“世界初”の船は何を運ぶのか?

“世界初”の船は何を運ぶのか?
脱炭素に向けた技術革新は船の世界でも起きています。

東京のベンチャー企業が開発を進めるのは、あるものを運ぶ「世界初」の船です。

この船はいったい何を運ぶのか? そして何を変えようとしているのか?

最新技術が詰め込まれた最先端の船を取材しました。(松山放送局今治支局記者 木村京)

ベンチャー企業が開発するのは?

造船の街として知られる愛媛県今治市で、ことし5月に開かれた国際海事展「バリシップ」。
海事産業に関わる国内外の350社余りが出展し、最新技術の紹介や活発な商談が行われました。

その中でもひときわ注目を集めた船がありました。

現在開発が進められている世界初の「電気運搬船」です。
船の全長は140メートル。

大容量のコンテナ型バッテリー96個に、電気をためて運びます。

1度で運べるのは240メガワットアワーで、これはおよそ2万4000世帯の1日分の電力量にあたるといいます。

開発しているのは、2021年に創業し、主に大型蓄電池の製造や販売を手がけている東京のベンチャー企業「パワーエックス」です。
社長の伊藤正裕さんはファッションサイトの運営会社、ZOZOの元取締役として数々のアイデアを実現させてきたことでも知られています。

この会社には今治造船のほか四国電力や伊藤忠など26社や個人投資家などが100億円以上を出資しています。

なぜ“電気”を運ぶのか?

運ぶのは、主に再生可能エネルギーで作る電気です。

電気を運ぶニーズは、いったいどこにあるのでしょうか。

その1つが洋上風力発電です。
政府は2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げていますが、実現に向けた切り札とされているのが洋上風力発電です。

洋上で作られた電気は海底ケーブルを通じて陸地へ送られていますが、地震が多く沿岸の海底が深い日本ではケーブルを敷設するコストが高くなります。

このため会社では、船を使って電気を運ぶ方が効率がよくなると考えているのです。
このほか、想定しているのが北海道から本州への電気の運搬です。

広大な北海道は風力発電の適地とされ、2050年には60ギガワットを超える再生可能エネルギーの発電ができると会社は見ています。

しかし、将来、送電網を強化しても本州に送ることができるのは7ギガワット余りにとどまるといいます。

北海道内で消費されることなく余ってしまう電気を船にためて、需要がある本州に届ければ再生可能エネルギーをむだなく使えると考えています。
国は北海道と本州の間を含む送電網の強化を検討していますが、整備されるのはかなり先になりそうです。

「電力広域的運営推進機関」によりますと、全国で効率的に電力を融通し合うために必要な送電網の強化には、2050年までに最大で7兆円の投資が必要になると試算しています。

それまでの間の役割を電気運搬船で担いたいというのが会社のねらいです。

会社は電気運搬船の開発・建造費として100億円以上の資金調達を目標としています。

電池自体が重いため長距離の運航には向いていないものの、例えば北海道と青森の間など短い距離であれば価格競争力は十分にあると強調しています。
パワーエックス 伊藤社長
「消費されずに余ってしまう電気を安く仕入れて船に電気をためて、輸送するコストも安ければ採算は合います。電気運搬船が日本や地球に役立つプロジェクトには積極的に取り組んでいきたい。再生可能エネルギーがあるかぎりはわれわれの船で取りに行くという思いです」

電気運搬船 課題は?

一方、課題として指摘されているのが大容量の電池を海の上で運ぶにあたっての安全性です。

電気運搬船を実用化するためには、危険物である電池を大量に船に乗せて港に出入りしても安全であることを証明し、日本や海外の専門機関から認証を取得する必要があります。
会社は、万が一、輸送中に電池が異常な熱を発したり、中の電解液が漏れるなどのトラブルが起きても制御できる仕組みを導入するなどして、認証の取得に向けた準備を進めているということです。

電気運搬船は出資を受けている今治造船の工場で建造され、電池は岡山県にある自社の工場で製造する予定です。

初号船の完成は2025年を目指し、ゆくゆくは東南アジアなどでの事業も見据えています。
パワーエックス 伊藤社長
「電気運搬船の最も重要な要素をほぼすべて瀬戸内で作れることは大きな価値だと思っています。完成したら同じ問題を抱えている世界中で見てもらい受注を増やしたい」

長年の課題をデジタルで

今治の国際海事展では、デジタル化によって課題を解決しようという船も注目されていました。

海運会社や船舶関連の企業でつくるグループがことし5月に竣工(しゅんこう)した内航船です。
一見、普通の船ですが操縦室をのぞくと複数のモニターがありました。

一般的な船の場合、船の状態を確認するためには船内にあるさまざまな機器を直接見て回る必要がありました。

それが機器の計測データを1か所にまとめたモニターを見れば一目瞭然となり、労働時間の短縮につながります。
また、船は常に陸上とも通信でつながっているため、例えば航行中の船でトラブルが発生した場合、船を所有するオーナーや運航会社が状況を把握して必要な部品を速やかに手配することもできるようになるといいます。
国内で貨物を運ぶ内航船の船員は5割近くが50歳以上で高齢化が進んでいます。

人手不足は深刻で、船員の負担軽減は長年の課題です。
井口船長
「パネルで一目で分かるようになったのでとても助かっています。船員の負担が軽くなることで、船員になりたいとか、こんな船に乗りたいという若者が増えればいいなと思っています」
船の電動化も進めました。

積んだ貨物を海水から守るためのハッチカバーの動力をこれまでの油圧式から、より消費電力が少ないフル電動に切り替えました。
チェーンやロープを操作するウインチも電動にしたほか、船の居住空間に電気を供給するバッテリーは、今治市内のごみ処理場で作られたエネルギーで充電する実験を行っています。
こうした最新技術の導入で、船全体から排出される二酸化炭素は従来より少なくとも12%減らせると試算しています。

将来的には、タンカーなどほかの船にも取り入れていきたいと考えています。
内航ミライ研究会 曽我部 専務理事
「これまで機器メーカーごとに開発していましたが、今回初めて1隻に集約されて未来の船の形を示せたと思います。こうした新しい考え方がほかの船にも広がってほしい。今治から一致団結してやっていきます」
新型コロナの影響で4年ぶりに会場で開かれた国際海事展には、国内外から多くの関係者が集まり、船の課題を最新の技術で解決しようという熱気に包まれていました。

瀬戸内海は造船会社だけでなく海運、船を所有する船主、船舶部品メーカー、船に融資する金融機関が集積する世界に誇れる地域です。

そんな地域だからこそ実現できる“未来の船”がどう社会を変えていくのかとてもわくわくしています。
松山放送局 今治支局記者
木村 京
2020年入局
県警、県政担当を経て現職