IOWNって何? 光の技術が暮らしを変える

IOWNって何? 光の技術が暮らしを変える
「スマホの充電は年に1回だけで大丈夫になる可能性もある」
そう語ったのはIOWN(アイオン)を開発するNTTの幹部。電子機器の電力消費が従来の100分の1になり、これまでの通信インフラの限界をはるかに超える高速大容量のネットワークを実現させようというIOWNの構想。いったいどんな技術なのか?開発現場で見たのは驚がくの“光の技術”だった。(経済部記者 永田真澄)

NTTの研究施設でみたIOWN

IOWNとはいったいどんなものなのか、神奈川県厚木市にあるNTTの研究施設を訪れた。
案内役の開発担当フェローの松尾慎治さんがまず見せてくれたのは手の指に乗るほどの極小の物体。
IOWNの中核となる装置だという。
整然と並んでいる小さな四角いものは、光を発射するレーザ。
1辺の長さは0.1ミリほど。うねるような線は、光の通り道とのこと。
IOWNとはInnovative Optical and Wireless Networkの頭文字。「革新的な光と無線のネットワーク」を意味する。

その技術の核となるのは、光信号と電気信号を融合する光電融合技術。コンピューターで演算を行う従来のチップは電子技術を活用しているが、チップ内の電子回路の発熱量が大きなネックとなっている。

これに対して、光電融合技術は低消費エネルギーで動作する光の特徴を生かし、いわばチップの回路の中を光が駆けめぐることで、消費電力は100分の1になる光デバイスを実現する。

さきほどの極小の物体は、光電融合技術によって光を生み出す装置の試作品だった。
松尾さん
「こういったデバイスをいかにコンパクトに、低コストで生産できるようにしていくか。それが、世界を巻き込んで低消費電力にしていくことにつながるんです」
IOWNは、あらゆる電子機器をこの光デバイスに置き換え、それを結ぶネットワークにも光技術を導入する。

光ですべてをつなげることで、電子の世界のエレクトロニクスでは困難だった圧倒的な低消費電力、超高速大容量、低遅延の新世界を実現するという構想だ。2030年の実現を目指している。

「社会にものすごいインパクトを与える」

NTTグループの島田明社長はIOWNを1丁目1番地に位置づけ、構想を実現に移すと宣言する。

2023年6月には300億円を出資して開発のための新会社も設立した。
島田社長
「IOWNによって最も社会的な課題の解決になるのは、電力需要を減らすことです。サーバーやパソコン、スマホなどすべての電力消費が劇的に減るので、社会にものすごいインパクトを与えることになる。カーボンニュートラルに役立てるのがわれわれの大きな中長期戦略です」
例えば、ChatGPTに代表される生成AI。さまざまなデータを学習させてAIの頭脳を鍛える開発、会話をしているかのようにスムーズに受け答えするサービスの提供、そのいずれの段階でもコンピューター上でばく大な演算処理が必要になる。

それはデータセンターに並ぶサーバーで処理されている。

そこで必要となる膨大な電力を大幅に減らすことができるIOWNは、革命的な進化になるとみる。

IOWNの核となる光電融合技術で先行するNTT。その戦略の核となるのは仲間づくりだ。
島田社長
「これまで何をやってきたかというと、仲間づくりなんです。2019年にIOWNの構想を発表したころ、次の技術は光だろうといろいろな所が研究をしていましたが、その時点でNTTが一歩先に出ることができたんです。そこで『みんなで一緒にやりませんか』と声をかけました。すると賛同者がかなり出てきて、いまでは120をこえるほどになりました」
その仲間づくりの舞台としてNTTは2019年、新たな団体IOWNグローバルフォーラムを設立した。ソニー、マイクロソフト、クアルコム、エヌビディア、インテルなど世界のおよそ120の企業が参加し、2023年3月にはライバルのKDDIが加盟するというサプライズもあった。

思い出すのは過去の苦い教訓

構想の実現は2030年とまだ先だが、早くから仲間づくりを始めたのは過去の苦い教訓があるからだという。
島田社長
「やはり、iモードの反省があります。iモードは2000年前後に、携帯からブラウジングできるという画期的なイノベーションでした。私は当時アメリカで勤務していましたが、まわりはみんな『日本はすげえな』と言ってくれた。けれども残念ながら、世界のスタンダードにはならなかった。当時ヨーロッパにあった通信規格のほうが、料金の精算方法などいろんなエコシステムがちゃんとできていたからです。いくら技術だけで「iモードがいいよ」とアピールして、テクノロジーでとがったものを出したとしても、使ってもらえなかったんです」
NTTドコモが開発したiモードは日本で一世を風靡したが、iPhoneの登場以降、スマホ時代に入るとガラパゴス化したのは周知の事実だ。

IOWNグローバルフォーラムは技術の世界標準化だけでなく、将来のIOWNの活用方法=ユースケースの開発も並行して進めるのが大きな特徴だ。

2030年以降の世界で、どのような製品やサービスでIOWNを使えるか、そのために、どんな仕様や規格にすると使い勝手がよいか。パートナーを巻き込みながら製品に落とし込んでいくことで、実用化段階で一気に普及させようという戦略だ。

“戦いを挑まない”勝ち方

iモード以来とも言える大勝負。勝てる見込みはあるのか、島田社長に率直に尋ねた。
島田社長
「それは分かりません。別に戦いを挑んでいるわけではないんです」
拍子抜けするような回答…。

その真意を聞いた。
島田社長
「グローバルフォーラムのメンバーは仲間でもありますが、逆にライバルにもなりえるのです。われわれの力だけではIOWNで想像しているような世界は実現できませんから、やはり仲間は必要です。その仲間が新しいアイデアを出してくれることによって、実用化や普及が進むのだと思います。まずはIOWNの価値を認めてもらって、一緒にそれを作っていく形にしていかなければうまくいかない。競争ではなく、協調や共創が重要なんです」
競争と協調が重なり合うのは、NTTの事業領域の複雑な状況も関係している。

例えば、GAFAMと呼ばれるアメリカのプラットフォーマー。NTTにとっては脅威でもあるが、実は重要な顧客でもある。

NTTが世界で運営するデータセンターのうち、およそ半分はGAFAMのようなハイパースケーラー向けに提供しているのが現状だ。

戦いを挑まない勝ち方。ライバルを蹴落とす圧倒的なひとり勝ちではなく、世界を巻き込みながら一緒に大きな流れを作る、これも勝つ方法なのだ。
経済部記者
永田 真澄
2012年入局
秋田局や札幌局を経て現所属
総務省や情報通信業界を担当