絵は見えなくても…

絵は見えなくても…
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娘のために描いた一枚の絵。
しかし、娘はもうその絵を見ることができません。
小児がんで両目を失ってしまったのです。

それでもお母さんは絵を描き続けます。
娘のため、自分のため、そして同じ病気で苦しむ人のために。

(大阪放送局 ニュースリポーター 高野祐美)

命を救うためには目を…

神戸市に住む小原絢子さん。
異変に気付いたのは、娘の佳純ちゃんが1歳4か月の時でした。
おむつを取り替えている時、娘の目の中が白く光っていたのです。
何だろう。

慌てて病院に連れて行くと…

「お母さんこれは悪性腫瘍です。このままだったら失明もするし、命も危ないです」
医師から告げられた病名は「網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)」
1万7000人に1人の割合の珍しい目の小児がんでした。

「命を救うためには目を摘出する必要がある」

小原さんは非情な選択を迫られることになりました。
小原絢子さん
「ひざから崩れ落ちるくらい絶望して。もっと早く気付いてあげられたら、もしかしたら佳純は失明していなかったんじゃないかって」

「なんでうちの子にかぎって、こんな希少ガンって言われる病気になるのかって。夜も眠れなかったし、寝てもすぐに起きちゃうし、夢だったらいいのにって」

大丈夫、きっと大丈夫

佳純ちゃんはすぐに入院。
抗がん剤治療を始めることになりました。

病室から出られない娘のためにできることはないか。
思いついたのが、得意の絵で外の世界を伝えることでした。
落ち込んでいる姿は娘には見せられない。
少しでも前向きな気持ちにしたい。

佳純ちゃんをモデルにして描き上げた絵は色鮮やかで、光が差しています。
小原絢子さん
「きっと大丈夫、きっと大丈夫。どんな病気でも絶対大丈夫だからって。お母さんも見守っているから大丈夫だよって祈りの気持ちを込めて描きました」

「『この絵どう思う?』って言ったら、『うん!きれい!』って言ってくれて。それで自分自身も救われたような記憶があります」

人生は真っ暗ではない

だんだん視力を失っていく娘。
その隣で、小原さんは絵を描き続けます。

世界にはたくさんの色が広がっていることを忘れないでほしい。
佳純ちゃん、そして自分自身に言い聞かせました。
小原絢子さん
「目が見えなくなって、光を失ってしまうというのがすごくつらかったんですけど、絵を描くことで、病気と向き合うことができたし、落ち込んでばかりいても、佳純にそんな姿を見せたら恥ずかしいというか…」

「人生はどんな障害があっても、真っ暗ではない。世の中は明るくて、人生は彩り豊かなものだって」

くもと、にじをさわってる?

両目の摘出手術は成功。
がんの完治に向けて新たな一歩が始まりました。

目が見えなくなった佳純ちゃんのために小原さんが用意したのは“触れる絵”

鮮やかな色使いはそのままに。
そして凹凸をつけて、絵を感じられるように。
「にじ…くも、くもだ。くもと、にじをさわってる?」
「そうそうそうそう、正解」
小原絢子さん
「平面だったら触っても見えないので、こうやって触って形とかを確認しながら一緒に教えながらですけれど、楽しんでくれているので本当に作ってよかったなと思っています」

佳純ちゃんに変化が…

佳純ちゃんにも変化が見られるようになりました。
外に出ることを怖がらなくなったのです。

「とりさーん。どこ~」
病院の前の公園を、手をつないで散歩するのが大好き。
いろんなものを手で触って確認します。

「ここだったらお水触れるよ。冷たい?」
「つめたい!」
池の水にも手を伸ばします。
すると…
「あっちにかにさんおるよ!」

佳純ちゃんの中にも、世界が広がっていました。
小原絢子さん
「目が見えない分、手で触れて、触って、音を聞いて、匂いをかいで遊んでいますね。いろんなものを触って、自分でも体験したい。やりたいやりたいっていつも言ってて。私たちが見えないようなものが見えているのかなって、たまに思う時があります」

絵を描く母の隣で

さらに、佳純ちゃんはみずから作品も作るように。

「へびー」
「さかなー」

絵を描くお母さんの隣で、クレヨンを持って絵を描いたり。
はさみで紙を切ったり、ねんどを使って生き物を作ったり。

次々と表現していきます。
「みてー。かんせい!」
「これ何だっけ?」
「せみ!ウィーン!」
「ほんまや。ウィーンウィーン鳴いているな。よく知っているね」
「つぎは、むしー!」

小原さんにとって、明るく、笑顔の佳純ちゃんと一緒に過ごす時間が何より幸せです。
小原絢子さん
「私が絵を描いているから、きっと佳純も興味を持ってくれているんだろうなと思って見守っています。つらい治療をしていても、明るい佳純を見ていると、落ち込んでいたらダメだなって、私自身もパワーをもらっています」

病気で苦しむ人たちのために

「絵を通して勇気を与えたい」

小原さんは、同じ病気で苦しむ子供達のための絵も描いています。
モデルは、佳純ちゃんと同じ病室で、ベッドも隣どうしだった井口隼翔くん。
「網膜芽細胞腫」の治療で左目を摘出しました。

絵には隼翔くんと生まれたばかりの弟が一緒に寄り添っている姿が。
「いつまでも健康に過ごしてほしい」という思いを込めて贈りました。
母親の井口瑞希さん
「一緒の病気と分かって、入院中はずっと話をして、情報交換できて心強かったです。病室で絵を描いているのを見たときに、すごくきれいで感動して、描いてほしいと頼みました」

「これを見て治療のことも思い出すんですけれど、それ以上に、今も頑張って隼翔が生きてくれているということにすごい励まされています」

私の娘は佳純でよかった

絵は6月から、佳純ちゃんが通う病院にも展示されています。

人生はどんな荒波に出会っても、楽しみながら乗り越えることができる。
病気になっても姉と仲よく笑い合う佳純ちゃんを思いながら、新たな絵も描きました。

病院を訪れた人もスタッフも勇気づけています。
兵庫県立こども病院 飯島一誠院長
「われわれが見てもすばらしいし、娘を思う気持ちを強く感じました。病気は医療者だけが治すものではありません。いろいろな病気の人がこの絵を見て感じることがあると思います」
小原さん
「私の娘は佳純でよかった。人生どんな障害があっても、世の中は明るくて、人生は色彩豊かなもので、絶対幸せに向かうから。大丈夫だから。私と佳純が頑張っている姿を見て、ちょっとでも勇気を持っていただけたらと思います」