“IT人材を出雲に” 東欧・ロシアに熱視線

“IT人材を出雲に” 東欧・ロシアに熱視線
高度なIT人材の獲得競争が世界的に激しくなっている。そんな中、海外からIT人材を獲得しようと動き始めた自治体がある。“縁結びの神様”出雲大社で知られる島根県出雲市だ。

熱い視線を注ぐのは、日本からおよそ8000キロ離れた東欧諸国やロシアだ。

「地域を日本のIT先進地に」

動き始めたプロジェクトのねらい、そして戦略に迫った。
(松江放送局記者 太田雄造)

東欧人材に注目!出雲市のねらい

5月31日、人口17万余りの島根県出雲市で、新たな会社の設立が発表された。
出雲市のほか、地元のIT企業3社と金融機関が共同で出資したこの会社。

事業の柱は「海外の高度なIT人材を地域に呼び込むこと」だという。

日本企業で働くことを求める海外の人材を募集・選抜し、出雲市内の企業を中心に就職先を仲介。両者をマッチングさせるというものだ。

なぜ東欧やロシア?

会社が獲得に特に力を入れるのは、東欧諸国やロシアのエンジニアたちだ。

その理由は、ロシアによるウクライナ侵攻と決して無縁ではない。

東欧諸国は、冷戦時代から高度な理数系教育が進められてきたことに加え、ヨーロッパの中では比較的賃金が安いことなどが魅力となり、欧米の大手IT企業も相次いで進出する“IT先進地”となっている。

こうした中、去年2月、ロシアによるウクライナ侵攻で地域の情勢は不安定化。
とりわけ、当事国のウクライナやロシアからは、優秀なIT人材が新たな活躍の場を求めて、相次いで国外に流出しているという。

出雲市に拠点を置き、今回の会社設立でも出資の中心となったIT企業も、実はそうした事情を抱える企業の1つだ。

この企業は6年前にロシアで創業。東欧諸国やロシアのIT人材を活用し、ビジネスを展開してきた。

しかし、現地の情勢悪化を受けて去年、企業ごと出雲市に移転してきたのだ。
新会社では人材募集にあたって、この企業がもつネットワークも活用。

出雲市は、集まった海外のIT人材を通じて、企業誘致やIT技術を活用した地域振興、行政システムのDX=デジタル変革などにつなげたい考えだ。
出雲市産業政策課 原靖弘 課長
「企業にとって人材育成は非常に大事だが、かなりの時間がかかる。こうした点を海外の高度なIT人材が入社することで、技術力の向上が図れるほか、若い人の人材育成にもつながると考えている。多くの企業に出雲市を知ってもらうきっかけにもなる、官民が一体となった、全国でも非常に珍しい取り組みだと思う」

募集打ち切りするほどの人気?

とは言っても、世界的に需要の高い東欧諸国やロシアのIT人材を、日本の“イチ地方都市”がそうやすやすと獲得できるものなのだろうか。

取り組みのカギとなるのが「日本への移住」支援だ。
選ばれた人たちには、オンラインで半年間、日本語を学んでもらった後、出雲市に来てもらう。

さらに、採用を希望する企業の訪問や面談を行う際のサポートなども打ち出しているのだ。
新会社 牧野寛 社長
「東欧などの人材には(ウクライナ侵攻を受け)“次に住む場所を決めたい”という強い思いがある。リモートワークではなく“日本に移住してもらう、出雲市に来てもらう”ことをあえてアピールした。移住を前提に検討してもらい、それが結果的に大きなバリューになった」
SNSなどで人材を募集したところ、集まった応募はロシアやウクライナ、ベラルーシなど17か国から100人以上。

途中で募集を打ち切らざるをえないほど、大きな反響があったという。

選抜者に密着してみた!

選ばれたメンバーの1人が、ロシア出身のスタニスラフ・シェフツォフさん(33)だ。

ITエンジニアとして10年以上、国内外の企業で働いてきた。
もともと、アニメや漫画などの日本文化に親しみがあり“いつか日本で働きたい”と考えていたシェフツォフさん。

そんな中で起きたのが、ウクライナ侵攻だ。

侵攻に伴う欧米諸国からの経済制裁を受け、ロシアのエンジニアを取り巻く環境は激変したという。
スタニスラフ・シェフツォフさん
「ロシアのエンジニアは、多くのサービスやソフトウェアへの支払いができず、使えなくなった。日に日に状況が悪化する中、多くの友人がロシアを離れた。日本で働きたい人材にとって、言語の壁や企業文化の違いは不安だったが、このプロジェクトのおかげで、そうした障壁はなくなった」
プロジェクトの第1陣として選ばれたのは、シェフツォフさんを含む5人。

5月、この5人が2週間の日程で出雲市を訪れ、滞在中には、その技術力をお披露目する発表会も開かれた。
【事前に与えられたお題】
観光や空き家問題など「出雲市が抱える課題をIT技術でどう解決するか」
シェフツォフさんが取り組んだのは、観光客の行動の“可視化”だ。

シェフツォフさんが1週間ほどで試作したのが、スマートフォンの位置情報や公共交通の利用者などのデータをもとに、人の多さを地図上にマッピングするアプリ。
AIの機械学習を組み込むことで、たとえば、特定のエリアに駅や駐車場を増やした場合、人出がどう変化するのかも予測できるという。

発表会には、企業関係者をはじめ、およそ40人が出席。

これまでの実績や技術力も高い評価を受けることができたシェフツォフさん。

今後は、出雲市内に拠点を置くIT企業に採用される予定だという。
スタニスラフ・シェフツォフさん
「エンジニアとして、出雲市の問題解決や人助けに役立つ製品開発に、私の経験と専門性を注ぎたい。正式に就職が決まれば、すぐに荷物をまとめて引っ越す予定だ」

“世界から選ばれる出雲へ”

新会社では、今年度中におよそ40人のエンジニアを出雲市に招き、最終的には、15人ほどを地元の企業に紹介したいとしている。
新会社 牧野寛 社長
「例えばグローバルIT企業が出雲に拠点を置いたり、出雲を拠点に世界的なAIが開発されたりするなど、新会社を通じて世界の優秀な人材から選ばれる出雲になりたい」
「本当に出雲に海外から人材が集まるのか…」

取材を始めた当初、この計画に対して私は半信半疑でもあった。

しかし実際に多くのエンジニアが関心を示し、出雲に足を運ぶ姿を見て、明確なねらいを定めて戦略を練り上げることで、可能性は大きく広がると感じた。

DXを進めることが、日本のどの自治体にとっても急務となる中、地方都市で始まった挑戦が、地域にどんな変化を生み出すのか、今後も注目していきたい。
松江放送局記者
太田雄造
2009年入局
広島放送局、国際部、ニューデリー支局を経て現所属