岸田首相 福島第一原発処理水の放出方針めぐり IAEAから報告書

福島第一原発にたまる処理水を基準を下回る濃度に薄めて海に放出する方針をめぐり、岸田総理大臣はIAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長と面会し、安全性に関する報告書を受け取りました。

政府は、報告書の内容を踏まえて夏ごろとしている放出開始の具体的な時期について詰めの検討に入ることにしています。

東京電力福島第一原子力発電所にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水について、政府は基準を下回る濃度に薄め、夏ごろから海への放出を始める方針です。

こうした中、岸田総理大臣は午後4時すぎから、IAEAのグロッシ事務局長と総理大臣官邸で面会し、安全性に関する包括的な評価結果をまとめた報告書を受け取りました。

岸田総理大臣は「私は国際社会の責任あるリーダーとして、日本や世界の人々の健康や環境に悪影響のある放出を認めることはないと申し上げてきた。引き続き科学的根拠に基づき、高い透明性を持って、国内外に丁寧に説明していきたい」と述べました。

そして「報告書の内容を聞かせてもらい、わが国として誠実に対応していきたい」と述べました。

これに対しグロッシ事務局長は、評価結果について「科学的かつ中立的なもので、日本が次のステージに進むにあたり決断を下すのに必要な要素がすべて含まれていると考えている」と述べました。

政府は報告書の内容を踏まえて、夏ごろとしている放出開始の具体的な時期について、詰めの検討に入ることにしています。

IAEAの評価活動の経緯は

IAEA=国際原子力機関は、東京電力福島第一原子力発電所でたまる処理水を基準を下回る濃度に薄めて海に放出する計画を巡り、日本政府からの要請を受けて2021年から安全性の評価を行ってきました。

そして、2022年2月から調査団を日本に送り、評価を進めてきました。

去年5月にはIAEAトップのグロッシ事務局長も日本を訪れ、福島第一原発の視察などを行っています。

安全性の評価を行う調査団にはIAEAの職員だけでなく、中国や韓国などの周辺国やアメリカなど11か国の専門家も加わっています。

ただ、これらの専門家は国を代表して調査団に加わっているわけではないとしています。

IAEAは処理水の放出が始まる前に安全性の評価をまとめた包括的な報告書を公表するとしていて、どのような内容になるか注目されてきました。

この評価について、IAEAは「国際社会への情報提供と透明性を高めるという目標を支援する上で有益なものになる」と説明しています。

2021年4月 関係閣僚会議で処理水に関する基本方針決定

政府は、2021年4月の関係閣僚会議で、東京電力福島第一原子力発電所にたまる処理水に関する基本方針を決定しました。

基本方針では、処理水の放出にあたってトリチウムの濃度を国の基準の40分の1未満、WHO=世界保健機関が示す飲料水の基準の7分の1程度に薄めるとしました。

また、風評対策を徹底するとともに放出の安全性について国民や国際社会から理解を得るための情報を発信し、風評被害が生じた場合には東京電力に賠償を求めるとしました。

さらに国際社会に対して透明性を示すため、IAEA=国際原子力機関に安全性の検証や情報の発信などで協力を要請してきました。

ことし夏ごろから処理水の海への放出を始めるとする政府としては、IAEAの検証結果を踏まえて、自治体や漁業者をはじめ、放出に強く反発する中国や懸念の声が根強い韓国など国際社会に対しても放出への理解を求めていくことにしています。

一方、福島第一原発の事故に伴う食品や水産物などの輸入規制は、現在も12の国や地域で続いていて、このうち、中国や韓国、台湾など5つの国と地域では輸入停止の措置がとられています。

中国は、福島、宮城、東京、千葉など1都8県で生産されるすべての食品の輸入を停止しているほか、韓国は福島、宮城、茨城など8県で、すべての水産物の輸入を停止しています。

政府は個別の会談や国際会議などあらゆる機会をとらえて規制を続ける各国に対し、撤廃を働きかけていく方針です。

西村経産相「IAEAの結論 国内外に丁寧に説明」

西村経済産業大臣は4日夕方、IAEAのグロッシ事務局長と会談しました。

この中で、西村大臣は「何度もレビューが行われ、包括報告書がまとめられたことに敬意を表したい。科学的根拠に基づいて、わが国の取り組みが関連する国際安全基準に整合的であること、放射線による人体や環境への影響は無視できると結論づけていただいた」と述べました。

そのうえで「IAEAの結論を国内で丁寧に説明するとともに海洋放出の安全性について国際社会に対してもしっかりと透明性を持って情報発信していきたい」として今後、地元の漁業者をはじめ、隣国の中国や韓国など国内外に丁寧に説明し、放出への理解を求めていく考えを強調しました。

これに対し、グロッシ事務局長は「報告書は2年以上かけ、科学的根拠をベースにしたわれわれの作業の結果がまとめられている。これで海洋放出における協力や連携がさらに進み、安全第一に作業が行われることになる」と述べました。

野村農相「安心して漁業を続けていくための対策を」

野村農林水産大臣は閣議のあとの会見で「放射性物質のトリチウムを対象とする海水や水産物のモニタリング検査を現在行っており、風評被害が出ないような対策をとっている」と述べました。

そのうえで「処理水の海洋放出にともなって国産水産物の需要が減少するなどの風評被害が生じる場合には、全国の漁業者が安心して漁業を続けていくための対策を講じていきたい」と述べ、各省庁と連携して漁業者の支援に向けて取り組んでいく考えを示しました。

立民 泉代表「国民への説明 もっと丁寧に」

立憲民主党の泉代表は党の常任幹事会で「全国の漁連も処理水の放出に反対の立場の中、なし崩し的に放出するのは誤りだ。国民への説明をもっと丁寧にやらなければならず、被災地に寄り添って考えていくべきだと引き続き訴えていきたい」と述べました。

国民 玉木代表「粛々と対応 風評被害を防ぐ意味でも必要」

国民民主党の玉木代表は記者会見で「IAEA=国際原子力機関などさまざまなチェックを経て、科学的に大丈夫ということであれば、海水浴シーズンであろうがなかろうが問題なく、たんたんと計画に従って対応していけばいい。粛々と対応していくことが、風評被害を防ぐ意味でも必要だ」と述べました。

福島県知事「客観性や透明性の確保が重要」

IAEA=国際原子力機関による処理水の放出計画の安全性に関する包括的な報告書が公表されることについて、福島県の内堀雅雄知事は3日、定例会見で、「処理水の取り扱いに関しては、国内外の理解醸成に向け、さまざまな取り組みを進めるうえでも、客観性や透明性を確保することが重要だ」と指摘しました。その上で、「国は引き続きIAEAなどの国際機関と連携し、第三者による監視と透明性の確保に努めるとともに、包括的報告書の内容も含め、科学的な事実に基づく分かりやすい情報発信を行うべきだ」とし処理水の放出に対する国内外の理解を深めるため国が責任を持って取り組むよう改めて求めました。

宮城県議会 処理水の海洋放出に全会一致で反対

宮城県議会は、海洋放出に反対し、地域の理解を得た上で国が責任を持って対応するよう求める意見書を全会一致で可決しました。

東京電力福島第一原子力発電所にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水について、政府は基準を下回る濃度に薄め、夏ごろから海への放出を始める方針で、必要な設備の性能確認などの準備はおおむね整っています。

宮城県議会は会期末の4日本会議を開き海洋放出に反対し、国が漁業者などの理解を得た上で責任を持って対応するよう求める意見書を全会一致で可決しました。

意見書では、国に対し、海洋放出以外の処分方法を引き続き検討することや風評被害を生じさせないため科学的な根拠に基づく情報をわかりやすく発信することを要望した上で、対策を講じても風評被害などが起きた場合は、国が責任を持って財政措置を講じるよう求めています。

本会議のあと県議会の菊地恵一議長は「海洋放出は絶対にしないでほしいが、当事者は国なので、意見書を出すことで明確な意思表示をした。国際機関が『安全』と認めても住民や漁業者からの不安は大きいので、十分な対策をするよう強く国に申し入れたい」と述べました。

宮城県漁協組合組合長「国が対策を講じることが一番」

東京電力福島第一原発にたまる処理水を基準を下回る濃度に薄めて海に放出する計画をめぐり、IAEA=国際原子力機関が安全性に関する報告書を日本政府に提出したことを受けて、宮城県漁業協同組合の寺沢春彦組合長は「海洋放出は反対だと意思表示をしてきたが、放出に向けた動きが進んでいると改めて実感した。海の動植物やさまざまなものにどんな影響を及ぼすか、長期的であるほど不安に思っている」と懸念を示しました。そのうえで、「基準を満たしていても、せっかく水揚げされたものが適正価格で取り引きされないとか、そんなに量は要らないということも起こりうると思う。風評そのものを起こさないため、国が対策を講じることが一番だと考えている」と話していました。

駐日中国大使「科学への尊重みられない」と非難

中国の呉江浩駐日大使は記者会見で、日本政府はIAEA=国際原子力機関の報告書が発表される前に、放出を決めていたと指摘し、「科学への尊重がみられない」などと非難しました。

中国の呉駐日大使は、日本政府がIAEA=国際原子力機関から安全性に関する報告書を受け取るのを前に、4日午前、都内の大使館で記者会見しました。

このなかで呉大使は、日本政府が処理水の海への放出を2021年決め、その後延期はないと強調してきたなどと指摘したうえで「IAEAがどのような結論を出しても、日本側は海への放出を決めていた。少しも科学への尊重がみられない」と非難しました。

その一方で、IAEAについて「海洋環境や生物の健康への長期的影響を評価する適格な機構ではない」と述べ、IAEAの報告書が公表されても日本側の海洋放出の正当性や合法性を説明できるものではないと主張しました。

そのうえで「日本側は海への放出をやめ、科学的で、安全性や透明性を担保し、各国が納得できる処理を検討することだ」と述べ、日本側をけん制しました。

韓国大統領府高官「報告を聞いてから評価」

報告書の提出に先立って、韓国大統領府の高官は4日午後、IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長の今月7日からの韓国訪問について記者団に問われたのに対し、「私たちの立場を伝えるより、IAEAの立場を聞くのが先だ。どんな報告か聞いてみてから評価したい」と述べ、政府としてグロッシ氏から直接報告書の内容の報告を聞いて、対応を検討する考えを示しました。

韓国与党 首席報道官「検証結果 謙虚に受け止め」

韓国の与党「国民の力」のカン・ミングク首席報道官は、報告書の提出を受けて記者会見し「IAEA=国際原子力機関の調査団がおよそ2年間にわたり検証した結果だけに、韓国も国際社会の中枢国家として謙虚に受け止め、冷静な分析をもとに落ち着いて対応しなければならない」と述べました。

その上で、野党の「共に民主党」が放出に反対していることについて「野党はこれまで偽りの扇動を行い、IAEAの検証すら信じられないとしている。何の科学的根拠もなく政争のために扇動しても、耳を傾ける人はおらず、国際的に恥をかくだけだ」と批判しました。

韓国野党「空っぽの報告書」

韓国の国会で過半数を占める最大野党「共に民主党」は、報告書を強く批判しました。

このなかで処理水を「核廃水」と呼んだ上で、「日本政府と東京電力の立場だけで書かれた空っぽの報告書だ。世界の人びとと韓国の懸念の払拭に全く寄与していない」と主張しました。

そして「国際機関として安全性を検証する責任を事実上放棄した」としてIAEAを非難しました。

「共に民主党」はこれまでにも、処理水を放出する計画について、「放射能テロ」などと過激な表現を使って強く反対してきました。