富士山 世界文化遺産登録決定から22日で10年 記念イベントも

富士山が世界文化遺産に登録されることが決まってから、22日で10年を迎えました。地元の山梨県や静岡県などが主催して、信仰文化や豊かな自然を守りながら、地域の魅力をどう高めていくかについて考える式典が東京 千代田区で開かれました。

千代田区の「東京国際フォーラム」で開かれた式典には山梨・静岡両県の関係者や一般の参加者などおよそ400人が参加しました。

はじめに、両県の知事が、未来に向けて富士山の普遍的な価値を守り伝えながら、地域の発展を目指すことを盛り込んだ共同宣言を発表しました。

続いて、富士山の文化的価値に詳しい元文化庁長官の青柳正規さんの講演や世界遺産の専門家や登山ガイドらによるパネルディスカッションが行われました。

パネルディスカッションでは、当たり前の存在となっている富士山の価値を見つめ直すべきだとか、5合目ではゴミが散乱している状況で、改善のための財源について議論が必要だといった意見が出され、出席した人たちは富士山の信仰文化や環境を守りながら観光地としての魅力を高めていく必要性を確認していました。

富士山をめぐっては、ユネスコの諮問機関・イコモスから「登山者の多さが世界文化遺産としての価値を損なう」などと指摘されています。山梨県の長崎知事は記者団に対し、「本来の富士山の価値や姿を取り戻すための取り組みについて、早急に解決の道筋を見いだすべく、議論を加速させたい」と述べました。

山梨県 長崎知事「“富士山登山鉄道構想”しっかり議論を」

式典の前に山梨県の長崎知事は「富士山が世界の宝物になりその大切さへの認識が高まった。ただ登録にあたってイコモスから出された宿題に対してまだまだ答えが出せていない。オーバーツーリズムや自然景観、環境保全の問題、『信仰の対象と芸術の源泉である』という本来の富士山の価値や姿を取り戻すための取り組みについて、この10年を機会に早急に解決の道筋を見いだすべく議論を加速させていきたい」と話していました。

そして、長崎知事は富士山のふもとと5合目を鉄道で結ぶ「富士山登山鉄道構想」について、イコモスが指摘する課題の解決に向けて、メリットは多いという認識を示したうえで「来訪者の管理やさらなる満足度の向上、最低限のインフラ整備ができる極めて有望な案だ。地元の一部から異論もあるが、普遍的な価値の継承という共通目標に向けて、どういうやり方が良いのか、しっかり議論を積み重ねたい」と述べました。

静岡県 川勝知事「海外に向けPRしていく節目の年に」

静岡県の川勝知事は「富士山が日本の自然と文化の“顔”となって10周年を迎えた。その普遍的な価値を守り、具体的な課題を解決しながら、海外に向けてPRしていく節目の年にしていきたい」と決意を述べました。そして山梨県の長崎知事とともに「未来に向けて両県が連携し、富士山の普遍的な価値を守り伝えながら、地域の発展を目指す」などとした共同宣言に署名しました。

富士山をめぐっては登山者数の管理や安全対策、環境保全などが課題となっていて、川勝知事は報道陣の取材に対し、「コロナ禍では密を避けるために山小屋での宿泊を予約制とした結果、夜通しで一気に頂上に登る『弾丸登山』が増えた。山小屋の収容人数の適正な管理と『弾丸登山』の自粛を両立させなければならず、ことしの登山状況を見て対策を検討していきたい」と話していました。

富士山世界文化遺産学術委の委員長「登山電車ありきではない」

富士山世界文化遺産学術委員会の青柳正規委員長は富士山の保全や保護のあり方についてNHKの取材に応じ「県などが主体というより周辺にいる人間や登山者、あるいは日本全体で『なるべく負荷をかけないようにしよう』という気持ちを持つことがいちばん重要だと思う。広がりのある形でみんなで協力して守っていくという形にしていきたい」と述べました。

また山梨県が進める「富士山登山鉄道構想」について「5合目なり頂上まで電力を通して、環境への負荷を小さくしなければならない。電力を通した結果として登山電車なり電気バスなり、色々な方策があると思うが、登山電車ありきではないと思う」と話していました。

式典の参加者は

50代の女性は、「登録が決まった当時はどうして自然遺産ではなくて文化遺産なんだろうと思っていましたが、講演を聞いて富士山の文化的な意味について知ることができました。SDGsが重視されるようになってきているので、日本全体で富士山について考えることが大切だと思いました」と話していました。

また、40年以上前から毎年富士山に訪れているという70代の男性は「富士山の形が好きでよく見に行っています。外国の人はみんな富士山の描かれたものを持っているくらい日本を代表する山なので、みんなが富士山を考えることで少しずつ環境を守る取り組みにつながるのではないか」と話していました。

富士山のふもとの自治体でも記念の式典

ふもとの山梨県富士吉田市の市役所では記念のロゴマークが入った高速バス2台を披露する式典が開かれ、市の職員と地元の保育園の園児60人あまりが参加しました。

ロゴマークは、地元の食文化や織物といった“まちの魅力”がさまざまな色や形で表現されています。

式典で富士吉田市の堀内茂市長は「市民は富士山から多くの恵みを享受しています。これからの新たな10年も富士山の自然を守り続け子どもたちが大人になっても永久に引き継がれるよう努力したい」とあいさつしました。

このあと子どもたちが童謡の「ふじの山」を大きな声で歌ったり、色とりどりのおよそ300個の風船を空に飛ばしたりしてバスの出発を見送りました。

この高速バスは、東京や静岡と富士山周辺の地域を結ぶ3つの路線で1年間運行するということです。

山梨県側の5合目では中学生などによる演奏会などの催しも

この催しは、富士山の世界遺産登録決定から10年の節目を5合目を訪れた観光客と祝おうと、山梨県側の土産物店などでつくる富士山五合目観光協会が企画しました。

このうち土産物店では、ふもとの富士吉田市にある富士学苑中学校と高校のジャズバンド部による記念の演奏会が開かれました。富士山にちなんだ曲など10曲あまりが披露され、訪れた観光客たちはスマートフォンで動画を撮ったり静かに聴き入ったりして楽しんでいました。また、小さな金剛づえに登録10年を記念する焼き印を押すことができるブースも設けられ、立ち寄った人が富士山のイラストなどがかかれた焼き印を押していました。

東京から訪れた40代の男性は「ツアーで訪れましたが、偶然記念の催しに参加することができてよかったです」と話していました。

富士山五合目観光協会の小佐野昇一会長は「世界の宝・富士山が国内外の人により愛されるよう5合目からも引き続き魅力を発信していきたい」と話していました。

登山者数 4年ぶりに20万人台を超える見通し

富士山の年間の登山者数は、世界文化遺産に登録される前の年の2012年が31万8000人余り、登録された2013年が31万人余りと2年連続で30万人を超えました。その後、2014年から2019年までは20万人台で推移しています。

新型コロナウイルスの感染が広がったあと、2020年は登山道が閉鎖されたため登山者はおらず、おととしは7万8000人余り、去年は16万人余りとなっています。

水際対策の大幅な緩和による外国人の登山者の増加や新型コロナの5類移行に伴って、ことしは4年ぶりに20万人台を超える見通しとなっています。

静岡と山梨 両県は任意の「入山料」も

静岡と山梨両県は保全協力金、いわゆる「入山料」を登山者から任意で集め、富士山に登る人の安全確保や環境整備などにあてています。

この制度は世界文化遺産登録の翌年の2014年に導入され、5合目から上を目指す登山者を対象に1人あたり1000円を集めています。

支払いに協力した人の割合、協力率は去年は静岡県側が57.3%、山梨県側が72.8%となっています。静岡県は40%台から60%台で推移していて、山梨県と比べて低い傾向となっています。

県は山小屋のトイレの整備や登山道に放置されたゴミ処理費用への補助などこれまで以上に環境整備を進めていくためにもより多くの登山者の協力を得たいとしています。

世界遺産登録決定から10年 今後の課題は

富士山では今後、コロナ禍で減少した登山者の数の増加が見込まれますが、混雑の解消や登山者の安全確保、それに環境保全などへの対応が課題となっています。

富士山は2013年6月22日、ユネスコの世界遺産委員会で富士山本宮浅間大社や三保松原など静岡・山梨両県に点在する25か所の構成資産とともに世界文化遺産への登録が決まりました。

登録後、20万人から30万人ほどで推移していた登山者の数は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で落ち込んでいましたが、静岡県によりますとことしは4年ぶりに20万人を超える見通しだということです。

一方で、ユネスコの諮問機関・イコモスから「登山者数の多さが世界文化遺産としての価値を損なう」などと指摘を受けてきたことから、県などでは混雑の解消や登山者の安全確保、それに環境保全などといった課題への対応を進めています。

外国人も含めた登山者の増加で登山で発生したごみは持ち帰るというルールが徹底されないことや、十分な休息をとらずに夜通しで一気に頂上に登る、いわゆる「弾丸登山」が増える事態などが懸念されます。

また両県で作る「富士山世界文化遺産協議会」では、混雑の緩和を図るため、登山者で混み合う日を予想した「混雑カレンダー」を2017年からホームページ上に掲載しています。

ことしは混雑を避けた「分散登山」を呼びかける30秒ほどの動画を作成して公開するとともに、SNSなどでの共有を呼びかけています。

さらに両県は2018年に登山者数の上限の目安を静岡側の富士宮口で一日2000人山梨側の吉田口で一日4000人と設定し、上限を超える混雑が発生しないよう、登山者に働きかけています。

そして山小屋では密を避けるためにコロナ禍で始めた宿泊する際の事前の予約制度をことしも継続することにしています。

ただ、予約しないまま登り始めた登山者が夜通しで一気に頂上に登る、いわゆる「弾丸登山」を行う可能性もあるため、静岡県ではその危険性を日本語と英語で呼びかけるチラシを作成するなど啓発に力を入れています。

このほか、静岡と山梨の登山口に通じる3つの道路では、渋滞の緩和や環境保護を目的に、夏山シーズン中の車の乗り入れを規制する「マイカー規制」が行われています。

静岡県富士山世界遺産課は「安全で快適な富士山を楽しんでいただくということが第一であり、山梨県や地元自治体などと協力しながら啓発や情報発信に力を入れていきたい」としています。