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【詳しく】“入学選考で人種考慮は違憲” 米最高裁判断 影響は

アメリカの連邦最高裁判所が、45年前の判断を覆しました。

アメリカの大学が入学選考で黒人などの人種を考慮している措置について29日、「憲法違反だ」としたのです。

人種差別解消のために進められてきた取り組みを逆行させるものだと批判も出ていて、今回の判断への波紋が広がっています。

経緯や影響などについて詳しくまとめました。

争点となったのは「アファーマティブ・アクション」

今回の訴訟で争点となったのは大学の入学選考で導入されていた「アファーマティブ・アクション」=積極的差別是正措置です。

「アファーマティブ・アクション」は長年、不平等な待遇を受けてきた黒人など少数派の人々に教育や雇用などの機会を積極的に与えるものです。

1960年代、黒人への差別撤廃を求める公民権運動を経て導入されました。

この措置を導入した大学ではこれまでに黒人などの少数派のために、合格定員の中に一定の枠を設けたり、加点したりなどしてきました。

これまでの判断は

しかしこうした措置は「白人に不利になり、逆差別だ」などとしてたびたび連邦最高裁判所で争われてきました。

1978年には「大学の入学選考で人種を基準の1つとすることは合憲だ」とされる一方で、少数派のために一定の枠を設けることは違憲とされました。

また、2003年には人種を理由に加点することについては違憲とされましたが、人種を考慮する措置そのものは合憲と判断しています。
ただ、このときの判断では「措置はいつまでも存在してはならない」ともしています。

今回、訴えを起こされていたハーバード大学は入学選考において高校時代の成績や共通の学術試験、作文など、総合的に判断する中の1つの要素として人種を考慮していたと説明しています。

こうした結果、ハーバード大学の学生新聞「ハーバード・クリムゾン」によりますとことし秋に入学する新入生の人種の割合は白人が40.8%、アジア系が29.9%、黒人またはアフリカ系が15.3%、中南米系が11.3%などとなっています。

ハーバード大学は裁判の中で「措置がなければ黒人やヒスパニック系の学生が大幅に減る」と主張していました。

今回の裁判と判断は

この問題をめぐって新たな判断を示した今回の裁判。

訴えていたのは学生などでつくる保守派の団体です。

アメリカのハーバード大学やノースカロライナ大学が入学選考をする上で黒人やヒスパニック系などの人種を考慮している措置について、アジア系や白人が不利になり、差別にあたるなどとしてそれぞれの大学を訴えていました。

これに対し、大学側は「人種は選考する際の1つの要素にすぎず、措置がなくなれば黒人やヒスパニック系の学生が大幅に減り、多様性が損なわれる」などと反論していました。

これについて連邦最高裁判所は29日「生徒は人種としてではなく、個人としての経験で評価されなければならない」などとして措置は法の下の平等を定めた憲法に違反するという判断を示しました。

9人の判事のうち、保守派の6人全員が憲法違反との判断を示したということです。

今回の判断は45年前に連邦最高裁が示した「大学の入学選考で人種を基準の1つとすることは合憲だ」とした判断を覆した形です。

アメリカでは長年、志願倍率の高い多くの大学で同様の措置がとられていて、今回の連邦最高裁の判断を受けて選考方法の見直しなど大きな影響が出ることが予想されます。

「判断は大きな衝撃であり転換」人種をめぐる問題の専門家

人種をめぐる問題に詳しいバージニア大学法科大学院のキム・フォードマズルイ教授は連邦最高裁判所が大学が入学選考で人種を考慮する措置が憲法に違反するという判断を示したことについて「アメリカには4000以上の高等教育機関がありそのうちの少なくとも40%で人種を考慮する措置がとられているとみられる。連邦最高裁の判断は大きな衝撃であり転換だ」と述べました。

そして「大学が黒人などの少数派を含めた多様性を維持しようとするならば、人種で考慮した場合と同様の結果になるような選考基準に変えなければならない」とした上で、新たな選考方法について「『家庭の経済状況』や『家族の中で初めて大学に進学するか』などが考えられるが、受験生が記入する書類を読みこむため、時間や費用もかかる」と指摘し黒人などの少数派の学生の割合を維持するのは難しいという見方を示しました。

さらに人種を考慮した措置は雇用や奨学金の支給にも利用されていることから今後、こうした分野でも影響が広がる可能性を示しました。

判断に歓迎と抗議 賛否の声あがる

判断を受けて、こうした措置は白人などに対する「逆差別」で不公平だと訴えてきた人たちからは歓迎の声が上がった一方で、措置が必要だとする人たちからは「少数派の声が社会に反映されづらくなる」などと抗議の声が上がっています。

今回の訴訟で原告団を率いた保守派の団体の代表は会見を開き「今回の判断は多様な人種や民族からなるアメリカ社会を結びつける、肌の色を問わない法的な仕組みの回復の始まりだ」と述べ、裁判所の判断を歓迎しました。

一方、措置の必要性を主張していたハーバード大学は「変革的な教育や学習、そして研究はさまざまな背景、視点、経験を持つ人々からなるコミュニティーによって成り立つという基本原則はこれまでと同様に今後も真実かつ重要であり続ける」とする声明を発表し、大学内の学生の多様性を重視する立場に変わりはないと強調しています。

また、ハーバード大学の2年生で黒人女子学生のナーラ・オーエンズさんは連邦最高裁の近くで抗議集会を行い、「大学で多様性が確保されなければ議会や裁判官、大手企業のCEOたちの多様性も確保されなくなる。私たちのような黒人の声が社会に反映されづらくなる」などとして措置の必要性を訴えていました。

世論調査では

大手調査会社のユーガブとアメリカのCBSテレビが6月に行った世論調査によりますと、大学の入学選考におけるアファーマティブ・アクションについて
「容認されるべきだ」と答えた人が30%だったのに対し、
「容認されるべきではない」と答えた人は70%にのぼっています。

支持する政党別に見ますと
民主党支持層の55%が「容認されるべきではない」と答える一方、
共和党支持層では82%が「容認されるべきではない」と答えていて、共和党の支持者の間でより反対が多くなっています。

一方、アメリカにおける人種差別について、
「依然として大きな問題だ」と答えた人が53%、
「やや問題だ」と答えた人が37%、
「まったく問題ではない」と答えた人が10%と
90%の人が人種差別の問題が残っていると答えています。

また大学の入学選考に限らず、雇用や昇進など幅広い分野で考慮するアファーマティブ・アクションそのものについては53%の人が継続すべきだと答えています。

「多様性が優れた学問には不可欠」ハーバード大学 次期学長

7月1日から黒人として初めて、ハーバード大学の学長となるクローディン・ゲイ次期学長は連邦最高裁判所の判断を受けて動画で声明を発表しました。この中でゲイ氏は今後の大学の方針への影響を精査する考えを示したうえで「私たちは裁判所の決定に従うがそれが私たちの価値観を変えるわけではない」と述べました。

そして「繁栄し多様性がある知性のコミュニティーが、群をぬいて優れた学問には不可欠で、次世代のリーダーを育成するためにも重要だと私たちは日々、深く信じ続けている」と述べ、在校生や将来入学を希望する学生に向けて今後も多様性を重視する姿勢を強調しました。

バイデン大統領「多様性こそがわれわれの強みだ」

連邦最高裁判所の判断を受けてバイデン大統領はホワイトハウスで演説し「裁判所の判断に強く反対する。アメリカにはまだ差別が存在し、その事実は今回の判断によって変わるものではない」と述べて批判しました。

そのうえで「今回の判断は多くの人をひどく失望させるものだが、これによって国を後退させるわけにはいかない。多様性こそがわれわれの強みだということを忘れてはならない」と述べて、大学は引き続き多様性の確保に努めるべきだと強調し、関係省庁にそのための方策を検討するよう指示すると明らかにしました。

一方、野党・共和党のマッカーシー下院議長はツイッターに投稿し「これによって生徒は平等な基準と個人の功績に基づいて競争できるようになり、大学の入学選考はより公平になる」として連邦最高裁の判断を歓迎しました。

大統領経験者の反応は

連邦最高裁判所の判断を受けて大統領経験者も声明を発表しました。

このうち共和党のトランプ前大統領は、ソーシャルメディアに「アメリカにとって偉大な日だ。誰もが待ち望んだ決定であり結果はすばらしいものだった。すべて実力主義に戻る。それがあるべき姿だ」などと投稿しました。

また、民主党のオバマ元大統領は声明で、今回の裁判で争点となったアファーマティブ・アクション=積極的差別是正措置について「より公正な社会を目指す上で、完全な答えではなかったかもしれないが主要な機関の大半から組織的に排除されてきた何世代もの人たちにとって、テーブルにつくに十分値すると示す機会を与えてくれた。連邦最高裁の判断を受けて、改めて私たちの取り組みを進める時だ」とコメントしました。

専門家「アメリカ社会の亀裂を象徴 さらに深めていくことに」

アメリカの政治と社会に詳しい慶應義塾大学の渡辺靖 教授は、連邦最高裁判所の判断について「人種を考慮することが違憲になるわけなので、中長期的に見た場合はアメリカ社会全体の政治家や企業のリーダーの中で黒人やヒスパニックの割合が減っていくことにつながりかねない」と述べました。

そのうえで「法の下の平等ということで下った判決だが実質的には白人の権利を擁護し、見えない差別を助長する結果になりかねないという危惧がある」と指摘しました。

また、今回の裁判で争点となったアファーマティブ・アクション=積極的差別是正措置については「アメリカ社会は日本よりもさらに高学歴社会なので高等教育を十分に享受できるかがその後の人生にも大きな影響を与える。社会全体としても差別の対象になってきた黒人をはじめマイノリティーの人たちをより政治や経済の場に進出させることに大きな役割を果たしてきた」と評価しました。

また、アメリカ社会の現状については「広い視点でいうと人種を考慮することが、多様な社会を生み出すのかそれともかえって社会の分断を招いてしまうのかが問われていて、その見方が保守派とリベラル派では明確に分かれてしまっている」と述べました。

そして「その中で保守派が優勢な最高裁が判決を下したのでアメリカ社会の亀裂を象徴すると同時にさらに深めていくことになる」と指摘しました。

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