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追跡「滝山病院事件」“不可解な医療”も 精神科病院で何が?

「しゃべるなって言ってんだろ!」
突如、ベッドに横たわる患者を殴る看護師。「怖い、怖い、痛い」と泣きそうな声で訴える患者。私たちが入手した院内の映像と音声には、ある精神科病院での虐待の実態が記録されていました。さらに取材を進めると“不可解な医療行為”を訴える声が相次いで寄せられたのです。閉ざされた病院でいったい何が起きていたのか。200人を超える関係者への独自取材から見えてきたのは、日本の精神医療が抱える現実でした。

看護師らが患者を…「滝山病院 暴行事件」

東京 八王子市にある「滝山病院」。病床数288の精神科病院です。
精神疾患に加えて人工透析などの治療が必要な患者にも対応している、都内でも限られた病院で、半世紀にわたり地域の医療を担ってきました。

この病院で、内部告発をきっかけに事件が発覚したのは今年2月。
看護師が患者を暴行する様子を映した映像
患者に暴行したとして、看護師ら4人が逮捕や書類送検され、さらに26日、看護師1人が新たに逮捕されました。

東京都は虐待を認定したうえで、管理体制に不備があったとして病院に改善命令を出しました。

病院は患者への暴行をホームページで謝罪し、再発防止に動き出しています。

「あざが…」「殴られたと…」相次ぐ虐待の訴え

しかし、事件発覚後、私たちの元には患者の家族からほかにも虐待の被害があったのではないかという訴えが相次いで寄せられています。
弟が滝山病院に入院していた立花さん(仮名・写真左)
「弟もひょっとしたら暴力を受けたのではないか」

そう情報を寄せたのは、弟が滝山病院に入院していた立花さん(仮名)です。統合失調症があり、糖尿病で人工透析が必要だった弟。両方の治療を受けられる病院は限られているとして、滝山病院を紹介されました。

その立花さんが異変を感じたのは6年前のことです。
立花さんが撮影した弟の写真
立花さん(仮名)
「誰が見ても殴られたのではないかというあざがまだ赤く残っていて、黒くはなっていなかったのでそんなに時間がたっていないなという様子でした。看護師からは暴れると言うことは聞いておらず、いつもおとなしいと聞いていたんですけど。あざはなんだったのか、本当は何があったか知りたいです」
病院に理由を問い合わせたものの、「わからない」という回答だったといいます。その後、弟は亡くなり、立花さんはカルテを取り寄せたものの、どうしてよいか分からず今回の事件が発覚するまで抱え続けてきたと話しました。

さらに別の家族からも、疑念の声が上がっています。妹が滝山病院に入院していた松本さん(仮名)です。

4年前、見舞いに行った際、虐待を打ち明けられたといいます。
松本さんが残していた当時のメモ
松本さん(仮名)
「病室にはもちろん入れませんし、出てきて廊下で面会するんですけど、ある時に『殴られた』って言われて。『病院の中でそんなことあるの?』と言ったら『あるんだよ、そういうことは。そんなことは珍しくない』みたいなことを言われました。『早く退院したい』って言っていましたね。妹としては本当につらかったんだろうなと思います」
相次ぐ虐待を訴える声。

実態はどうなっていたのか。私たちの取材に病院の関係者が重い口を開きました。
医療スタッフ
「暴力はありました。オムツ交換のときに『あっち向けよ』と言って背中をドンって突いたり、『汚いじゃないか』とパチーンとたたいたり。そういうのが年中、多かった」

別の医療スタッフ
「患者さんを罵倒したりですとか、人によっては、おなかを殴る。傷が残らないように。ひどいと思いましたよね。あそこの中に人権はないです」
事件以外にも虐待が起きていたという証言。

取材に対し滝山病院は「院内で虐待が常態化している事実はない」とコメントしています。
滝山病院が設置した虐待防止委員会
病院は東京都からの改善命令をうけ、外部の弁護士や医師などが入った虐待防止委員会を設置。さらに第三者委員会も立ち上げ、実態把握に向けた調査が動き出しています。

また病院はNHKの取材に対し「職員に対する研修の実施や虐待の未然防止や早期発見のための取り組みを強化するなど再発防止に取り組んでおります」としています。

カルテに不可解な点が…治療への疑念が浮上

取材を進めると、虐待だけでなく病院の治療内容をめぐっても、疑念を訴える声が寄せられました。

滝山病院に妹が入院していた倉田さん(仮名)です。4年前に、妹が亡くなったときの病院の対応に不信感を抱いたと言います。
妹が入院していた倉田さん(仮名)
倉田さん(仮名)
「死因についての説明は滝山病院から一切ないです。もう亡くなりましたと。医師からは妹の病状について、こういう状態でこうなってという具体的な説明は一切なかったです」
さらに、別の病院の医師からも不可解な治療を指摘する声が上がっています。

うつ病と体が動かなくなる難病で、滝山病院に7年間入院していた女性は、去年12月に弁護士の支援で転院しました。転院先の主治医・堀内正浩医師は、治療を進める中で女性のカルテに不可解な点があることに気付いたといいます。
堀内正浩 医師
カルテを見るかぎり、根拠が不明瞭なまま「急性心筋梗塞」(=AMI)と診断された可能性があるといいます。

さらに、その診断をもとにさまざまな薬が投与されたと指摘しています。
女性のカルテ
堀内医師
「ウロキナーゼが投与されており、急性心筋梗塞でなかったとしたら血栓溶解剤を多量に投与することは、例えば脳出血とかそういうものを引き起こす可能性があるので、非常に危険な行為だと思います。不適切な治療が行われたということは言えると思います」

患者10人のカルテを入手 分析した専門家は…

滝山病院で何が起きていたのか。私たちは、倉田さんなど家族の協力をもとに、患者10人のカルテを入手し、医療安全や循環器など複数の専門家に分析を依頼しました。
NHKが入手した滝山病院に入院していた患者のカルテ
そのひとり、循環器内科の専門家として学会のガイドラインの策定にも関わった田邉健吾医師に、まず倉田さんの妹のカルテを見てもらいました。

学会では通常、患者が症状を訴えるなど、急性心筋梗塞が疑われる場合には、心電図の波形と血液検査の値を確認することになっていると言いますが、倉田さんの妹のカルテからは急性心筋梗塞の根拠となる波形や血液中の酵素の上昇も見られず、正常の範囲内だったといいます。
三井記念病院循環器内科部長 田邉健吾医師
田邉医師
「その場で患者さんの症状や状況を診ていたわけではないので、今残っている結果からという制限はつきますが、心電図も大きな異常がない、採血結果も異常じゃないのに心筋梗塞と判断してしまっているところが問題かなと思います。かつ、その治療方法も今のガイドラインで推奨されている第一選択ではなかったという流れになっていて、どこかで歯止めをかけるような周りの医療従事者がいなかったのかな、と感じました」
今回、田邉医師を含む複数の医師が、10人のうち、急性心筋梗塞と診断された5人について、根拠が不明瞭なまま、さまざまな薬が投与された可能性があると指摘しています。

滝山病院での治療について、私たちの取材に現場で関わった医療スタッフが内情を明かしました。
滝山病院の病棟
医療スタッフ
「体の状態が悪くなると移される1Bと呼ばれる病棟では、ほとんど同じ治療をどの患者さんにもしている状況です。体中いろんな管が入るので、感染をおこせば抗生剤を使ったり、貧血が進めば輸血をしたり。でもそれがずっと体の中にたくさん水が入るので、最後はみんなむくんで亡くなっていきます。ここはこういうやり方だから自然と慣れてしまう」
複数の医師が「不可解だ」と指摘した急性心筋梗塞の診断や治療について、病院はNHKの取材に対し、「現段階で、個別の患者に関する情報を発信する予定はありません」と回答しています。

東京都や国の対応は?監査や指導は?

滝山病院で事件となった虐待や、今回新たに浮上した“不可解な医療”。指導監督する立場の東京都や国はどう対応しているのでしょうか。

虐待については、病院を指導監督する立場の東京都が年に1度、事前通告をした上で、立ち入りを行い、医療体制などとともに100項目以上を調べる実地指導を行っています。

実際、監査はどうなっていたのか。私たちは滝山病院に関する去年7月の指導報告書を入手しました。

この数か月前に、院内では事件となった複数の暴行が起きていました。さらに患者への虐待が疑われるという情報も東京都に寄せられていたといいます。
滝山病院に関する東京都の指導報告書
しかし、暴行等による人権侵害に関する項目は、「問題なし」をAとする4段階評価で「B評価」。口頭指導にとどまりました。

虐待が疑われる情報もある中で、東京都はどのように対応したのでしょうか。
東京都精神保健医療課 佐藤淳哉課長
東京都 佐藤課長
「院長ほか責任ある立場の管理監督する立場の職員数名に確認しました。そのときは最終的には認めなかった、最終的な事実の確認に至らなかったというのは事実としてあります。それは残念なことだったと思っています。行政として虐待を立証しなければならず、そのためには、いつどこで何があったのかということをしっかり突き止めなくてはいけない。現場で虐待を行っている瞬間に入るのは非常に可能性として低い中で、事実をどうやって立証していくかというところが非常に苦悩するところであります」
長年、東京都の監査に携わってきた医師も、行政による監査の仕組みに限界があると語ります。
都の監査に携わってきた竹内真弓医師
竹内医師
「病院の協力のもとですから。警察の捜査ではないので、強制権がないですし、ある程度こちらが決めて『行きますね』と言って、『この患者さんを出してください』というのをやるんですけれども『そこは今ちょっとダメです』と、もし断られたら見られないです。おかしいなとは思いますけども、もっと踏み込んで、もっときつい監査をするというのはできないですね」
一方、今回の取材では、虐待以外にも複数の医師が“不可解な医療”について指摘しました。

厚生労働省は5月下旬、都や八王子市とともに異例の立ち入り指導に入りました。治療や診療報酬をめぐって問題がなかったか、調査を進めています。

ただ、医療については、医師の自主自律が守られ、信頼に基づいて行われることが大前提となる中で、その内容自体を国や行政が指導や監督することが難しい現状があるといいます。

患者が残した直筆の「助けてください」

1年半程前に寄せられたある情報提供から始まった今回の取材。その中で、私たちは外部にSOSを訴えていた患者がいたことを知りました。

内部告発の映像で看護師から殴られる様子が記録されていた幸田さん(仮名)。退院支援をしている相原啓介弁護士が去年4月に面会した際に撮影した映像には、廊下に職員がいないか気にしながら実情を訴え、殴られたり縛られたりしたと、泣きながら助けを求める様子が記録されていました。
幸田さん「僕はこのまま(家に)帰りたいです」

相原弁護士「また殴られたりしそうですかね?」

幸田さん「はい」「もうつらい思いをしたくないです」

相原弁護士「病室に戻るのもつらい?」

幸田さん「はい、怖い」
男性は、その後、病院を出ることなく亡くなりました。家族にあてた直筆の手紙には「助けてください」ということばが残されていました。
これまでの取材で、複数の当事者、家族、そして関係者が、精神科病院の閉鎖性の高い環境の中では入院患者への虐待や人権侵害が起きやすく、被害者が声を上げることが難しい実態について語ってくれました。

これ以上の被害が生みだされることのないよう、私たちは引き続き取材を続けていきたいと思います。

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