円の独歩安?1ドル=145円台に 市場介入はあるか【経済コラム】

政府・日銀は再び市場介入を行うのか。マーケットの警戒は一段と高まっています。円相場は、1ドル=145円台まで値下がりし、政府関係者からは円安をけん制する発言が相次いでいます。市場介入は行われるのか、去年秋の介入のときと状況はどう違うのか取材しました。(経済部記者 真方健太朗)

去年9月との類似点

政府・日銀はどの水準で市場介入に踏み切るのか。

多くのマーケット関係者が、意識しているのが1ドル=145円台という水準です。

去年、政府・日銀が市場介入を行ったのは9月22日と10月21日、24日の3回です。

このうち9月22日には、円相場が1ドル=145円台後半まで円安が進んだところで市場介入が実施されました。

東京外国為替市場では6月30日、7か月ぶりにこの円安水準に達しました。

このため市場では介入への警戒感が高まっているというわけです。

政府・日銀が為替の動向を見るうえで判断材料としているのが円安が進む「スピード」です。

円相場の水準を午後5時時点で比較すると、6月29日は1ドル=144円31銭。

その2か月前の4月28日から9円近く円安が進みました。

一方、介入を行った去年9月22日は1ドル=145円78銭。

その2か月前の7月22日から8円以上円安方向に動いたことになります。

2か月間の為替の動きをみると、今の円安のスピードは、去年9月とそれほど変わらないという見方もできます。

マーケット関係者の中には、円安のスピード、そしてその背景事情にも類似点がみられると指摘します。

バークレイズ証券 門田真一郎チーフ為替ストラテジスト
「いま円安が進んでいるのは、欧米が利上げを進める一方、日銀が金融緩和を続けているためだ。こうした状況は介入があった去年9月とあまり変わっていない。ここ数か月の期間で見ると円安が進むスピードもやや早く、これも去年9月と似ている。こうした点を見ると市場介入がいつあってもおかしくない状況だ」

去年との相違点は

一方で、去年9月とは状況が異なるという指摘もあります。

まず、為替変動の振幅の幅についてです。

今回の円安局面では、円相場がじりじりと小刻みに円安方向に動いているのに対し、去年秋の円相場の値動きは振幅の幅が大きく、日々の変動の度合いで見るとことしはそれほど大きくないという指摘もあります。

ただ、先に指摘したように2か月間の値動きで見ると去年秋に匹敵する急ピッチな値動きで、財務省の神田財務官も6月26日、「足元は急速で一方的だ」と指摘しています。

これが市場介入が意識される「行き過ぎた動き」となるのはどの時点なのかが焦点です。

相違点の2つ目は「原油価格」の下落です。

去年は、ウクライナ情勢やコロナ禍からの回復を背景に原油価格の高騰が続いていました。

原油高と記録的な円安によって、去年は貿易収支の赤字が拡大。

ガソリンや電気などの価格が上昇し、私たちの生活や企業経営の負担も増える一方でした。

ことしは企業の価格転嫁の動きが進み、物価の上昇は続いていますが、足元の原油価格は去年のピーク時と比べると3割から4割程度下落しています。

このため「市場介入に向けた政府・日銀の切迫感は去年ほど高くない」という見方も出ています。

そして最後に「アメリカや各国の理解」です。

去年の市場介入にあたり、政府はアメリカをはじめ各国の理解を取り付けた上で実施していましたが、一部のマーケット関係者は「ことしは市場介入についてアメリカなどの理解が得られにくいのではないか」と指摘します。

その理由は、ドルをとりまく状況の変化です。

去年は、アメリカの中央銀行にあたるFRBがインフレを抑えるため積極的な利上げを行っていたこともあって、「ドルの独歩高」ともいえる状況でした。

ただ、この1か月ほどでみると各国の通貨とドルの金利差が縮小し、相対的にドルが弱くなっています。

ただ、その例外が日本です。

いまは「円の独歩安」となっていて円安の背景には日本固有の事情があるとの見方も出ています。

大和証券 石月幸雄シニア為替ストラテジスト
「この局面での市場介入には懐疑的だ。去年と比べるとドルがユーロなど主要通貨に対して安くなっているためアメリカの理解が得られないのではないか。円売りを仕掛ける投機的な動きも去年と比べるとまだ行き過ぎているという状況ではない」

金融政策のスタンスの違いが円安の背景に

日本固有の事情。

それは金融政策のスタンスです。

それを象徴するような場面がありました。

6月28日、ポルトガルでECB=ヨーロッパ中央銀行が開いたフォーラム。

日米欧の中央銀行のトップが顔をそろえる中、討論が行われました。

このなかで、ECBのラガルド総裁は「インフレが安定したことを示す証拠はまだ十分ではない」と発言。

アメリカ、FRBのパウエル議長も「予想よりも経済成長や雇用市場は強く、インフレ率も高くなっている」と述べ、今後も利上げを継続する必要性を強調しました。

これに対し、日銀の植田総裁は、「日本の消費者物価指数は、3%を超えているものの、基調的な物価上昇率は、目標としている2%をやや下回っている」と述べ、金融緩和を続けている理由について説明しました。

このように欧米と日本との間で金融政策のスタンスが異なる以上は、円が売られやすい状況は続くというのが多くの市場関係者の見方です。

当局の出方に市場は注目

それでは、日銀の金融緩和がその効果を発揮し、政策を正常化するのはいつなのか。

フォーラムで植田総裁からはこんな発言も。

「日銀審議委員に就任した25年前は日銀の政策金利が0.2%から0.3%で今は-0.1%だ。金融政策の効果が出るには25年はかかるのではないか」

これは会場を沸かせた植田総裁一流のジョークでしたが、一方で今後の政策変更を示唆する発言もありました。

植田総裁は、「来年には物価がいくぶん上昇すると予想しているが確信は持てない」とした上で「物価が上昇する合理的な確信が持てれば、政策変更の十分な理由になる」という考えも示しています。

このまま円安が進むのか。

あるいは政府・日銀が再び“伝家の宝刀”を抜いて市場介入に踏み切るのか。

それとも日銀の金融政策に変化がみられるのか。

政府、日銀の出方に市場は神経をとがらせています。

注目予定

来週はアメリカや日本の景況感をみる上で重要な指標の発表が相次ぎます。

7月3日(月)の日銀短観は、新型コロナの影響から国内経済がどこまで立ち直っているのかポイントです。

また、週の後半にはアメリカで雇用統計などの発表があり、アメリカの景気の底堅さを示す結果となるのかが焦点となります。

一方、7月6日(木)には6月のFOMCの議事録が公表されます。

いったん利上げを停止した背景にどのような議論があったのか、その内容に注目が集まっています。