“がんでも普通に暮らせるんだよ”

日本人の死因の第1位の「がん」。
最近は治療技術の向上などで、入院ではなく通院での治療も増えています。
自宅での闘病生活を送るなかで、悩みや不安を抱え込む患者も増えていて、患者のケアが大きな課題となっています。
患者のよりどころとして支援に取り組む、兵庫県西部の太子町の団体を取材しました。

(神戸放送局 記者 大畠 舜)

がん患者支援団体「はまなすの会」

兵庫県西部、姫路市の西隣の太子町にある、がん患者の支援団体「はまなすの会」。

ここには治療中の患者やその家族、がんの経験者などが集まります。

治療についての情報交換や日常生活での悩みなどが話し合われ、患者たちの貴重なよりどころとなっています。

30代の患者
「友達に話すとどうしても気を遣われる。経験者どうしだと気軽に話せるので、こうした場はありがたい」

60代の患者
「がんのことは誰にも言いたくない。でも、ここに来たら構わずしゃべれる。心強い場所です」

治療による痛みや苦しみなどを和らげようと、アロマオイルをつかったケアを行ったり、がんに詳しい医師を招いた講演会を開催したりするなど、さまざまな支援を行っています。

“手術成功確率50%”から団体立ち上げる

団体の代表の太田直美さん。

14年前、47歳のときに血液のがんである白血病と診断されました。

骨髄移植の手術を受けることになりましたが、医者から告げられたのは「手術の成功確率は50%」という言葉。

入院中の太田さん

“生きるも死ぬも半々”太田さんは死を覚悟し、家族に遺書をしたためました。

手術を前に抗がん剤の投与が始まりましたが、その副作用は想像以上だったといいます。

太田さん
「1回目は一番軽い抗がん剤だからたいしたことないと言われていたが、腹水たまるわ、心臓が肥大して血圧あがるわ。ショック症状も出たし、口内炎がひどくて口も開けられない。1回目でもボロボロだったので、これを何回もできひんと」

抗がん剤の投与を続ける中、髪は抜け、体力も落ちていきました。

気がついたら気を失っていて、医師たちの必死の処置を受けていたことも。

手術は成功し、その3か月後には退院しましたが、通院による治療が続き、自宅で普通の生活が送れるようになるにはさらに2年ほどかかりました。

がん患者へのサポートに 地域格差が

自宅での治療を続ける中、太田さんの支えになったのが、がんを経験した人たちが集まる患者会の存在です。

家族などには気を遣って打ち明けにくかった不安や悩みを共有することができ、気が楽になったといいます。

太田さん
「最初に患者会に連絡するのはすごく勇気がいりましたが、電話してよかったなと思いました。他のがん患者さんと話すことで、すごく前向きになれました。やっぱり1人で閉じこもって抱えているのはよくないなと」

一方、そうしたがん患者へのサポートには、地域による格差があることに気づきます。

太田さん
「『神戸のほうに患者会あるから一緒に行きませんか』と兵庫県西部に住む人に声かけたんですが、そうしたら『私にはお金も体力もない』と。そうか、姫路市より西には患者会がない。がん患者のサポートは平等じゃないやんて思って」

がんの治療は、全国どこでも標準的な医療を受けられるようにする“均てん化”が図られていて、地域による医療格差が開きすぎないようになっています。

しかし、患者のサポートは主に民間団体が行っているため、人口の少ない地方では支援団体や患者会が少ない傾向にあるとされています。

「生かされた命をがん患者へのサポートにささげたい」

そう思った太田さんは、退職金などおよそ1200万円をかけて実家を改装。

がん患者の支援とその拠点となる「はまなすの会」を立ち上げました。

患者目線の「ケア帽子」

「はまなすの会」が力を入れているのが「ケア帽子」作りです。

「ケア帽子」とは、病気療養中の人が頭皮を守ったり、脱毛した頭を隠したりするためかぶる帽子のことです。

抗がん剤では、脱毛のほかにも、肌が荒れやすくなったり、免疫力が落ちたりと、副作用が全身に大きな影響を与えます。

少しの傷でも悪化すると深刻な問題になることもあり、ケア帽子は大きな役割を持ちます。

太田さんも闘病中は、おばの手作りの帽子で、暑さ寒さを調節したり、柄を変えることで気分転換をしたりしました。

太田さん
「帽子1つでも明るい気持ちになれる。こんなに気持ちを変えるんやと思いました」

「はまなすの会」では、寄付された着物や布などを使い、ボランティアが1つ1つ手作りしています。

市販されているケア帽子もありますが、太田さんは自身の経験も踏まえ、患者目線の使いやすさにこだわります。

デリケートな皮膚を傷つけないよう、生地の端が直接肌に当たらないようにしていて、裏地にはガーゼなどの柔らかく、吸水性にすぐれた素材を使っています。

さらに、食い込みによる痛みも防ぐためゴムの長さを調整できるようにしたり、好みの1枚が見つかるよう多くの柄を用意したりしています。

訪れた患者に選んでもらったり、病院や街頭で無料で配ったりしていて、昨年度は1000枚以上を患者に届けました。

50代の患者
「縫い目が痛いとか全く感じませんし、すごくつけ心地を気に入っています」

30代の患者
「自宅ではウイッグだと暑いので、ケア帽子で過ごしています。ゴムが頭に食い込まないのが楽でいいです。頭を保護してもらう面もありますし、夏場は汗を吸ってもらう面もあり、一日中かぶっています」

使った人たちからは、使い心地がよいとか、前向きになれたなど、たくさんの感謝の手紙が届いています。

帽子をきっかけに団体を訪れた患者やその家族もいるそうです。

太田さんはほかの団体にもケア帽子の作り方を教えることもしています。

“がんとともに生きる時代”

太田さんは今後も、こうした帽子作りや居場所づくりを通じて、がんを受け入れて生きることを支え続けたいとしています。

太田さん
「何十年か前は、がんになったらすぐに死ぬといわれてた時代ですけど、今は“がんとともに生きる時代”なんで。ご本人やご家族も考え方を変えていかないといけないと思います。そのためにも、がんでも普通に暮らせるんだよという雰囲気を、まずはここから作りたい」

今回、取材した患者の中には、高齢の両親に心配をかけまいと、がんになったことを話せていないという患者もいました。

がんは、家族や親しい友人であっても打ち明けることが難しく、患者が孤独になりがちな一方で、自分自身や周囲の大切な人がいつなってもおかしくない病気でもあります。

こうした支援の存在やがんについての正しい理解を深めることは、がんになったときの備えとして、とても重要だと、取材を通して思いました。