「より豊かな人生を」24歳が立ち上げた障害者のためのスクール

「より豊かな人生を」24歳が立ち上げた障害者のためのスクール
もしあなたが、今の仕事に満足していなかったなら、どのようにキャリアアップを考えますか。

もしあなたが、病気や事故で、ある日突然、体が思うように動かなくなったら、今の仕事を続けていけるでしょうか。

たとえ障害があっても、より豊かな人生を送るために、キャリアを高めてほしい。

そんな思いから、障害がある人のためのキャリアアップスクールを立ち上げた男性がいます。

(国際放送局記者 照井隆文)

将来が不安だった

福島県須賀川市の松川力也さん(24)。

今年2月、オンラインスクール「RESTA」を立ち上げました。
障害のある人が収入を増やせるよう、スキルアップを支援することが目的です。

松川さんは、14歳の時、脳内出血の後遺症で左半身にまひが残りました。
それまで身近に障害のある人がおらず、インターネットで検索しても障害者がどのように働いているのかという情報は十分に得られなかったため、将来どんな仕事ができるのか不安でした。

そんな松川さんは、障害のある自分だからこそ、障害者の気持ちをより理解できるはずだと考え、専門学校を卒業したあと言語聴覚士として病院に勤務。

ことばでのコミュニケーションに障害がある人たちのリハビリを支えました。
その後、障害者の就労支援に携わるようになった松川さんは、健常者との間に賃金の格差があることを改めて知りました。

賃金に格差が

規模の大きい企業は、法律で障害者を一定の割合で雇用することが義務づけられています。

その割合「法定雇用率」が順次引き上げられ、働く障害者の数そのものは増えています。

しかし賃金面では格差があるのが実態です。

平成30年度の厚生労働省の賃金構造基本統計調査では、一般労働者の平均賃金は30万6200円。

一方、調査の仕方は異なりますが、障害者の平均賃金は、もっとも高い身体障害者でも21万5000円で一般労働者の7割程度でした。

知的障害者や精神障害者などは、さらにそれより10万円ほど低くなっていました。(厚生労働省 平成30年度障害者雇用実態調査)

就労を希望する障害者は、就労移行支援事業所とよばれる、全国に3000箇所ほどある施設で、必要な訓練を受けられます。

本人の所得にもよりますが、多くの障害者が無料で利用できます。

しかし松川さんは、障害者が得られる仕事が、あまり専門性を必要としないものが多く、健常者と同じようにスキルアップして収入を増やしている人は決して多くないと考えています。
松川力也さん
「健常者は自己投資をしますよね。その一方で社会として見ると、『障害のある人からお金をもらってはいけない』という考え方もあって、障害者向けの支援は無料であるべきだとされがちです。でも、障害者だからお金を取っちゃいけないよねっていう概念も、すごくおかしいなあと私は思っています。障害のある人が、自分の人生を豊かにするために自分のお金を使うべきだと思っています。そして障害のある人も自分のできることを明確にすれば、絶対スキルが伸びていくと思っています」
松川さんは、福祉サービスとしてではなく、ビジネスとして、障害者を対象にした有料のキャリアアップスクールを開くことを決めました。

2年かけて企業や社会福祉の関係者などにヒアリングを続け、求められる人材を研究。

リモートワークでも働きやすいIT企業にフォーカスを絞って、即戦力となる人材を育てるカリキュラムを用意しました。

「10年後になりたい自分」

松川さんのスクールの第1期生のひとり、大川颯さん(27)。

美容師をしていましたが、4年前に脊髄を損傷し、車いすでの生活となりました。
就職活動をしても、自分がどこまで会社に貢献できるか不安に思う気持ちもあり、なかなか思うような職が得られなかったと言います。

その後、事務職の仕事を得ましたが、収入は満足できるものではなく、少しでも収入を上げたいとスクールの受講を決めました。

スクールでは、ITリテラシーや基本的なビジネスマナーのほか、外出がおっくうになりがちな障害者の習慣を変える意識の持ち方も学びます。
将来、自分がどうありたいか、というビジョンを考えることにも時間を費やします。

3か月間の講習で、大川さんは、大きく自信がつき、働くことへの意識が変わったと話します。

大川さんは今、再び就職活動中で、IT系の企業との間で採用に向けた具体的な話が進んでいるそうです。
大川颯さん
「働くのに必要なスキルを冷静に分析して考えられるようになり、自分はこれとこれは満たしている、これも車いすでもできるかもしれない、と前向きに考えられるようになりました。自分の強みも見えてきて、自分は人に関わる仕事が好きなんだと改めて気付きました」
「以前は、車いすになって、この先なんとなく生きていくんだろうなって思っていました。でもこのカリキュラムを受けたことがきっかけで、10年後に自分はどうしてるんだろうと考えるようになりました。就職して年収を上げるのが目標だと思うんですけど、結果的にそういうところだけでなく、どうやったら楽しいだろうとか、人生が自立するんだろうかっていうようなことを考えられるようになりました」

働き方の多様化が追い風に

コロナ禍を経て、働き方が多様化したことが、障害者の就労の追い風にもなっています。

北海道北見市に住む田澤由利さんは、2008年から、リモートワークを検討する企業などへのコンサル業務を行ってきました。

田澤さんは、リモートワークが障害者の働き方の可能性を広げると考え、企業などへの働きかけを続けてきました。
テレワークマネジメント代表取締役 田澤由利さん
「法定雇用率を守らなければならないので、障害のある方を雇用したいと考えている企業は多い。ただ、どうしてもそうした一定規模以上の企業は都会に集まりがちです。障害のある方が都会で就職しようとすると、一人暮らしをしなきゃいけない。これは結構大変ですよね。かといって地元で働くにも、なかなか雇用してくれる会社がない。テレワークで仕事ができたら、都会の企業も喜ぶし、地方で障害があって、地元を離れたくない人たちも仕事ができるのです」

ひとりひとりに適した業務を

田澤さん自身、9年前から障害のある人を雇用しています。

吉成健太朗さんは、生まれつき脊髄性筋萎縮症という、徐々に筋力が弱っていく進行性の病気を抱えています。
北海道の病院に入院していますが、1日3時間程度、田澤さんの会社で働いています。

広報担当として、ブログの記事を執筆したり、障害者がリモートワークで働くのに必要な設備に関する情報を集めたりしています。
田澤由利さん
「吉成さんは、仕事を仕上げるのに時間はかかりますが、時間をかけさえすれば、きちんと成果を出してくれる。会社はその人の障害を把握して、その人に適した業務を考え、会社の中でどういう配分をすればいいかというのを考える。普通の人事と一緒だと思うんです。それを普通にできるようになれば、障害があってもなくても、その人の能力を活かせるようになると思います」
働くことは、収入を得る重要な手段であると同時に、個人がやりがいを感じ、社会とつながることができる大切な窓でもあります。

そして、私たちひとりひとりの生き方にも大きく関わるものです。

障害があってもなくても、誰もが同じように、自分の歩みたいキャリアを描ける。

それが当たり前にできていれば、より選択肢の多い社会になっているはずだと、今回の取材を通して強く感じました。
国際放送局記者
照井隆文
2003年入局
徳島局、水戸局などを経て、NHKワールドJAPANの英語ニュースを担当