それでも贈ることができ、先ほどのデパートも参入しています。

インターネットのサイトで商品を選んで購入し、そのURLを贈りたい相手にSNSやメールで送れば、受け取る側が、住所や受け取り時間帯などを入力する仕組みです。

中には、受け取った側が、贈り物を「選び直せる」サービスも登場。
届いたURLからアクセスし、そのまま受け取るか、選び直すかを選択できます。

利用者の多くは30代です。

「送り手としてもプレッシャーが激減する」(30代男性)とか「アレルギーやダイエット中などもあるので“選び直せる”というのはすごく良い」(40代男性)という声も寄せられていて、選び直す人の割合は46%に上るといいます。
GiftX 広報 倉橋愛里さん
「贈ろうと思っても好きな物を知らなかったり、受け取った側も使わなかったりするとせっかくの機会がもったいないですよね。本当にほしいものをもらった方が、その後のコミュニケーションや人間関係の構築につながると思っています」
一方、大手ネット通販会社で需要が高まっているのが、カタログギフトです。

去年(2022年)の流通額は、2019年の3倍。

その去年の同じ時期(6月1日から7月6日)と比べて、ことしはすでに2倍以上に伸びているといいます。
楽天グループ株式会社 EC広報課 宮坂絵美さん
「友人など身近な人などに気軽に贈る、でもだからこそ“失敗したくない”という思いも強い。ほしいものを贈る相手が選べる点が、支持される要因だと思います」
今後は「防災用品」や「子供服」など、選べる商品のジャンルを絞る「特化型」のカタログに力を入れる方針です。
時代とともに変化を続けてきたお中元。

その動向からは、私たちのコミュニケーションのあり方そのものの変化も透けて見えてくるようです。

日頃の感謝の気持ち、皆さんは、どのように伝えますか?

そもそもお中元って何?

【由来】

中国の道教の祭日「三元」が起源。

上元(旧暦1月15日)、中元(旧暦7月15日)、下元(旧暦10月15日)

日本に伝わる際にお盆など他の行事とも重なり、日本独自の贈答の機会として定着。

【歴史】

室町時代:公家などの上層階級で広まる。

江戸時代:一般庶民にも慣習として定着。商人たちが、決算期である中元の時期にお得意先に粗品を贈るようになる。“お世話になった人への感謝の贈り物”として根付く。

明治時代:百貨店が続々と誕生。お中元が本格的に盛んになる。夏の大売り出しなどもあり、仕事関係やお世話になった人へ贈る物として定着した。一方、“一種の義務になっている”と、贈答の廃止や簡素化を目指す動きも。

昭和:商品が多様化。戦後は舶来ウイスキーや万年筆のほか“三種の神器”洗濯機、冷蔵庫、テレビが贈答品になることも。バブル期には海外ブランドも登場。

平成:中元商品のバリエーションが縮小。食品で固定化される。
報道局記者
長野幸代
2011年入局
岐阜局、鹿児島局、経済部を経て現所属