ウクライナ 復興会議始まる 大統領 “具体的な事業 推進を”

ロシアの軍事侵攻で甚大な被害を受けているウクライナの復興支援について各国政府や企業などが話し合う会議が21日、イギリスで始まり、オンラインで参加したゼレンスキー大統領は、ロシアに対抗するためにも復興事業を推し進める重要性を強調しました。

会議では、林外務大臣が演説し、日本が戦後の荒廃から発展を遂げ、東日本大震災などの自然災害を乗り越えてきた経験や知見をいかし、官民をあげて復旧・復興を後押ししていく考えを強調しました。

【復興会議始まる】

「ウクライナ復興会議」は、ウクライナとイギリスの両政府の主催でロンドンで2日間にわたって開かれ、日本を含む60か国余りの政府関係者や世界銀行などの国際機関、それに民間企業も参加します。

ゼレンスキー大統領「概念から合意へ、そして具体的な事業へ」

会議の冒頭、オンラインで参加したゼレンスキー大統領は「この会議で、われわれは復興を、概念から合意へ、そして具体的な事業へと移行させなければならない」と述べ、侵攻を続けるロシアに対抗するためにも、復興事業を推し進める重要性を強調しました。

会議では、▼復興の枠組みや進め方などについて話し合われるほか、▼支援を受けるウクライナ側の透明性の確保、▼クリーンエネルギーや情報技術の活用、さらに▼教育や医療体制の再建などソフト面の復興支援についても議論が交わされる見通しです。

世界銀行はことし3月、ウクライナの復興にかかる費用は4110億ドル、日本円でおよそ58兆円に上るという試算を発表していて、民間企業の直接投資を促すことが今回の会議の大きな課題となっています。

イギリスのスナク首相は、38か国の400を超える企業がウクライナの復興に向けた投資に関心を示しているとした上で、さらなる投資を促すため、今回の会議で新たな戦争保険の枠組みを立ち上げる考えを示しました。

林外務大臣「知見をいかし『日本ならでは』の支援」

林外務大臣は、ウクライナ南部のダムの決壊による甚大な影響に強い懸念を示し、追加の支援として国際機関などを通じて▼浄水装置およそ160台と▼発電機およそ530台、▼建設用の機材30台などを供与することを表明しました。

その上で、日本が戦後の荒廃から発展を遂げ、東日本大震災などの自然災害も乗り越えてきたことに触れ「これまでに培ってきた復旧・復興の経験や知見をいかし、ウクライナの人々に寄り添った『日本ならでは』の支援を力強く実施していく」と述べました。

そして◇地雷やがれきの除去や、◇電力などのインフラ整備を含めた生活再建、それに◇農業生産の回復や産業振興などの分野を中心に支援を進めていくと説明しました。

さらに、ことしの年末から来年はじめにかけてウクライナ政府の関係者も交えて「経済復興推進会議」を開催する方針を明らかにし、日本として官民をあげて復旧・復興を後押ししていく考えを強調しました。

最後に林大臣は「ウクライナにおける公正かつ永続的な平和を1日も早く実現すべく、引き続き国際社会と緊密に連携して取り組んでいく。日本はウクライナとともにある」と結びました。

【復興に向けた動き】

ロシアによる軍事侵攻が続く中、ウクライナの首都キーウ近郊など一部の地域では復興に向けた動きが始まっています。

キーウ近郊 イルピンでアパート取り壊し作業や新しい橋の工事

このうちキーウ近郊のイルピンでは、去年2月から3月にかけてロシア軍がキーウの制圧を目指して進軍してきた際に激しい戦闘が行われ、砲撃などによっておよそ3000棟の建物が破壊されたり損傷したりしました。

1年あまりがたったいまも多くの建物が当時のままの状態ですが、公営アパートなどの取り壊し作業が一部で始まり、復興に向けて少しずつ動きだしています。

また、ロシア軍のキーウへの侵攻を止めるためにウクライナ軍が破壊した橋の隣では、トルコ企業も参加して新しい橋を架ける工事が進められていて、ことし11月の完成を目指しています。

イルピンに住む40歳の男性は「ゆっくりではあるが、復旧・復興が進んでいると実感している。平和で活気あふれる街になってほしい」と話していました。

イルピンの市当局は市街地の復興に向けてアメリカ企業の協力を受けて大規模な産業団地を建設する事業を進めていて、IT企業などを誘致して最大2万人の雇用を生み出す計画です。

イルピン市のマルクシン市長は「イルピンは復興によってもっと魅力的な街になる。多くの国や企業がこの街の復興に直接関わってもらいより具体的に取り組みが進んでいくだろう」と話していました。

鉄道 ポーランドと同じ規格に敷設し直す計画が進む

またロシアとの関係を断絶し、ヨーロッパとの経済的なつながりを深めようという事業も始まっています。

ウクライナの鉄道の線路はロシアと同じ規格で、ヨーロッパの多くの国とは線路の幅が異なっていますが、キーウとポーランドの首都ワルシャワの間の線路についてはポーランドと同じ規格に敷設し直す計画が進められています。

ウクライナ国営の鉄道会社によりますと、ワルシャワとウクライナ西部の都市リビウの区間については早ければ来年の着工を目指したいとしています。

鉄道会社で復興事業の責任者を務めるオレグ・ヤコベンコさんは「この事業によってヨーロッパとの交流がより深まり、地域経済の活性化につながる。鉄道は今後のウクライナの復興で非常に重要な役割を果たすことになる」と話していました。

ウクライナ政府は去年7月に発表した復興計画で被害を受けたインフラなどの復旧だけでなく、医療や教育など社会基盤全体を強化してヨーロッパへの統合を進めることを打ち出していて、ヨーロッパなど各国の支援や投資を求めています。

ウクライナのクブラコフ副首相兼インフラ相は「経済の再建が前線での戦いを後押しすることにつながる。戦争の終結を待たず、いますぐ復興に着手することが重要だ」と話していました。

【ウクライナの被害状況と復興計画】

ウクライナの首都キーウにある経済大学は、ロシアの軍事侵攻が始まった去年2月以降のウクライナ国内のインフラなどへの被害状況をまとめています。

それによりますと、ことし4月までの被害総額は1475億ドル、日本円にして20兆円以上にのぼるとしています。

住宅への被害最大 15万8000棟に

このうち最も大きいのが住宅への被害で、破壊されたり損壊したりした住宅やアパートは15万8000棟におよんでいて、被害額は544億ドル、日本円で7兆7000億円あまりに達しているということです。

教育施設への被害も甚大で、小学校や幼稚園の建物などおよそ3200の施設が破壊されたり損壊したりするなどの被害を受けているということです。

また、経済大学がウクライナの主要産業である農業への影響について調査した結果、▼農業用の機械や設備が破壊されたり▼農産物が略奪されたりするなどの被害が相次いでいて、被害総額は87億ドル、日本円でおよそ1兆2000億円にのぼるとしています。

復旧や復興には総額4110億ドル、58兆円が必要

ウクライナ政府は、去年7月に開かれたウクライナの復興をめぐる国際会議で、長期的な復興計画を提示しています。

この中でロシア軍の攻撃によって大きな被害を受けた交通のインフラについては、主要産業である農産物の輸出を支える港や道路などの復旧を進めるとしています。

そして、現在はロシアと同じ規格となっている鉄道の線路をヨーロッパの規格に変える計画も実行するとしていて、農産物などを陸路で輸送しやすくすることで、ヨーロッパとの経済的な結びつきを強めるねらいもあります。

また、ロシア軍によって攻撃されたエネルギー関連施設の復旧にあたっては、将来的には、再生可能エネルギーなどの普及も同時に進め、気候変動対策でもヨーロッパの基準に適合していきたいとしています。

さらに、復興計画では、大きな被害を受けている住宅や医療施設などの再建に取り組むほか、復興の妨げになる、道路や農地などに埋められた地雷の除去も進めていくとしています。

ウクライナ政府が世界銀行や国連などとことし3月にまとめた報告書では、ウクライナ国内の復旧や復興には総額およそ4110億ドル、日本円にしておよそ58兆円が必要になると試算しています。

ただ、この試算には、南部ヘルソン州のダムが決壊したことによる洪水の被害などは含まれていません。

ウクライナでは、ことし4月以降もロシア軍のミサイルや無人機による攻撃が相次ぎ、住宅などに被害が出ています。

ウクライナ軍は、ロシアに占領された地域の奪還に向けて大規模な反転攻勢に乗り出していて、戦闘が激しさを増す中で住宅や道路などへの被害はさらに拡大することが予想されます。

復旧や復興に必要な額はさらに増えると見られ、ばく大な費用をどう確保するかが課題となっています。

各国のこれまでの支援状況

ロシアによる軍事侵攻が始まった去年2月以降、国際機関やG7=主要7か国を中心とする各国は、ウクライナの経済再生や復興に向けてさまざまな支援を行っています。

世界銀行は今月13日までにおよそ342億ドル、日本円にしておよそ4兆8500億円をウクライナ政府が行政サービスを維持する資金などのために供給しています。

IMF=国際通貨基金は去年、およそ27億ドルの(およそ3800億円)支援を行ったほか、ことし3月には4年間でおよそ156億ドルの(およそ2兆2000億円)資金支援プログラムを承認し、長期的な財政支援の枠組みを作りました。

さらに、ソビエト崩壊後に旧共産圏を支援する目的で設立されたヨーロッパ復興開発銀行は、最大30億ユーロ(4650億円)を支援すると発表しています。

ヨーロッパ復興開発銀行はウクライナで最大の機関投資家であり、民間投資を促す役割も期待されています。

またドイツのキール世界経済研究所が去年1月24日からことし2月24日までの期間でまとめた国・地域別の支援状況によりますと、軍事支援では、アメリカがおよそ432億ユーロ(およそ6兆6900億円)と全体の6割を占め、イギリス、ドイツ、EU=ヨーロッパ連合と続いています。

一方、財政支援では、▼EUがおよそ303億ユーロと(およそ4兆6900億円)最も多く、次いで▼アメリカがおよそ245億ユーロ、(およそ3兆7900億円)▼日本がおよそ57億ユーロ(およそ8800億円)▼イギリスがおよそ29億ユーロ(およそ4400億円)▼カナダがおよそ17億ユーロなどと(およそ2600億円)なっています。

【日本からの支援】

ウクライナの復興に向けた事業に対して日本企業の間でも関心が高まっています。

JETRO=日本貿易振興機構に問い合わせ急増

ウクライナを担当するJETRO=日本貿易振興機構のワルシャワ事務所には、復興に関わりたいという日本企業からの問い合わせが急増しているということです。

このためJETROは今月22日付けでワルシャワ事務所にウクライナ担当の職員1人を新たに赴任させ、体制を強化することを決めました。

ウクライナの復興や復旧に関わりたいと考える日本企業への情報提供のほか、日本への進出を希望するウクライナ企業の支援にも力を入れることにしています。

また日本企業のなかにはインフラの復旧や復興のニーズを詳しく把握するために動き出す企業もあります。

JICA=国際協力機構の事業を受注し、ウクライナの被害調査やインフラの復旧・復興の計画づくりなどを進めている建設コンサルタントの「日本工営」は来月、ワルシャワに営業事務所を設置します。

ポーランドは、ウクライナの復興に関わる各国の援助機関や支援団体などが拠点を設け最新の情報が集まるハブになっているということです。

このため会社としては、ウクライナに近いワルシャワの新たな拠点を通じて現地のニーズを把握し、日本の強みであるインフラの復旧や復興の技術をいかした事業を提案していきたいとしています。

JICA=国際協力機構「中長期的な復旧・復興の計画へ」

JICA=国際協力機構のウクライナにある現地事務所の杉本聡首席駐在員は、NHKのインタビューに対しウクライナへの支援について「緊急的措置は、ある程度終わって今は、ロシアの攻撃による突発的なニーズに対応しながらも、中長期的な復旧・復興の計画に手をつけ始めようという段階だ」と述べました。

これまで日本としては、発電所などへの攻撃が相次いでいることを受けて、200台以上の発電機のほか、国土の広い範囲に埋められた地雷を除去するための探知機などを供与したと説明した上で「日本の技術や工業製品に対するウクライナ側からの信頼は非常に高いと感じている。日本がこれまで培ってきた災害からの復旧・復興の知見の共有も非常に期待されている」と述べました。

また、南部ヘルソン州のカホウカ水力発電所のダムが決壊して大規模な洪水が発生し、被害が拡大していることについて杉本首席駐在員は「すでに各国や国連機関などが支援に入っているが、日本も浄水関係の支援について取り急ぎ検討を行っている」と述べ、飲料水や生活用水の確保に向けた支援を想定して準備を進めているとしています。

さらに、夏が終わると再び厳しい冬を乗り越える必要性が出てくるとして「ウクライナ側も電源の分散化や再生可能エネルギーの導入計画を打ち出し始めているが、インフラの復旧に加えて改善にどう着手していくのかが次のフェーズとして必要になってくる。ウクライナ側と話をしながら復旧の進め方を明確にしていきたい」と述べロシアによるインフラ攻撃の影響を抑えるための支援をどう進めるかウクライナ側と詰めていく考えを示しました。

【ヨーロッパなど各国企業の動き】

英コンサルティング会社「経済的なリスクは常にある」

ウクライナの復興事業に加わるためヨーロッパなど各国の企業も動きだしていますが、どのように民間の参入を活発化させるかには課題もあります。

イギリス・ロンドンに本社を置くコンサルティング会社はおよそ20年にわたってウクライナに拠点を構え、事業主と建設会社を仲介してオフィスビルやショッピングセンターなどの建設の見積もりや作業スケジュールを管理しています。

軍事侵攻以降、ウクライナで8件の復興事業に携わり、ロシアによる攻撃で被害を受けた建物の改修や新たな建設プロジェクトを進めています。

コンサルティング会社のグレイアム・ハールグローバルCEOは「侵攻で爆撃を受けた小売店の再建を進めているほか、住宅や学校、病院などすぐに必要となる施設の建設にも携わりたい」と話していました。

ウクライナは▼将来的にEU=ヨーロッパ連合への加盟が期待されているほか▼安価な労働力と豊富な資源があることなどから、多くの企業が製造や輸送の拠点整備に関心を寄せているということです。

その一方で、戦闘終結の見通しが立たないことが民間企業の参入を阻んでいて、会社のウクライナ地域の責任者を務めるコリン・ロス ゼネラルディレクターは「経済的なリスクは常にあり、プロジェクトに何かあれば投資した資金を失ってしまう。戦闘が続くなかで企業は行動を起こすことを懸念している」と話していました。

アイルランドの建材会社「ルールや規制がボトルネックに」

一方、アイルランドの建材会社は、先行きが不透明ではあるものの戦闘の終結後を見据えておよそ2億ユーロ、日本円にして300億円余りを投資しウクライナ西部に建築資材の製造拠点を設ける計画を去年6月に発表しました。

拠点では低炭素を意識した断熱材や暖房システムに使うパイプなどウクライナ政府が提唱する「よりよい復興」に合った資材の製造を行う計画で、ウクライナ政府の支援も受けながら来年夏ごろの着工を目指しています。

プロジェクト責任者のマイク・ステンソンさんは「ウクライナでは省エネや低炭素化に焦点を当てた建築資材を多く供給できるようになる。また東欧への輸出も可能になる」と意義を強調しました。

一方で、さらに多くの企業が復興事業に関わるためには企業が参入しやすい環境を整える必要があると指摘し「ウクライナでのルールや規制がボトルネックになっている。われわれも大規模な拠点のための適切な土地を見つけるためにかなりの時間を要したし、稼働に必要なエネルギーの確保も大きな問題で、ウクライナ政府は経済特区のようなものを作る必要がある」と述べ企業の投資を促す環境整備が不可欠だと話しています。

英経済学者「経済が機能 復興に向けた大きなプラス材料」

イギリスのシンクタンク、チャタムハウス=王立国際問題研究所の経済学者ティモシー・アッシュ氏はウクライナの現状について「インフラや農業などの分野で甚大な被害が出ている」と指摘しつつも、「軍事侵攻によってGDP=国内総生産の大幅な落ち込みや銀行システムの崩壊など経済機能のまひが生じると予想していたと思うがそんなことは起きていない」と述べ、経済が機能していることが復興に向けた大きなプラス材料だと分析しています。

一方、復興への課題については、1991年のソビエト崩壊後旧共産圏を支援するためにヨーロッパ復興開発銀行が設立されたことを例に挙げ「多くの国が個別に資金支援をしているが、連携がとれているようには見えない。ウクライナの復興という使命に完全に焦点を当てた機関が必要だ」と述べて復興に向けて主導的な役割を担う新たな国際機関の必要性を指摘しました。

また復興のための資金として国際機関や各国からの支援に加え民間企業の投資が期待されていることについては「民間企業が膨大な資金を供給すると考えるのは信ぴょう性に欠けるのではないか」と述べ、現実的ではないと強調しました。

そして資金を賄う方法として各国による経済制裁で凍結したロシアの資産をあげ「破壊を引き起こした国が相手国の再建費用を賄うべきだという主張は可能だ」と述べ、凍結されたロシアの資産を各国が復興資金にあてるかどうか法改正の議論も含めて検討を進めるべきだと提案しました。