広がる“副業容認” 企業のねらいは?注意点は?

広がる“副業容認” 企業のねらいは?注意点は?
あなたの会社では、副業を認めていますか?

副業を認めることで企業にとっては「人材流出」や「本業に支障が出る」などのリスクも指摘されています。

ところが最近、副業を認めるどころか、希望者には積極的に後押しする企業も出てきています。

一体なぜ? 労働者と企業の関係に変化は?

「副業容認」の最前線を取材しました。

(政経・国際番組部ディレクター 中村幸代)

副業容認 ウラにある危機意識

大手生活用品メーカー「ライオン」は、3年前に社員の副業を解禁。

それまでは原則禁止の「許可制」でしたが「申告制」に改め、原則認めることにしました。

副業に取り組む社員は増え続け、これまでに20代~60代、のべ180人あまりが申告しています。
この企業では、副業に興味がある社員を積極的に後押ししています。

希望者に対して、内閣府が進める地方の中小企業との人材マッチング事業を案内したり、労働組合が開催する副業経験者と語る座談会に協力したりしているのです。

人材流出のリスクもある中で、なぜ副業を推進するのでしょうか。

人事を担当する執行役員が語ったのは“うちの会社っぽい社員”が集まった、画一的な組織になってしまうことへの危機感でした。
小池陽子 執行役員
「私たちのように、ある程度歴史や規模があると、同じ価値観で仕事を続けることがどうしても多くなってしまいます。そうすると、個人が“暗黙のルール”に知らず知らずのうちに縛られて画一的になってしまう。これだけ社会が劇的に変化しているなかで、『外』で起きている変化を社員一人ひとりが察知しないと、このスピード感についていけない。副業による人材流出のリスクよりも、『外』を知らないデメリットのほうが大きいと思っているんです」

副業のスキル 本業にも還元

副業=「外」との接点を増やすことで、変化に対応できる多様な人材を生み出していくという人材開発戦略。

社内では早くも新たな兆しが現れているといいます。

この日、本社で行われていたのは、新規事業として今月新たにサービスを開始したアプリについての打ちあわせ。
このアプリのデザイン全体を設計したのは、入社4年目の川野辺晏実さん(27)です。

本業では新規事業開発の部署で企画・立案を担当していますが、副業では、大学で専攻していたデザインのスキルを使って「WEBデザイナー」として働いています。

今回、副業を通じて磨き続けたスキルを、初めて本業でも生かすことになりました。

副業を始めて1年あまり。

川野辺さんは、会社に対する「意識」にも変化が生まれているといいます。
川野辺晏実さん(27歳・入社4年目)
「これまで“会社のただの一員”だったのが、副業を通して自分のスキルに自信がついたことで、会社のなかでも、道を切り開いていこうと思えるようになりました。会社におんぶに抱っこじゃなくて、あくまで同じ目的に進む相手として、貢献したい。いわば“親”のような存在から、今は“ベストパートナー”という感覚に変わりました」

ミドル世代も刺激に

本業と副業の「好循環」を生むための仕掛けが、世代を超えた社員同士の密なコミュニケーションです。

川野辺さんが定期的に上司と行っている1on1ミーティングでは、副業についても率直なやりとりが。
それもそのはず。

実は、川野辺さんの上司も副業中なのです。

会社では、とりわけ長年働くミドル世代の社員に対して、副業を通じて外との接点を持ったり、若手社員と対話してもらったりすることが重要だと考えています。

ミドル世代の川野辺さんの上司に、会社の方針をどう感じているのか聞いてみると…
牧 利一さん(入社15年目・川野辺さんの上司)
「副業で外に行けば行くほど、社内の“当たり前の文化”が当たり前じゃなくなり、もともと水面下にあった社内の“暗黙の了解”をなくしてくれていることを感じています。私自身、年齢が上がれば上がるほど、『これは言ったらいけない』とか、そういう壁はどうしてもできがちなんですが、常に新しい知識を得る、新しい人と出会うことをやらなきゃいけないなと、副業する若手の社員からも刺激を受けています」
「会社が与えるスタイルの人材育成」から、「個人のキャリア自律を促すための支援」へ。

副業容認の背景からは、企業の人材開発の新たな潮流が見えてきました。
小池陽子 執行役員
「人生100年時代で、1回の就社という時代ではなくなってきているので、その中の選択肢の1つとして“選ばれる”存在でありたい。この会社だからいい体験ができた、会社を離れても一緒に仕事をしたいと思ってもらえるように、個人が自律的な行動をとれる環境を我々が支援していく必要がある。大切なのは新しい価値をお客様に提供し続けることなので、変化を恐れない会社でありたいです」

副業には労使トラブルのリスクも

副業を容認する企業は、この10年で倍増しています。
副業を容認する企業は5割以上、「認める予定」も合わせると、7割に上っています。

背景には、2017年に国が「労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で普及促進を図る」と示したことがあります。

ただ、企業側も闇雲に容認しているわけではありません。

たとえば、先に紹介した企業の場合、以下のようなルールを設けています。
・副業での労働時間は週20時間未満、週1日は休日をとる
・22時~翌5時の間は副業しない
・新卒社員は入社から2年間は本業に専念
さらに、注意しなければならないのは副業によって企業と個人の間にトラブルが起きるリスクです。

厚生労働省のモデル就業規則には、副業は基本的には労働者の自由とした上で、以下のいずれかに該当する場合には、「禁止または制限することができる」としています。
「情報漏洩」や「競業」によるリスクは、企業にとって重大な損害につながりかねず、容認に慎重になる企業も少なくないのです。

“正しく恐れて” 副業トラブルを防げ

今年4月に副業を解禁した都内のエンジニア系人材サービス会社では、優秀な人材の定着や確保のために副業容認に踏み切ろうと考えたものの、当初は禁止や制限の線引きをどうするか、悩んでいたといいます。
高山敦伊 人事部担当部長
「これまでは就業規則に“副業禁止”って書いておけば済んでいたのが、申告を受けた副業先の会社情報や業務内容を一件ずつ調べて判断するのはすごく大変。人材サービス業なので、多数のお客様とお取引があり、情報漏洩がある場合は会社としての存亡の危機、非常にリスクを背負ってしまうことになります」
そこで導入したのが、民間企業が提供する「リスク診断サービス」です。

副業希望者が副業先の会社情報や業務内容を入力すると、過去のトラブル事例や裁判事例を集めた最新のデータベースに基づき、本業に影響するリスクを4段階で診断するというもの。
リスクが高いと診断された場合、何に気を付ければいいか、企業と個人の双方は、実際に起きた事例をもとに、アドバイスを受けることができます。
高山敦伊 人事部担当部長
「いざやってみると、恐れていたような会社が損害を被る可能性の高いリスク案件はほとんどなくて、意外でした。過去の事例や第三者の専門的な視点からの情報だと、リスクについて社員の側も納得してくれるので、禁止や制限をした場合もクレームにつながりにくくなります」
このサービスを作った会社「フクスケ」の代表の小林大介さんは、企業と個人の双方が、副業によるリスクを「正しく恐れる」ことが必要だといいます。
小林大介代表
「リスクヘッジを優先しすぎる会社本位な制度を作ると、結局社員の方は自分が不利益を被ると感じて“隠れて”副業してしまい、それが労使間のトラブルに繋がることもあります。企業・個人の双方がまずは“正しく恐れる”ことが大事ですね。事実を元に、何に気を付ければリスクを回避できるのかを事前に知ることができれば、トラブルの未然の防止につながります」

副業 どこまで広がるか

キャリア自律が求められる空気感が強まる現代。

副業はどこまで広がっていくのか。

企業の人事施策や働き方に詳しい2人の専門家は、個人の主体性に任せているだけでは広がりが限られるため、企業の姿勢が今後のカギを握ると指摘します。
パーソル総合研究所 小林祐児 上席主任研究員
「多くの企業は、自律的な個人に過剰に期待している、“手をあげてくれるだろう”と考えていると思います。しかし、社員の主体性に任せているだけでは副業は広がりません。支えてくれる仲間、ネットワークが必要です。他者と話すことでやりたいことが見えてくるので、そうした機会を企業が提供していくことが大事になると思います」
リクルート 藤井薫 HR統括編集長
「今の多くの企業のように、残業を前提にした働き方だと副業の時間をとるのは難しいですよね。企業は『本業の業務設計』を明確にして、必要な時間やスキルを可視化・最適化する必要があります。そうすることで本業の生産性の向上にもつながりますし、社員は副業について考えることも可能になります。キャリア形成を個人だけに押し付けず、企業と個人が一緒になって築いていくことが必要です」
個人が自らのキャリアを一社に委ね、企業が定年まで面倒をみる「日本型雇用」に、労使双方がメリットを感じてきた部分が多かった、これまでの社会。

副業容認をめぐる企業の動きからは、企業と個人がいわば“ウェット”な関係から“ドライ”な関係へと向かう変化が見えてきました。

この変化は、今の個々の立場や事情によって、ポジティブにもネガティブにも捉えられると思います。

ただ、こうした変化にどのように向き合っていけばいいのか。

時代の岐路に立つ私たち一人ひとりが、当事者として考える必要があると感じました。
政経・国際番組部ディレクター
中村幸代
2015年入局
北九州局、福岡局、おはよう日本を経て現所属
雇用や働き方などを取材